[眠り姫は眠れない]





 真っ暗な寝室に規則正しい寝息がひとつ。それはレノのもので、私のものではない。手を伸ばして目覚まし時計を確認するが、ベッドに入ってから二時間しか経っていない。明日も仕事だというのに眠れそうになく、溜息をついてベッドから抜け出した。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、一口飲んで喉を潤す。深夜に二度目の溜息が暗闇を切り裂いて朝にしてくれればいいのに。そう願ったところで朝にはならないし、睡眠を取っていないので体は休息を得ないままだ。
 寝室の扉は締め切っているから、明かりをつけてもレノは起きないだろう。リビングの照明をつけてソファに身を沈めた。ローテーブルに置きっぱなしの雑誌を手に取りぱらぱらとめくる。新しい服が買いたいな、美味しいものが食べたいな、髪を切りに行きたいな。お金はあるのに時間がない。いくらお金があっても時間を増やすことはできない。家の掃除を業者に頼むことで時間を捻出することはできるけれど。
 一緒に暮らしているからレノとデートしなくても顔を見られるのは、せめてもの救いかもしれない。レノが好きそうなタイプのモデルの顔を撫でると、急に視界が暗くなる。レノが手で塞いでいるようだ。

「起こしちゃった?」
「いや、がずっとごそごそしていたから、眠れないんだろうなって思ってた」
「うん、眠れなくて」

 レノはキッチンで電気ケトルにミネラルウォーターを入れる。マグカップに何かを入れて沸騰した湯を注ぐ。おそらくハーブティーでも用意しているのだろう。眠れないときは温かくてリラックスできるものを飲むに限る。
 猫舌の私のために冷えたミネラルウォーターを少し足して、レノはマグカップをテーブルの上に置いた。ローズヒップ、ハイビスカス、ピンクよりは紅茶の色に近いハーブティーが眠れない私の心を落ち着かせてくれる。

「眠りたいときに限って、眠れないんだよね」
「そんなもんだぞ、と」
「他人事だと思って……」
「他人事だからな。ま、眠くなるまで付き合ってやるぞ、と」
「じゃあ子守唄でも歌ってよ」
「それは歌えないな」

 と言いつつ、ふんふん鼻歌を歌ってくれるところは優しい。
 マグカップのハーブティーが空になると、レノは奪い取るようにシンクへ運ぶ。軽く口をゆすいでベッドに潜り込むと、レノは後から潜り込んできて、子どもを寝かしつけるように掛布団の上から背中をぽんぽんと一定のリズムを刻んで撫でる。

が眠るまで俺は起きてるから安心しろ。眠ったのを確認したら、俺も寝る」
「はぁい」

 一緒に眠る人が起きているだけでも安心する。ごめんね、レノが寝付けなくても起こさないでね。
 次第に感覚がなくなっていく。眠りにつく寸前「おやすみ」とレノの優しい声が聞こえた。
 私にとって、レノの声が子守唄なのだ。




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リクエストより「寝かしつけるレノ」でした。
眠れないときはホットミルク、と言いたいところですが、逆に眠れなくなったことがあるので検索したところ、 あまり効果的ではないとか。
ハーブティーが好きです。ローズヒップ、ハイビスカスが入ったハーブティーを飲みながら書きました。

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