[ 失う恋に映ゆ (中) ]





失った記憶を取り戻す手がかりがないか、部屋中探しまわる。
クローゼットには地味な色のワンピースばかり並び、本棚にはお菓子作りの本から小説、図鑑までもジャンル分けされてしまわれていた。
デジタル化された時代、写真の類は何も出てこない。
携帯電話は指紋でロック解除ができた。
データフォルダを漁ると大量の写真が出てきた。
大半が風景の写真。その中に時々現れる二人の写真。
特徴的な真っ赤な髪の男と、私のそっくりさん。
友人にしては距離が近い。恋人と呼ぶ以外に何が当てはまる?

レノさんが私を見る目が、絶望的な色をしているのは、恋人に自分のことを忘れられてしまったから。
恋人がいないのか尋ねて返答に困ったのは、質問主が恋人だから。
レノさんに名前を呼ばれると心が落ち着くのは、私の恋人だから。

なんて失礼なことをしてしまったのだろう。
それでもレノさんは私に優しくしてくれた。笑顔を投げかけてくれた。
とても大切にしてくれているのに、どうして私はレノさんのことを好きだという気持ちを思い出せないのだろう。

もう一度、好きになれるだろうか。
また彼と恋人同士になれるだろうか。
レノさんは、こんな私のこと好きでいてくれるだろうか。

何回かレノさんと食事をした。それ以上のことは何もしない。
一緒に出かけたりすることも、手を繋ぐこともない。
私から誘った方がいいのだろうか。
レノさんの同僚のイリーナさんとカフェでお茶をする。
イリーナさんと一緒に映っている写真も、携帯電話の中にはあった。
「親友には遠いけど、友達。恋の相談相手かなー、レノ先輩からの方が割合は多いけど」とイリーナさんは私との関係を語る。


「絶対誘って! お願い! レノ先輩、喜ぶから」
「そうでしょうか。なら、そうしたほうがいいですね」
「絶対! 絶対! もう早く、くっついちゃって。記憶を思い出さなくても、先輩のこと嫌いじゃないなら、そうしたほうがいいの!」
「はい、そうしますね」


イリーナさんがリサーチしてくれたレノさんが見に行きたがっている映画の前売り券を買った。
緊張しながら携帯電話の通話ボタンを押す。


「もしもし?」
です、こんばんは。今、いいですか?」
「あぁ、仕事終わったところだからいいぞ、と」
「あの、先週公開になったSF映画のチケットあるんです。一緒に見に行きませんか?」
「おー、あれ! 行きたいぞ、と。……でも、やっぱ、無理だ」
「お忙しいですか?」
「あぁ、まぁ、な」


とてもショックを受けた。
行きたい気持ちがあるのはわかった。でも、私と一緒だと、行けない理由があるようだ。
ショックを受けるのは、私がレノさんのことを好きになっているからだろうか。
電話を切って、呆然としていたら、涙がこぼれた。





 *





から映画に誘われた。
それも俺が次の休みに見に行こうと思っていた映画。
一瞬、映画デートが頭をよぎる。
昔から二人でよく行った。気に入った同じ映画を何度も見に行ったことだってある。
でも、駄目だ。
これ以上、今のに深入りしてはいけない。

どうせイリーナが何か言ったのだろう。
あいつは、俺とを恋人同士にしたがっている。
をそっとしておいておきたい。
記憶を取り戻すまで、俺は待ちたい。

嬉しくないと言えば嘘になる。
が俺に興味を持ってくれた。
嬉しくて仕方がない。映画に一緒に行きたい。映画を見た感想を語りながら食事をしたい。
ぼんやりと事務所のデスクで考えていると、イリーナが隣のデスクをドンと叩く。


「レノ先輩のバカ!! どうしてが誘ってきたのに断るんですか? 理由なんて何もないじゃない」
「断るのにも理由なんていらないんだぞ、と」
「泣いてましたよ、
「……」
「断られて泣くほど辛いのは、レノ先輩のこと好きだからだって。それ以外に理由が見つからないって。
 記憶が戻らなくても、気になってしょうがない。だから、」
「だから、それは俺との写真とか、そういう思い出みたいなものを見つけて思い込んでるだけだ」


イリーナの言葉を遮って事務所を離れた。
ぎこちない空気が何日も事務所に漂っていた。
数週間後、イリーナからがお見合いをしたと知らされた。どこぞの若社長だとか。
それから数か月後、彼らが交際を始めたと聞かされた。
ぎゃんぎゃん喚き叫ぶイリーナを横目に、俺は冷静だった。

全部終わった。
「さよなら」なんて言葉はなくとも、清々しい別れだった。

自宅の棚の上に置いたままの箱。
返品することもできず、インテリアに成り下がってしまった。

いつか、
いつか、
いつか、
そんなふうに思って、時が流れてに渡せずじまいだった。
箱を開けて中身を取り出す。
いつまでも光り輝くそれは、俺には眩しくてまともに見れなかった。
そっと元に戻した。

ベッドにダイブしたらスプリングがギシッと大きな音をたてた。
二人でダイブして、寿命が来ていたスプリングが折れたこともあった。
その部屋そのものに、との思い出がたくさんありすぎる。

引っ越すか。
そんなことを考えながら眠りについた。




お題はalkalismさんからお借りしました。
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時間が経ちすぎて、当初の予定と話の内容が変わってしまいました。
結末はちゃんと考えてるからね、できるだけ早めに更新します!

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