[ アプリコットフィズ ]





元々白いスーツを着ている社長だから、白いタキシードを身に着けたところでそれほど変わらないだろうという考えは、あっさりと覆される。
隣に並ぶ新婦の純白のウエディングドレスを更に引き立てるような社長の佇まいに、感嘆の息を漏らしてしまった。
社長とどこぞの令嬢の結婚式の警備をしているタークスは、式場の隅で怪しい行動をとる者がいないか目を光らせる。
その最中に、「任務中に見惚れるとはいい度胸だぞ、と」指摘されて冷や汗をかいた。


「そりゃ見惚れますよ、レノさん。我らが社長の晴れ舞台ですから」
「そうだな。いつもの白いスーツからタキシードに変わるだけで、まったくの別人に見えるぞ、と。社長に惚れたか?」
「既婚者には興味ありませんー」


それにしても、新婦の美しさに参ってしまう。
髪を結えば、うなじが丸見え。女の私も見惚れるくらいに色香を放っている。よくもまぁレノさんは正気を保っていられるものだ。
肌は白く、きらきら光って見える。触ればきっとすべすべだろう。
タークスに身を置き、スキンケアもままならない日々を過ごしている私には縁遠いことだ。
純白のウエディングドレスに身を包むことも、新郎に微笑むことも、未来に描けはしない。


「レノさんも、やっぱり純白のウエディングドレスが似合うお嫁さんが欲しいと思うことあるのですか?」
「んー、あるぞ、と。似合うと思うんだけどなぁ」


頭のてっぺんからつま先まで、なめるように見られて寒気がする。
レノさんから目を逸らし、式場の警備をするために気を引き締めた。
オルガン奏者の生演奏、何段にも積まれたウエディングケーキに新郎新婦が初めての共同作業と称してナイフを入れる。
何事も起きないまま結婚式と披露宴は終了するが、新郎新婦が着替えて新居に戻るまで警備を続ける。
家へ二人が入るのを見届けて、車に乗り込んだ。
行きはレノさんが運転、帰りは私が運転するのが、二人で任務に出るときの決まり。
シートベルトを締めて、ハンドルを握る。レノさんがシートベルトを締めたことを確認して、アクセルを踏み込んだ。

窓の向こうに広がるのはネオンに照らされた繁華街。
酔っぱらって千鳥足になる者、大声で騒ぐ若者、腕を絡めあう恋人たち、はぐれないように手を繋ぐ親子。
その様子を眺めながら、レノが呟く。


「黄色も似合うと思うんだけどな、やっぱ赤だな、と」
「何がですか?」
「ん? 俺の髪が赤いから、赤いウエディングドレスも似合うと思うんだぞ、と」
「未来のお嫁さんがですね。あれ、彼女いましたっけ?」
「いないぞ、と」
「じゃあ好きな人ですね。ワインレッドのドレスはよくありますし、私も持ってますよ」


レノさんが驚くのはわりと珍しいことだと思う。
私のジャケットの外ポケットに勝手に手を入れ、携帯電話をさっと取り出しロックを解除しようとする。


「ちょっと、ロック解除しようとしないでください」
には見られて困るものがこの中にあるのか、と。そのドレス着たときの写真ないのか?」
「あります! ありますから、次の信号まで待ってください」


携帯電話を奪い返して内ポケットにしまう。さすがにここへは手を出さないだろう。
赤信号で車を停止させ、友人の結婚式の写真を探す。
私が見つける間もレノさんはまじまじと携帯電話の画面を見ていた。
見られて困るような画像はないが、顔が近くてくすぐったい。
友人の結婚披露宴でワインレッドのドレスを身に着けた自分の写真を見つけると、レノさんに携帯電話を奪われた。


「俺の見立て通りだぞ、と」
「いつ見立てたんですか」
「んー、さっき」
「暇ですね」
がふっかけてきたんだぞ、と。純白のウエディングドレスが似合うお嫁さんが欲しいか、って」
「あぁ、あれですか。それでどうして私のワインレッドのドレスが出てくるんですか?」
「これだから鈍感は困るぞ、と。察しろよ」
「察するも何も、レノさんは純白のウエディングドレスが似合うお嫁さんが欲しくて、彼女はいない。
 その人は黄色も似合いそうで、でも赤が似合うとレノさんは思ってて、ワインレッドのドレスに興味があって。あと、なんでしたっけ?」


がっくりと肩を落としたレノさんは、頭を抱えて項垂れる。
色恋事だとして、タークスの端くれの私の理解が追いつかないとは、情けない限りだ。
なんとか思い出せ!
他に、何か言っていなかったか? 何か行動をとらなかったか?
レノさんの顔が近かった。私の写真を見て、自分の見立て通りだと言った。
鈍感は困る、察しろよ、と言った。主語がない。主語は何だ?
主語はレノさんじゃない。話し相手は私だ。
レノさんが赤いウエディングドレスを似合うと見立てたのは、私なのだ。


「あぁ、そうだぞ、と。やっとわかったか?」
「んー、うーん、察しろと言われましても、そんな要素一つもないですし」
「そんなことないぞ、と。そうでなきゃ、俺が惚れるわけがない。俺は、が好きだぞ、と」


後続車からクラクションを鳴らされ我に返る。
アクセルを踏んで、真正面にそびえたつ神羅ビルを目指す。
ハンドルを握る手が小刻みに震えている。ぎゅっと強く握って誤魔化した。
レノさんが私のことを好き?
信じられない。ただの後輩でしかない私のことを、レノさんが好きになる理由がわからない。
何も言わない私を見かねて、レノさんは私に質問する。


「俺のこと、嫌いか?」
「いえ、そういうわけではないですけど、急だったので驚きました」
「好きになってくれれば嬉しい、でも、無理にとは言わない。振られてもしばらくは好きでいると思うし、誰か他に相手が見つかれば、そっちに行くと思う。
 の邪魔にはなりたくないぞ、と」


レノさんは明るく笑って見せるけれど、少し困った表情だった。
彼をタークスの先輩以上に見たことはない。けれど、まっすぐな告白の言葉と、フォローの言葉が紳士すぎて心が揺れている。
レノさんとの交際を前向きに考えてもいいのではないか、そんなふうに思った。


「前向きに、考えたいと思います」
「え?」
「レノさんとお付き合いすること」
「は?」
「不満ですか?」


ぶんぶんと首を左右に振るレノさんを見て、かわいい人だなと思って小さく笑った。
私の返事が想定外だったようで、レノさんは背もたれにしっかり体を沈めて呆けていた。





「アプリコットフィズ」のカクテル言葉:振り向いてください


**************************************************

ホテルビュッフェに行ったら、新郎新婦が写真撮影していたのを見かけて思いつきました。
これから社長サイドの話も書くよ。

inserted by FC2 system