大好きな人に忘れられることが、どれほど辛いことか想像するだけで恐ろしい。
記憶をなくしているからなんて、言い訳になんかならない。
それでも貴方は……。





      [ 失う恋に映ゆ (上) ]





ツォンさんから知らせを受けて調査課の事務所を飛び出した。
俺は、どんな顔をしていただろうか。
イリーナは同じ話を聞いて真っ青な顔をしていた。
ルードは眉をぴくりと動かす。

民間人が、なぜ神羅の実験に巻き込まれるんだ。
が何をしたっていうんだ。
そうか、俺のせいか。
俺が駄目な男だから、罰が当たったんだ。
俺がのことを大事にしないからって、のこと傷つけるなよ。

病院には仕事柄、縁がありすぎる。
見舞いに行くことだってある。
ただ、それは仲間の見舞いだ。
俺は、どうしての見舞いに行ってるんだ。

ベッドに横たわるは目を閉じ、規則正しい呼吸をしている。
生きている。それはわかる。
けれど、起きても俺のことは覚えていない。
何も、覚えていない。
記憶障害なんて、本当にあるんだな。

俺とが交際していることは、タークスの中では周知の事実だった。
は神羅カンパニー社員御用達のレストランの店員。
誰もが知っている看板娘。
俺は運よく彼女のハートを射止めて、恋人付き合いを始めた。
それから三年。

『3』に注意というのは本当だな。
まさかこんなことになるとは思わなかった。
瞳を開いたは、俺に視線を向けても表情を変えなかった。
いつもなら、目が合えば微笑んでくれるのに。


「どちらさま、でしょうか」
「覚えてないんだな」
「ごめんなさい。事故で記憶障害になったみたいで、何も覚えていないんです」
「そうか」
「ごめんなさい」


のせいじゃないのにな。
いちばん辛いのはだろうに。
申し訳なさそうに詫びるを、俺は抱きしめて慰めることができなかった。
俺たちが恋人同士だということを、伝えることができなかった。

ひと月後、が退院したと聞いた。
大金で神羅の不祥事を揉み消したという。
イリーナは憤慨していた。
金で解決しようとした神羅カンパニーに対してではなく、恋人同士だという事実を伝えない俺に。


「どうして伝えないの! 恋人同士だったからこれからも仲良くしてほしいって言うくらい、なんてことないじゃないですか!」
「いいんだよ。混乱させるだけだぞ、と」
「レノ先輩、そろそろ結婚するって言ってたじゃないですか」
「そうか?」
「そうですよ! どうやってプロポーズするか悩んでるって。私、夜景の綺麗なレストランを教えましたよ」
「そうだったか。でも、ま、白紙に戻ったからな」
「そんなぁ……」


もちろん覚えている。
そろそろ結婚してもいいんじゃないかと考えていた。
タークスだから結婚してはいけないことはない。
危険な仕事だから、家族を残して死んでしまうこともあるだろう。
それでもと家族になりたいと思った。
もちろんノーと言われる覚悟もしている。
俺にとって都合のよい家族であって、にとっては重荷にしかならないから。

は職場復帰したとも聞いた。
店に入る勇気はない。
店の前を通り過ぎるふりをして、店内を確認する。
は元気に働いていた。
客に笑顔をふりまき、注文の食事をテーブルへ運ぶ。

事故の後遺症もなく、笑顔でいられるならよかった。
視線を道の先へやってから、気になって店内へ戻す。
がこちらを見ていた。
微笑んでくれたような気がした。

数日後、休日にミッドガルの街をふらついていると、「レノさん」と女の声が背後からした。
いつもの笑顔ではない、けれど病院のベッドの上で見せた戸惑いの表情でもない、知り合いに見せる笑顔のがいた。


「こんにちは」
「あぁ、こんにちはっと」
「今日はお休みですか。タークスのスーツ、着てないんですね」
「あぁ、休みだ。それから、スーツ着ないで潜入捜査って場合もあるな」
「レノさんは髪の毛が目立つから、このままでは潜入捜査にならないのでは?」
「まぁな」


意外と普通に話せた。それには驚いた。
構えていたのは俺だけだ。はすべてを忘れた。だから、俺と接するのに何の抵抗もないのだ。
ただ、恋人ではなくなったことにより生まれた隙間は目に見えて分かった。
物理的な距離が、遠い。半径三十センチ以内まで近づいてくるのに。


「あの、これからランチをしに行くところなんです。レノさんも一緒にいかがですか」
「俺? 一緒にって他に誰かいるのか、と」
「いいえ、一人です。だから、せっかくなので」
「俺と? この俺と? 赤の他人のこの俺と、が?」
「えぇ、レノさんと。初めて会った時からお話ししてみたいと思っていました」
「どうしてだ?」
「私を見る目が、絶望的な色をしていたので」


洞察力は記憶障害と共に失われていなかった。
とにかくいつも鋭かった。周囲の様々なことにすぐ気が付き対処する。
気配り上手なだけかもしれないが、俺には洞察力の高さに思えた。


「はは、そりゃそうだ。若い女を事故に巻き込んだのが自分の会社だからな」
「レノさんのせいではありませんよ」
「自社の汚点は俺の汚点だぞ、と」
「それだと、レノさんの身が持たないですね」
「そうだな。かわいい女の子に癒してほしいぞ、と」
「彼女、いないのですか?」


訊かれるのはわかっていた。だが、受けた衝撃は大きかった。
彼女はいる。過去形にした方がよいか。
俺がのことを彼女だと思っていても、は俺のこと彼氏だと思ってはいないから。
答えられずにうなっていると、が気を利かせてくれた。


「複雑な事情がおありなんですね。すみません、嫌な質問して」
「いや、は悪くないぞ、と」
「ランチ、ご一緒してもいいですか」
「あぁ、行こうか」


もう二度とこうして並んで歩くことはないと思っていた。
別々の人生を歩むのだと。
ちらっとの方へ視線をやると、俺を見上げてふわりと微笑む。


「私はレノさんと仲良しだったのですか」
「あぁ、まぁそれなりに」
「そうなんですね。レノさんに名前を呼ばれると、なんだかとても心が落ち着くんです」


どういう関係か追及されなかったのは救いだった。
薄々気づいているのかもしれない。
いや、誰かに吹き込まれて、記憶を失う前の彼氏に会いに来たのかもしれない。
悩んでも仕方がない。
腹をくくって食事をすると、なつかしい空気がした。
恋人同士になる前の、一方的に思いを寄せていた頃。
押して駄目でも降参するまで押しまくる。そうやって恋人同士になった。

あのときと同じように、また押しまくれば恋人同士になれるかもしれない。
そんなことを考えながら、フォークにパスタを巻き付けた。




お題はalkalismさんからお借りしました。
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年を重ねて書く話が変わって気がする。
「すごくバカな話が書きたい」感が全然出ない。
しかし文才の無さは変わらないのなー。


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