※ヒロインはバラバラです





手を伸ばせば触れられるところにいるのに、どうして手を伸ばせないのだろう。
触れるのが怖い。
触れたら壊れてしまうのではないかと。
触れたら消えてしまうのではないかと。

一体、俺は何に怯えているのだろう。


「どしたの、レノ?」
「いや、なんでもないぞ、と。は今日もかわいいなって話」
「気持ち悪いからやめて、そーいうの」


言葉とは裏腹に、のとびきりの笑顔が添えられた。
怖がるな、と。
怯えるな、と。
勇気を出せ、と。
そう言っている気がする。

もし、気のせいだったら、触れたらぶん殴られるだけ。
それもいいじゃないか。

一歩前を歩くの手を握った。
驚きの表情で俺を見上げる
は何も言わなかった。

恋人でもなんでもない俺の手を、拒絶しなかった。



[ 存在の輪郭 ]











スラムの公園にて、ブランコに乗り、靴飛ばしをする。
黒い靴が弧を描き、砂場にすぽっと埋まる。


「何やってんだ、?」
「レノこそ、こんなところで何やってんの?」
「任務中」
「サボんなよ、と」
「真似すんな、と」


レノは私の靴を拾い、ひっくり返して中に入った砂を落とす。
さらさらと砂がきらめきながら落ちていく。
靴の中に入っていたら煩わしい物も、こんなふうに美しく見えるのだ。


「夕陽と砂つぶのコラボレーション」
「は?」
「こっちから見ると、キラキラしてるの」
「そーかい。暇なんだったら俺の任務に付き合えよ、と」
「承知しました、レノ先輩!」


薄汚れた黒い革靴も、レノの手にかかればシンデレラのガラスの靴になる。
足元に差し出された靴に、そっと足を入れた。


「ぴったりだ!」
「当たり前だろ。の靴だぞ、と」



[ 発光する粒子 ]











世界中の時が止まったかと思った。
その方が、よかった。
時が進まない方が、よかった。

何も見えない。
何も聞こえない。
何も触れられない。

そんな世界がほしくなった。


「なぁ、
「なぁに、レノ」
「元気になったら何がしたい?」
「もうなれないのに、何がしたいもクソもないよ」
「汚ねぇ言葉、使うなよ、と」


力なく微笑む
ベッドに横たわった体。
血の気の引いた顔。


「元気になったら、レノと一緒に出掛けたいな」
「どこに?」
「レノがいるならどこでもいいよ」


俺も、がいるならどこでも構わないよ。



[ 背骨にしみる音 ]











「暑くて溶けそうだぞ、と」
「溶ければー」
「酷いな、は」
「暑苦しいから髪の毛切ればいいのに。ルードみたいにすれば?」
はそれでいいのか? 恋人がスキンヘッドでも、と」
「見た目で好きになったんじゃないもの」
「俺の中身に惚れたってわけか」
「もういい、体が熱くなってきた」


は優雅に扇子で風を送り込み涼む。
俺はスーツの袖で汗を拭う。
早く任務を片付けて、エアコンの効いた神羅ビルに帰りたい。

横を向けば、の額からこめかみへ汗が伝っていくのが見えた。
すっと通った鼻筋、薄く開きかけた唇、流れる汗。
欲情するには十分すぎて、目を逸らした。


「帰ってシャワー浴びたい」
「任務終わったら一緒に浴びるぞ、と」
「セクハラで訴えます」
「しょうがないだろ。任務から解放されたいんだぞ、と」


任務を終えたら、の心も体も存分に溶けさせてやる。
もちろん、俺のもだ。



[ 籠飼いの日の暈 ]











久しぶりの休日。
コーヒーを淹れて、積読の消化に励む。
ソファに体を沈め、小説を一頁めくる。
コーヒーカップに手を伸ばせば、あるはずの場所に何もなかった。
テーブルに頬杖をついたレノが、私のコーヒーをすすっている。


「甘っ」
「しょうがないじゃない。甘党なんだもの」
「糖分摂りすぎで死ぬぞ、と」
「死にませんー。幸せで満たされるんですー」


私に構ってほしいらしい。
レノの仕事が大変なのは知っている。
でも、私もたまには休みたい。のんびりしたい。
レノはきっと正反対のことを思っているに違いない。
遊びたい。構ってほしい。いちゃいちゃしたい。


「ごめんね、レノ。私、今日はのんびりしたいの」
「俺はに構ってほしいぞ、と」
「休まないと、仕事中に体がもたないの」
「俺も、に構ってもらわないと仕事中に精神がもたないぞ、と」
「どうやったら間がとれるのかしら」


しおりを挟み、小説をテーブルの上に置く。
すかさずレノは私の体にまたがり、抱きついてくる。


「じゃあ、五分でいいから俺の好きにさせて」
「五分だけだよ」
「わかったぞ、と」


五分で済むとは思えなかった。
けれど、嬉々としているレノの顔を見たら、何も言えなくなった。
レノが嬉しいなら、私も嬉しいから。



[ 文字のための臼歯 ]











