[ 失う恋に映ゆ(下) ]





店長の知り合いからお見合いをしないかと勧められた。
気乗りしなかったけれど、新しい生活を始めるにはちょうどいいと思い、受けることにした。
相手は全国展開している武器屋の社長。年齢も私より少し上で離れすぎずちょうどよい。
両親を亡くしている私は、店長の知り合い夫婦に連れられてお見合い場所のレストランへ向かった。
品の良い、さわやかな人だった。
レノさんとは正反対。
比べては駄目。
新しい生活を始めると決めたのだから。

何度もデートを重ねて、二人で撮った写真や動画がたくさん溜まっていく。
比べれば一目瞭然。行く場所も食べる物も、レノさんと付き合っていたころの写真と全然違う。
お洒落で、私には不釣り合いな場所。
デートの度に買ってくれるワンピースやスカートが、クローゼットに増えていく。
入れ替えるように、古い服は捨てていく。
いつの間にか、自分で買った服は下着だけになってしまった。

花火大会がよく見えるタワーの上層にある高級レストランへ行こうと誘われた。
「喜んで」と誘いを受ける。
花火大会はいつもどうしていたのだろう。
レノさんと見に行ったのだろうか。
さん?」上の空の私を、彼は不思議そうに覗き込む。
小さくを首を振った。

思い出した。
去年の花火大会の日は、事故に巻き込まれて病院に運ばれた日だった。
私が記憶を失って、もうすぐ一年が経つ。

ナイフの使い方もままならなかった私も、少しは成長した。
この人の隣にいるのに相応しくないように。
ドンと地面を突き上げるような音と共に、花火が夜空を舞う。
鮮やかな光に眼が覚め、そして光が散りゆくのと共に世界は暗闇に戻る。


「お気に召しましたか?」
「はい、こんなに近くから食事をしながら見られるなんて」
「去年は見なかったのですか?」
「……見られませんでした。ちょっと、用があって」


深くは訊いてこない。
上辺だけの付き合いに感じるが、それが私と彼との付き合い方。
心も体も、深くわかり合う必要はない。
ただ寄り添えばいい。
彼とはそういう関係が心地よかった。

最後の花火が打ちあがる。
どれよりも大きく華やか。花火という名の通り、夜空に咲く大輪の花だった。
その花も散っていく。
呆けていると、彼が私の左手を取る。


「今日は、さんに伝えたい大切な話があって」
「私に?」
「はい。俺と結婚してくれませんか」


頭の中が真っ白になる。
考えたこともなかった。記憶を失って新しい生活を始めるのに、新しい恋人を持つのはよいきっかけになると思っただけ。
無言の私に笑みを投げかけ、彼は小さな箱をとりだし、片手で器用に開ける。
何カラットするのだろう。大きなダイヤモンドが眩しい指輪を私の左手の薬指にはめる。

高層タワーの高級レストラン、美味しい料理、綺麗な花火。
きっと入念に準備をしてくれた素敵な彼。
断る理由なんて何もないのに、私は返事ができなかった。


「結婚して、家族になって、俺のこと、ずっと支えてくれませんか。
 俺も、さんのことずっと支えるから。楽しいことも、辛いことも二人で分かち合いたい」
「……」
「時期尚早ということでしょうか」
「あの、いえ……」


薬指にきらめくダイヤモンドの光が、目の裏に焼き付いて痛い。
目を閉じると瞼の裏に無数の色が流れ込んで余計痛む。
痛みに耐えかねて顔を両手で覆う。
涙がこぼれて止まらない。
彼が差し出してくれたハンカチを受け取らず、鞄の中から自分のハンカチで目を覆う。

失った記憶が、たくさんの痛みと共に戻って来た。
「ごめんなさい」指輪をそっとはずしてテーブルの上の箱に戻す。

思い出した、イリーナさんと話したことを。
プロポーズされるなら、夜景がよく見える高層タワーの高級レストランでディナーの後に、なんて思ったりした。
でもレノさんには似合わない。もちろん私にも。
指輪なんてなくたっていい。言葉だけあればいい。
両親を亡くした私は、レノさんと家族になりたいと思っていた。


「ごめんなさい、私、あなたとは結婚できない」
「思い出した、のですか」
「全部、思い出しました。記憶を失う前のこと。あの頃、家族になりたいと思っていた人がいたことを」
「そう、ですか。その人は、さんを待っている?」
「わかりません。最初から待ってなんていないかもしれない。それでも、私はあの人が好きなんです」


社長夫人なんて、私には似合わない。
家族になれなくても、私は赤毛のあの人の隣にいたい。
それが、私の幸せだから。

彼は家まで私を送ってくれた。
礼を言い、部屋の中へ入る。
たくさんの思い出が雨粒のように舞い、私に降り注ぐ。
また涙がこぼれる。
この部屋そのものに、レノさんとの思い出がありすぎる。

部屋にいるのが辛くなって、近所の公園まで歩いた。
誰もいない静かな公園。
ブランコに乗り、小さく揺らした。
思い出は、消えてくれない。涙が枯れるまで流したとしても。
見上げた星空は霞んでよく見えなかったけれど、視界の端に映った赤い色だけは鮮やかだった。


「何してんだぞ、と。こんな夜遅くに一人で。カレシのシャチョーはどうしたんだよ」
「さっき、別れました」
「さっき? どうして? イリーナからうまくいっていると聞いてたぞ、と」
「本当に好きな人を、私の目の前で立っているあなたのことを、思い出したからです」


レノさんは呆然としている。
私はただ見つめた。
視線が絡み合うことはないけれど、抜け落ちた記憶が戻った今、ただレノさんのことが好きだから、見つめていたい。


「私は、レノさんが、好きです」
「……」
「なんだか、伝えたら満足しちゃいました。帰りますね」
「どこに?」
「どこにって、家にですよ。自宅です」
「危ないから、送ってく。いや、俺んち来いよ。逆にの家の方が危ない」
「どうしてですか」
「元カレが逆襲しに来るかもしれないぞ、と」
「そんなことするような人じゃありませんよ」
「男は狼なんだ。忘れるなよ、と」
「だったら、レノさんちに行くのも危ないじゃないですか。狼なんでしょう?」


さすがに言葉に詰まったらしく、レノさんは視線を宙にやる。
懐かしい空気。
私はこの人と一緒にいるのが大好きだった。
一緒に出かけていろんなものを見て、たくさん笑って、美味しい物を食べて、幸せだった。
全部、過去形だと気づいた。
レノさんが自分の家に招こうとしているのは、そんな未来を期待していいってこと?


「嫌なら無理しなくていいぞ、と。家まで送るから」
「行きます、レノさんち」
「いいのか?」
「行きたいです。欲を言えば、またレノさんの恋人になりたいです」
「あぁ、なってくれよ、と」
「ありがとうございます。嬉しい!」


ブランコから降りて目の前で立ったままのレノさんに抱きついた。
私の居場所はやっぱりここだ。





お題はalkalismさんからお借りしました。
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少しだけつづきます。書ききれなかったけど、ヨリ戻したから、一旦ここまで。
もう少し練ってから最終話にします。


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