[ チョコレートは赤への片道切符 ]





突然だが私はお酒を飲むのが好きだ。但し、お洒落なバーやレストランでゆったりとした時間と共に楽しむのが好きなだけであって、居酒屋で大騒ぎしながら二時間飲み放題で薄いお酒を飲むのは趣味ではない。それならばソフトドリンクか、缶チューハイやワインを買って家で一人で飲む方が余程楽しい。そんな私の地獄の飲食タイム、新年会。
毎年、新年会と称して神羅カンパニー総務部総務課の女子会が催される。無礼講にも程がある。酔いが回った女子どもは何を言い出すかわからない。私も女子の一人だけれど一線を画していた、はずだった。ものの見事に酔っ払いどもに巻き込まれて、気づけばあみだくじを引く。毎年恒例の三枚のあみだくじには、「名前」「物」「動詞」が書かれている。
ジンジャーエールとピザを注文して一人で食べていると、先輩があみだくじの結果発表を始める。きゃあきゃあと騒ぐ連中を冷ややかな目で見ていると、花丸の印から辿った先には「」と私の名前が書いてあった。と言うわけで、今年のターゲットは私に決定。残り二枚のあみだくじが自分で選べるのだが、自分で選んで罰ゲームのような仕打ちに遭うのは御免だ。先輩方に選択権を丸投げして出てきた結果は「チョコレート」と「突撃する」だった。いやいや私がチョコレートを持って突撃するって何に? バレンタインデーにチョコレートを抱えて神羅ビルに突撃して残業を撲滅しろってこと?
隣に座っていた仕事ができる三十歳の先輩がしれっと言ってのける。

「まぁ妥当なところで、バレンタインデーに調査課の誰かに突撃告白するってところかな。彼氏いないでしょ?」

みんなこういうの大好きだよね、黄色い声と共に絶望の雨が私に降り注ぐ。まず、チョコレートを用意するところから始めよう。
馬鹿正直にやらなくてもいいのだ。けれど毎年恒例の行事に若手の私が水を差すわけにはいかない。今年はハズレだけれど、全員からおごってもらう内容の時もあったのだ。
そもそも好きでもない人に渡すチョコレートは何を選べばいいのだろう。安っぽければ罰ゲームに思われるだろうし、高級品は受け取る側が迷惑に感じるはずだ。悩むなぁ、こんなに悩むのは生まれて初めてかもしれない。冬休みが終わればバレンタインデー用のチョコレート売り場がどこにだって展開される。陳列棚のチョコレートはプリントがされてかわいらしさをアピールしている。女性から男性に贈るというよりは、女性が自分用に買うために売っているのではなかろうか。気づけば買い物かごの中に自分用のチョコレートをいくつも入れていた。私は馬鹿か、新年女子会の罰ゲームもどきのためにチョコレートを買わなければならないのに。
手の届くところにあった箱を何気なくとって買ったものの、先輩から「これを買え」とハート型の缶に小粒チョコが入った高級ブランドの指定を受けて買いに走る。タークスですから高級ブランドで本命アピールしないと罰ゲームだとバレてつまらないですもんね!
こんなゲームの何が楽しいのだろう。総務課の一般社員が好きでもないタークスの誰かに嘘の告白をして振られる、こんなの笑い話にもならない。……とても重要なことを忘れていた。タークスの誰にこのチョコレートを渡すか。

主任のツォンさん、絶対ない。イリーナに刺される。レノさん、ノリはいい人だけどそれが逆に怖い、無理。ルードさん、そういえば黒髪ロングヘアーの女性が好みだと聞いたことがある。私は黒髪でもないしボブだから好みのタイプではないだろう。ルードさんに振られるで決定!
振られるための告白をしたことがある人がいるのならば、お作法を聞いてみたい。相手に嫌な思いをさせずに私のことをきれいさっぱり振らせるための告白の作法を。この世に存在しないであろう作法を血眼になって探し、時間だけを浪費してバレンタインデーを迎えてしまった。これは告白してルードさんが口を開く前に相手にだけ聞こえる大きさで「派手に振ってください」と言うしかない。ギャラリーは大勢いるはずだが、私たちから距離を置くに決まっている。念には念を入れて「振ってください」と紙に書いてチョコレートと一緒に渡すか。細いペンで書けば遠くから見えるわけがない。我ながら名案だな!

