[ ティラミスで甘さ重ねて(チョコレートは赤への片道切符2) ]





ほぼ終業時間前にタークスのオフィスに押しかけた私は、呆然としながら総務課のオフィスへ戻っていた。エレベーターにすし詰めになる気はなかったので階段をのぼる。後輩たちは頬を赤く染めてきゃっきゃと女の子らしくかわいらしさを出しながらはしゃぎ、仕事ができる三十歳の先輩は夏のそよ風をまとうように涼し気な表情をしているが、内心複雑であろう。いや、そんなことはない。彼女はこの急展開を楽しんでいるはずだ。私の背をぽんと励ますように叩いて手のひらを添えてくれる。

「レノ、悪い奴じゃないからさ」
「呼び捨てですか。あぁ、先輩の方がレノさんより年上ですもんね」
「いい経験だと思えばいいんじゃないかな。タークスを知る機会にもなるし、恋愛経験値を上げるのにも。あとは、金まきあげちゃえ!」

こういうお茶目なところもあるのがとても好きな先輩だ。確かに一般社員がタークスと関わることはないし、遠くから見ているだけ。まぁタークスという存在が怖いだけなのだが。この後、エントランスで待ち合わせをしているので、夕食を共にするということだろう。お高いお店に連れて行ってくれるだろうか。それはないな。レノさんは安いお酒をたくさん飲むのが好きそうだ。きっと、居酒屋で大騒ぎしながら二時間飲み放題で薄いお酒を飲むのが趣味だ。私とは相性最悪。先輩の言う通り社会勉強と考えよう。

居酒屋に行けば今年新調したばかりのロングコートにも、お気に入りのオフホワイトのニットにも「飲み会帰りです!」と言わんばかりの臭いがついてしまう。コートを丸洗いするわけにはいかない。消臭スプレーは残り少なかったから買っておけばよかった。買いたいところだけれど、神羅ビルのエントランスに隠しようがないくらい目立つ赤毛の人間がぽつりと立っている。かなり距離があるのに私の姿を見つけて手を挙げた。見つかってしまっては仕方がないので、歩幅を小さくしてレノさんに近づく時間稼ぎをしているのに、レノさんは一歩一歩大股でこちらへ近づいてくる。

「腹減りすぎて仏頂面か? 笑えるぞ、と」
「食い気だけの女で悪かったですね」
「そんなこと言ってないぞ、と。ほらほらうまい飯食わしてやるから」

レノさんの基準の「うまい飯」が私の口に合えば良いのだが、それは杞憂に終わってしまった。ミッドガルのカフェ事情には通じているはずだが、路地裏の小さなカフェに連れてこられて唖然とした。居酒屋で二時間飲み放題じゃないのか。扉には「reserve the whole cafe」と貸し切りの札が掲げられているがレノさんは遠慮なく扉を開く。店内はカウンター席しかない本当に小さな店で、カウンターには三十代後半くらいの男女がいて笑顔で迎えてくれた。どうやら店主の夫妻らしく、レノとは顔見知りでタークス全員とも馴染みがあるようだった。お気に入りのコートは店内の隅にある小さなクローゼットに仕舞ってくれた。こんな気遣いまでしてくれるお店がタークスの馴染みの店だなんて信じられない。タークスは汚れ仕事をする怖い人の集団ではなく、ハイセンスな人の集まりだったのか。
メニューはあるが「おまかせコース」もあるので食べ物はお任せにし、飲み物は種類は少ないけれどお酒もあるのでワインにしたが、レノさんはジンジャーエールを注文する。もしかして、下戸なの? タークスなのに下戸なのか?

「明日も朝から任務だからな。酒を残したくないし」
「だったら今日じゃなくて明日食事にすればよかったのに」
「そしたら、が翌日出社だろ?」
「なんで私の勤務体系を把握しているのですか……」
「情報なんて自分自身が把握した時点ですべて流出しているんだぞ、と」

難解な言葉だ。社外秘、部外秘、内緒話、すべて目にしたり聞いた時点で流出しているというのか。だから私は自身の勤務表を手にした時点でそれはレノさんが手にしたも同然。納得できるわけがない。裏でタークスの力が働いているに違いない。誰だ、私の勤務表を流出させた輩は。レノさんの話を聞けば聞くほど、それは私が原因だった。レノさんの言う通り、私が自分の休暇を把握して周りに話した時点で、それが巡り廻ってレノさんの耳に入る。タークスの力でもなんでもない、情報は存在しているだけで常に流出しているのだ。

前菜のサラダの野菜は噛むとシャキシャキと清々しい音を立てるくらい新鮮で、スープは温かくて心が穏やかになる。パスタとドリアをハーフサイズで食べられるのは、メニュー選びに苦労する私には嬉しい。それ以前にこのメニューは「おまかせコース」だった。
食事はおいしいし、レノさんとの会話も弾んだ。タークスの仕事の話は一般的な事務職の総務課では経験できないことばかりだったし、訓練で体を鍛えているのも知らなかった。レノさんはタークスで最もシャツの胸元をはだけさせているが、胸筋ががっちりしていて正直なところ触ってみたいと思ってしまった。私は筋肉はいらないからもう少し胸に脂肪が欲しかった。

レノさんは私の視線に気づいて「エッチ」と言って小さく笑う。追い打ちをかけるように「そのうち触らせてやるよ」なんて言うものだから赤面するどころではない。湯を沸かせられるくらい顔が熱く、胸の鼓動も全力疾走しているように早くて心が落ち着かない。ここでお酒を飲めば酔いつぶれてレノさんにお持ち帰りされてしまいそう、いや、レノさんなら私を路上に放置しそうだ。そんな危険な目にあうわけにはいかないので、レノさんが初めから飲み続けているジンジャーエールを注文して一気に飲み干し心を落ち着かせようとしたが、炭酸で舌が痺れて逆効果だった。ミネラルウォーターにすればよかった。

デザートのティラミスを食べ終わると、ティラミスが載った皿が横から流れてくる。

「食えよ、と。ティラミス、好きなんだろ?」
「あ、はい。よくご存じで。これも、情報なんて自分自身が把握した時点ですべて流出してるってやつですか」
「まぁな」

ミニティラミスを二つ平らげたところで、レノさんは支払いを済ませて店の外へ出てしまう。慌てて預けていたコートを受け取って鞄を腕に提げてレノさんの背中を追いかける。行きは私の歩幅に合わせてくれたのに、今はレノさんの歩幅に合わせて私が早歩きになる。鞄から財布を取り出したところでレノさんが足を止め、財布を軽く私の方へ押し込む。

「金なら受け取らないぞ、と。俺のおごりでいい」
「でも……」
「急な誘いだったしな。次会うときでいい」
「……わかりました、次、ですね」
「ゴールドソーサーでも行くか? コスタ・デル・ソルでもいいぞ、と」
「いえ、ミッドガルの中で結構です」

確かに私たちは恋人同士ということになっている。けれど、私はレノさんに恋愛感情なんて持っていないし、レノさんだって暇つぶしの遊びだと思う。仮初めの恋人同士ならミッドガルの外まで行く必要はない。私だって、タークスという社内の汚れ仕事を一手に請け負う部署のことを知る機会を持つため、恋愛経験値を上げるため、それから、おごってもらって節約して自分のために給料をすべて使う。それだけのつもりだ。




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好きな子の前ではかっこつけたいタイプのレノさん。翌日にお酒を残さないアピール。まぁ、素面で初デートを楽しみたいのもあるけど
レノ、シャツのボタン止めなさすぎだろ……


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