[ 失う恋に映ゆ(完結) ]





レノさんは私が記憶を失ってから引っ越して、新居には何度か通ったけれどなかなか慣れなかった。
それでも、これからこの部屋にもたくさん思い出ができていくはずだから、慣れるまでの辛抱だ。
以前から気になっていた、棚の上の青い箱のことをレノさんに尋ねてみる。


「レノさん、この箱は何が入ってるのですか」
「やべっ、それ、まだそこに置きっぱなしだった。開けたら死ぬからダメだ」
「なんです、それ。玉手箱ですか」
「あぁ、玉手箱だぞ、と。開ければ婆さんになっちまうぞ、と」
「そうしたら、レノさんはお爺さんですね」
「あぁ、そうだな。まぁ、そうなる前に開けないとな」


ダイニングテーブルにバケットとできたてのシチューを並べる。
スーパーで買ったサラダ用カット野菜にドレッシングをかけて、簡単なディナーのできあがり。
新居ということ以外は、見慣れた夜の姿。

自分で作るシチューの味は変わりはしない。
いつもと違うのは、黙々と食べるレノさん。
一言も発さず、だたひたすらに食べている。
そんなにお腹が空いていたのかと思い、微笑ましく思った。
でも違った。

ご飯を作った人は片付けない、それが私たちの決まりだった。
だから、私は食べ終わったらソファでくつろいでテレビを見ていた。
レノさんは黙って食器を洗い、ダイニングテーブルを拭いて片付ける。
そのまま、一緒にソファに並んで座り、眠たくなるまでテレビを見ながらゆったりするはずだった。
レノさんは棚の上に青い箱を持ち、フローリングにあぐらをかく。


「座ればいいのに」
「いいんだぞ、と。これ、開けようと思って」
「玉手箱を、ですか」
「あぁ、玉手箱じゃない。けど、に渡したい、大事なものなんだぞ、と」


レノさんは箱を開いて私に中身を見せる。
銀色に輝く指輪が入っている。
以前見た指輪とは違い、大きなダイヤモンドはない。
値段は違えど、どちらも私の為に彼らが用意してくれた物だった。


「ずっと、言おうと思ってた。俺と結婚してほしいって。
 でも、勇気がなかった。こんな仕事だからいつ命を落としてもおかしくないし、昼夜構わず働いてデートもろくにできやしなかった。
 幸せにするなんて約束できないけど、こんな俺でも側にいていいなら結婚してください。だぞ、と」


照れくさそうにはにかむレノさん。
指輪を箱から取り出し、私の前に差し出す。


「指輪なんてなくたって、私はレノさんの側にいますよ。レノさんの家族になれるのなら、私と結婚してください」
「指輪、はめていい?」
「えぇ、もちろん」


薬指にぴたりとはまった指輪は、永遠の愛を誓う。


「レノさん」
「何?」
「愛してます」
「え?」
「二度は言えません、恥ずかしい……。でも、恥ずかしいことなんて一つもないですよね。本当のことだもの」


恥ずかしさで顔を覆ったが、両手は簡単にはがされた。
レノさんの手は私の頬を挟む。
目があった瞬間、唇をついばまれる。


「そういうのは、俺が先に言うもんだぞ、と」
「聞こえてるじゃないですか」
、愛してる」
「私もです」


永遠の愛なんて存在しない。私たちはいつか消えてしまう。
でも、今だけ、互いに記憶がある間だけでも、愛し合って寄り添えられればいいのだと思う。


「レノさん、もし、私がまたレノさんのことを忘れてしまっても…」
「そんなこと、二度とさせないぞ、と」
「今のご時世、認知症とかあるじゃないですか」
「どれだけ先の話をしてるんだよ。先の話はまた今度だぞ、と」


もう二度と離れない。
そう誓うように抱き合った。




お題はalkalismさんからお借りしました。
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まだいっぱい書けるんじゃないのと思われそうですが、これにておしまいで。

13年前の朝ドラのプロポーズのシーンが、今もとても好きなんです。
「家族になりたい」って言葉がずーっと離れない。
結婚して家族になるって特別なことなんだなって。

ちゃんと書き終えられてよかったー。
ほんとうにメッセージありがとうございました。続きが読みたいとメッセージくれたあなたのおかげです。

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