相手を決めた。振ってもらう手当ても自分でできるような案を考えた。あとは渡すシチュエーションだ。どうやって呼び出す? そもそもルードさんがバレンタインデーに神羅ビルにいるとは限らない。バレンタインデーに会えなければ、会える日までチャレンジ延期と周りは言うだろう。昼休みにデスクの前で頭を抱えていると、先輩が「バレンタインデーは大きな作戦会議があるからタークスは全員神羅ビルに出社するらしいよ」と情報を仕入れてくれた。バレンタインデー以外に決行する可能性はゼロ確定。

バレンタインデーって、戦闘前の準備が忙しいイベントだっけ?
行列ができる高級チョコレート店に開店前から店頭に並び、屋外での待ちで冷え切った体をカフェで温め、バレンタインデーに思いを馳せる。好きな人に告白するわけでもないのに、どうしてこんなに頑張らなければならないのだろう。やらなくたって後で私が非難されるだけなのに、ついやってしまうのは責任感があるからだろうか。
香水、ヘアトリートメント、普段使わないものをべたべたとまとわりつかせ、化粧直しも入念にされる。私はお人形のようだ。好きな人に告白するわけでもないのに周りの手厚いサポートを不思議に思うが、それはそれで楽しいので好きにさせておいた。それなのに服装はいつも通り自分の通勤服。膝下丈の紺色のスカートにオフホワイトのニット。地下三階のタークスのオフィスの扉をノックして入室すると、中にはルードさんの姿しか見当たらなかった。なんて好都合なのだろう。他のメンバーがいれば気まずいことこの上なし。当たって砕けろ、いや、砕けるために当たるのだ。

「す、好きです! バレンタインのチョコレート、受け取ってください!」
「いいぞ、と」

ルードさんの不愛想な低い声が聞こえるはずだったのに、目の前には赤毛のレノさんがいて、その背後でルードさんが仁王立ち。とにかく、タークスにチョコレートを渡して告白することには成功したから私のミッションはコンプリート! 後はタークスのオフィスからおさらばするだけなのに、レノさんに手首を掴まれて足は進まない。
何? 私に何か用?

「それだけか、と」
「え?」
「好きです。チョコレート受け取ってください。つまり告白だろ? 他に言うことは?」
「いえ、特に……」
「付き合ってください、だろ? 言えよ、と」

この人は私が「付き合ってください」と言うまで返さない気だ。それでもって「無理だぞ、と」と私を振るのを楽しむつもりだ。とても厭な人だ。嫌だ嫌だ嫌だ。これだから柄が悪い人とは関わりたくない。
溜息交じりに「付き合ってください」と言えば、「いいぞ、と」と笑いながら返事するレノさんの顔がぐいっと近づいてきた。近い近い近い、無理無理無理。鼻と鼻があと数ミリでくっつくところで体を仰け反らせ抗議しようとしたら、レノさんの手が私の口元を覆い隠す。

「じゃあこれから恋人らしくデートでもするか。今日はノー残業デーだぞ、と。神羅ビルのエントランスで待ってる」



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はい、久しぶりに始めました。レノの長編の1話目です。続きはまったく考えていませんのでいつ完結するのやら。
レノにはまったく気がないヒロインが、なぜかレノに絡まれて恋人になって、最終的に本当の恋人になるまでの話です。 みなさまご想像の通り、レノの片想いです。 本当はデートする話まで書きたかったのですが、バレンタインデーまでに更新するには間に合いませんでした。

ここではヒロイン視点の話を書いて完結させて、レノ視点や書き下ろしを含めて夢小説本と言う形で出したいなと考えています。 だから名前変換が少ない。。。

まずは、続きを考えろ! そして書け!

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