[ モスコミュールもたかがネオン ]





 きっかけは些細なことだったと思う。正直なところつい先程の出来事なのにもう思い出せない。カッとなって頭に血がすぐのぼるのは私の悪いところ、つまり欠点だ。それを含めてレノは私のことを好きになってくれた、そう思い込んでいたけれど、欠点は欠点だ。目を瞑るのも限界だったのだろう。
 つまり、私とレノは喧嘩して家を飛び出し、私が一方的に知らんぷりを決め込んでいる。携帯電話にレノからの着信履歴がたまっていき、ついにはレノの名前しか表示されなくなってしまった。何の嫌がらせか。

一緒に暮らしているから帰宅すれば顔を合わさざるを得ない。どんな顔をして謝ればよいのだろう。喧嘩はしたくない、謝りたい、仲良くしたい。それでも素直になれない、謝ることができない。ちっぽけなプライドが無駄に大きく膨らんではちきれんばかりだ。
 レノは電話で何を伝えようとしていたのだろう。気になるけれど折り返し連絡することができないまま、職場で業務を開始した。

 昼休みに携帯電話を見ると、レノからの着信は9時を最後に途切れていた。メッセージも届いていない。彼だって仕事があるのだから当然だろう。
 イライラしていた午前中の鬱憤を発散させるべく、ランチは豪勢にすることに決めていた。後輩といきつけのカフェに行き、ランチセットにデザートも追加してやった。そんな些細なことで私のランチは豪勢になるのだ。

「珍しいですね、先輩がデザート頼むなんて。いつもは節約! ダイエット! と言ってるのに」
「今日は特別なの」
「同棲してる彼氏と喧嘩でもしたんですか? 朝からすごーく黒いオーラ発してましたよ」
「ん、まぁそんなところ。よくわかったね」
先輩が不機嫌な原因はたいてい彼氏さんですからね。職場のみんなが知ってますよ」

 ハンバーグを一口食べて、デミグラスソースの濃厚さに舌鼓を打つ。何かを食べると簡単に嫌なことを忘れてしまう。食事サイコウ!
 デザートのケーキもしっかりおいしくいただき、私は満面の笑みを浮かべながら後輩と職場に戻るのだった。

 ランチですっかり気分をよくした私だったけれど、やはり今朝レノと喧嘩したことは忘れられない。顔を合わせてどうすればいいのだろう。仕事を終えて退社すると、真っすぐ家には帰らずに馴染みのバーに駆け込んだ。こんなときはお酒の力を借りるに限る。チーズをつまみにカクテルをちびちび飲んでいた。
 グラスが空になったので次のカクテルは何を頼もうかと悩んでいると、カウンター席の私の隣にわざわざ座った客がいた。他の席も空いているのに隣に座らなくても……。ナンパや勧誘だったら面倒だなと思いながら視線をメニューに戻す。

「モスコミュールを2つ」

 隣の客は耳馴染みの良い声で注文する。ちらりと視線をやると、赤毛が目に入る。あぁ、レノか。どうしてここに来たのだろう。私がいることを予想したのだろうか。そんなに私の行動ってわかりやすいのか。
 無言で座っていると、バーテンダーがモスコミュールをレノと私の前に置く。

「知ってるか? モスコミュールのカクテル言葉」
「知らない。レノは?」
「知ってるぞ、と」
「そういうの、興味あるんだ?」

 長い付き合いなのにそんなことも知らなかった。カクテル言葉なんてお洒落なもの、レノには縁がなさそうだというのに。職場に詳しい人でもいるのだろうか。神羅カンパニーだし、お洒落な人もたくさんいそう。

「モスコミュールのカクテル言葉はな、喧嘩をしたらその日のうちに仲直りする、だぞ、と」
「その日のうちに、仲直り……」
「今朝はつっかかって悪かったな。仲直りついでに乾杯だぞ、と」
「私こそごめんなさい、イライラして」

 互いにグラスを近づけると、グラス同士がぶつかってコンと乾いた音が鳴る。なんて簡単なことなのだろう。たった一言「ごめんなさい」と言うだけで仲直りはできる。あれやこれや考えるだけ無駄なのだ。
 モスコミュールを一口飲めば炭酸が舌の上で弾けてぴりぴりする。ライムの香りがそよ風に誘われたように漂って私の心に染みわたった。

「これ飲んだら帰るぞ、と」
「うん。晩ご飯、何にしようか」
「カレーにするか。俺が作るぞ、と」
「私も手伝うね」

 レノの作るカレーは美味しいから好きなんだよね。
 やっぱり私は食べ物ですぐ機嫌を直してしまうタイプだ。





タイトルはalkalismさんからお借りしました。

モスコミュールのカクテル言葉:けんかをしたら、その日のうちに仲直りする

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レノの作ったカレー食べてみたい、なんてね。
料理するのかなぁ……。

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