[ 何回めのキスできみになれるの ]





書類にサインする手を止めたら、頬を突かれた。
振り向けば、レノが人差し指を突き出したまま、笑っている。
それは「休憩しろ」の合図。
コーヒーを淹れようと立ち上がると、腕を引かれて椅子に再び腰掛けてしまう。不意打ちのキスがひとつ。


「仕事中にやめなよ」
「休憩中だぞ、と」
「職場でやめなさい」
「がまんできなかったんだぞ、と」
「いい大人ならがまんしなさい」


コーヒーを飲みながら、イリーナからの差し入れのお菓子をつまむ。
お菓子の甘さとコーヒーの苦みがちょうどいい。
休憩が終われば、あれをしなきゃ、これもしなきゃ、社長のところにも行かなきゃ。
やること山積み、終わる気がしない。
溜息をつきたくもなる。
天井を見上げて目を閉じる。大きく息を吸い込み、吐き出そうとしたらレノの手が私の口を塞ぐ。


「溜息禁止だぞ、と」
「溜息ぐらいつかせてよ」
「ダメだぞ、と。うるさい口は塞ぐぞーと」


今度は唇で口を塞がれる。
またキス?
多いんじゃない。
周りに人がいないからって、仕事とプライベートはきっちり分けてほしい。
それをレノに期待する私の方が悪いのかもしれない。


「俺のこと、嫌い?」
「嫌いだったら引っぱたいてるし、逃げるよ」
「じゃあ、なんで?」
「何が?」
「なんで、キスしたら不機嫌になるんだぞ、と」
「仕事中だから」
「それだけ?」
「それだけ」


あぁ、なんて意味のない会話なのだろう。
好きでもない人のキスなんて拒否するに決まっているし、仕事中にそういうことされたら好きな人が相手でもいい気分じゃない。
仕事は仕事。集中したい。


「ねぇ、今日、キス多くない?」
「そうだな」
「なんで?」
「なんでもないぞ、と」
「教えてよ」
「キスしてくれたら、教えてあげるぞ、と」
「じゃあいいや」
「えー、ちょっとさん!! 様様〜」


レノから逃げるには社長室に向かうのがいちばん。
社長に渡す書類を掻き集めて、社長室に向かって気を取り直し、定時に仕事をあがって帰宅する。
作り置きのおかずを温めて食べていると、家にレノがやってきた。
おかずを口に含んで噛んだまま玄関の扉を開けると、すぐにキスされた。
舌を入れようとするものだから、全力で拒否して振り切り、おかずを飲み込んだ。


「ちゃんと手洗いうがいしてからにしなさい。喉詰まらせて私が死んじゃったらどうするの?」
「そんなヘマしないぞ、と。それより、食べ終わってから出てこればよかったんだ」
「そしたら時間かかっちゃうじゃない。30回噛まなくちゃ」
「はいはい」


胃腸のためにもたくさん噛んでゆっくり食べないと。
それが私のモットー。レノには理解できないみたいで、私よりずいぶん後に食べ始めても、早く食べ終わってしまう。
そして、またキスの繰り返し。


「レノってキス魔だったの」
「違う」
「じゃあ、なんでこんなに今日はキスするの?」
「キスしたら、もっとに近づけると思った」
「何それ?」
と、ひとつになれたらいいなって」
「なれるわけないじゃない。レノはレノ。私は私。それじゃだめなの?」


珍しくレノが肩を落として落ち込んでいる。
レノらしくない。けれど、これが本当のレノで、私が今まで見てきたレノは強がっていただけなのかもしれない。
腕を伸ばしてレノを抱きしめる。
レノは痛いくらい強く抱きしめ返してくれた。


「レノ! 大好きだよ」
「っ……」
「私はレノが大好き。他の人なんて興味ない。私はずっと、ここにいるよ」
「あぁ」
「だから、ふたりでひとつ、ね」
「う、ん」


甘えている、のかな。
ゆっくりレノの背中を撫でると、吐息と一緒に「ありがと、」と聞こえた。
小さいけれど、はっきりと私の耳に届いた言葉。
レノの頬に触れるだけのキスをすると、「くすぐったいぞ、と」レノが笑った。





お題は「オーロラ片」さんからお借りしました。

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お題に一目惚れしたのはよいものの、とてもお題に沿った素敵な話が書けませんでした。無念。
FF7リメイクが楽しみすぎる。タークス情報早く!!

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