[ 遅ればせながらスイートショコランド ]





チョコレートの甘い匂いが漂うデパートのバレンタインコーナー。
甘い匂いは好きだけれど、何度巡ろうが手に取ることができない。
喜んでもらえるものは何だろうか。美味しい物はどれだろうか。
迷って悩んで、選んだものは有名なチョコレート屋の高級チョコ。
数が少ないから、義理チョコにも見えるだろう。

どうせ、告白する勇気はないから。
渡すことができればそれでいい。
それなのに、渡す勇気も出なくて、バレンタインデーを過ぎてもチョコレートは手元に残っている。
同じ会社の他部署の人間が普通に過ごしていても仲良くなれるわけもなく、
同期のイリーナが気を利かせて飲み会やイベントに誘ってくれて接点はできた。
ただそれだけ。

太陽が傾き、西の空が赤く染まる頃、小腹が空いて甘い物が食べたくなりチョコレートの箱を開けてしまった。
もう食べるしかない。
一粒、つまんでは自分の口に運ぶ。
噛まなくてもとろけていくチョコレートの甘さに、心までも溶けてしまいようだ。
天井を仰ぎ、一息つく。
心が少し落ち着いた。
仕事の疲れも、叶わなう恋に悩むのも、すべて忘れることはできないけれど、
体の力が全部抜けて椅子の背もたれに力をかけすぎて後ろに倒れそうになる。
寸でのところで誰かが背もたれに手を添えて支えてくれた。
慌てて体を起こして振り返ると、憧れのレノさんが驚いていた。


「おいおい、何してるんだ。危ないぞ、と。」
「も、申し訳ありません!!」
「疲れてんなら、早退したら?」
「いえ、そういうわけには・・・」


レノさんは椅子をデスクの前に戻してくれ、私に座るよう促してくれる。
気遣いに甘えて私はデスクに向かう。
そしてまた、チョコレートを一粒つまんで自分の口に運ぶ。
視線を感じ振り返ると、レノさんが私を見ていた。私がチョコレートをつまんでいた指を。


「チョコ、好きなのか?」
「えぇ。それもありますけど、昨日のバレンタインの残りです」
「義理チョコの余り?」
「本命みたいなものでしたけど、あげる勇気もなくて、諦めて自分で食べました。高級品ですし」
「なら、の本命の代わりに俺がもらってやってもいいぞ、と」


いつもヘラヘラ笑っていることの多いレノさんが、真面目な表情でまっすぐこちらを見ている。
まるで視線が弾丸のようだ。ピストルで射貫かれた私のハートは、普段ではありえない行動を脳に指令してしまう。
チョコレートの箱にふたをし、レノさんの前に差し出す。そこまではよかった。


「好きです!」
「へ?」
「レノさんの、こと……」
「お、俺?」


頷くので精一杯だった。
チョコレートの箱を差し出す手が震える。
逃げ出したくて仕方がない。
中途半端に食べて数を減らしてしまった本命チョコを、代わりにもらってくれると言ってくれた。それだけで嬉しかったのに。
腕を降ろそうとしたその時、箱は勢いよく奪われてしまった。

レノさんは箱をまじまじと眺めている。
強く掴みすぎて、箱が軋みだす。


「レノさん、箱が壊れちゃう」
!」
「は、はいっ!」
「何の罰ゲームか知らないが、ありがとう! 嬉しいぞ、と」


一生懸命想いを伝えたつもりだったのに、空振りした。
受け取ってもらえても、これでは辛すぎる。
目の前が涙でかすむ。
手持無沙汰になった両手を、腹の前で重ねて握りしめる。
その手に、そっと何かが触れた。
顔をあげると、レノさんが私の手に触れていた。


「俺は、のこと好きだから、からチョコレートもらえて嬉しいぞ、と」
「レノ、さん?」
「ちゃんと、の本命にもあげるんだぞ、と。受け取らなかったら、俺がぶっとばしてやるから心配するなよ」


伝わらない。私の気持ちはちっとも伝わらない。
レノさんも、罰ゲームをしているの?
もう、涙をこらえることができなくて、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちた。


? 俺、何か悪いこと言ったか」
「罰ゲームじゃない。私は、ずっとレノさんのこと、好きなの。本当に好きなの。
 どうして伝わらないの。私のこと受け入れられないから、伝わらないの? レノさんこそ罰ゲームなの?」
「俺は、本気でのことが好きだ。だから、に本命がいると聞いて、ショックだった。
 渡せなかったチョコ、俺がもらえるなら本望だって思った。でも、逆に傷つけてしまったな。ごめんな、泣かせてしまって。
 俺は、が好きだ。何回でも言うぞ、と。のことが好きだ」


レノさんの指先が私の頬を伝う涙をすくう。
すっと微笑んだレノさんは、私の額に自分の額をくっつけて言う。


が好きだ」
「私も、レノさんが好きです」
「俺と、付き合ってくれるか?」
「私でよければ、どうぞよろしくお願いします」
「あぁ、よろしくな、と」





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ホワイトデー目前に書き上げました。

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