「レノさん! 待ってくださいよ〜」

情けない顔で俺を追い、駆ける
早歩きだと背が低いには俺を追うのが辛いらしい。


「タークスなら追いついてみせろよ、と」
「はいっ、頑張ります!」


イリーナと比べれば何倍も素直でかわいらしい。
むさくるしい神羅カンパニーも、華があれば十分だ。
俺に追いついたのに、通り越していく
何を見つけたというのだろう。
少し先で立ち止まり、しゃがんで地面に手を伸ばす。
こちらを振り返り、満面の笑みで見せる指の先には。


「レノさん、どんぐり見つけました」
「お前はリスか!?」
「いいえ、人間です」
「ならお子ちゃまだぞ、と」
「そうですね。永遠の五歳児とかにしておいてください」


永遠の五歳児は道の先にもどんぐりを見つけたらしく、大股でひょこひょこと先を進んでいく。
さっきまで俺に追いつけなくて駆けていたのと比べれば大違いだ。


「おいおい、どんぐり追いかけて道に迷うなよ、と」
「大丈夫です。だって、レノさんが迎えに来てくれるんでしょう?」
「おいおい、人任せか……」
「五歳の子供を置いてはいかないでしょう?」


二十を過ぎた永遠の五歳児だしな、置いていくさ。
でも、その笑顔を置いてはいきたくない。



[ むかし蹄だったあと ]











空一面にきらめく星。
ずっと見上げていると首が痛くなって、地べたに寝そべった。
手足を大の字に広げた。
地球と一つになれた気がした。


「おい、。何やってんの?」
「レノ? 地球と一つになってるの」
「そういうの、俺にしてくんない?」
「?」
「俺と一つになりたい、とか、そういうこと言ってほしいんだぞ、と」
「変態」


真面目な顔して言わないでしい。
レノは私の横に腰掛ける。
落ち着いて空を見るのも、レノと二人きりなのも、随分久しぶりだ。
互いの仕事が忙しくて会えない日が続いていた。連絡もとっていなかった。
自然消滅してもおかしくないくらいだった。

仕事帰りに急にデートに誘われ、オープンカーに乗って連れてこられた場所は、本当に何もなかった。
車を止めて開けた砂地に降り立ち、レノに手を引かれてただ歩いた。
疲れたから、今は休憩中。


「星が綺麗だな」
「そうだね」
の方が綺麗だ、とか言わないから拗ねたのか?」
「そんな言葉、欲しいわけじゃないよ」
「何が欲しい?」
「特に、何も」


もう十分。
久しぶりに会えて。話せて。こんなに綺麗な星空を二人で見られて。それだけで、十分。



[夜の端が青む]











「レノさん、ご無沙汰してます」

背後から声を掛けられ、振り返ると馴染みの店で働いてがいた。
急に姿を見かけなくなり店長に尋ねれば、一身上の都合で退職したと言われた。
いつも笑顔で、優しく声を掛けてくれた。
俺だけにそうしてくれればよかったのに。そう何度も思った。

風が吹き、の髪が顔にかかる。
がそれを左手で払うと、何かが光った。
薬指にはめた指輪。
そうか、結婚したのか。だから、退職したんだな。


「結婚、したのか?」
「はい、少し前に。それで、あの店で働くのを辞めたんです」
「おめでとう」
「ありがとう、ございます」


めでたいことなのに、苦笑いする
望んだ婚姻関係ではないのか。舅、姑とうまくいっていないのか。


「親が決めてた許婚なんです。小さい頃からあまり好きになれなくて。
 大人になったら変わるかと思ったのですが、ダメでした」
「断ればよかっただろ?」
「向こうは私のことを好いてくれているので、このまま流されてもいいのかなと。好きな人に振り向いてもらえないなら。振り向かせる努力もしてない私にはもう何も言えないんですけどね」


自分の気持ちに正直に生きるって難しいな。


「レノさん」
「ん?」
「また、会えますか。会ったら、お話ししてもいいですか」
「当たり前だぞ、と、ならいつでも大歓迎だ。
 旦那に嫌なことされたらいつでも言ってくれ。すぐに助けに行くぞ、と」
「ありがとうございます。レノさんはいつも素敵ですね」


笑顔で通りを駆けていく
背の高い男に声を掛け、いつもの笑顔を向けている。
男はの手を握る。
あれが旦那か。
なんで、あの位置に俺はいられないんだろうな。
俺が気持ちを伝えたら、未来は変わっただろうか。



[不可視の極彩色]











任務を終えて事務所に戻れば、誰もいなかった。
静まり返っているのは珍しい。たいてい、イリーナの甲高い声が聞こえたから。
コーヒーでも飲むか。そう思い、給湯室でインスタントコーヒーを淹れる。
事務所の打ち合わせ用ソファで一息つこうと思ったが、先客がいた。
が、腕をアイマスク代わりにし、ソファで眠っている。

こんなところで無防備に寝るなよな。
床にジャケットは落ち、シャツの裾はスラックスから飛び出してめくれあがり、肌が少し見えている。
ボタンは第二ボタンまではずれて、胸元に目をやるのが憚られる。

机を挟んで向かい側のソファに体を沈めた。
コーヒーカップを口に近づけ、視線を向かいの眠り姫にやると、口に含んだコーヒーを噴き出しそうになった。
寝返りを打ったが、こちらを向いている。
頼むからこっち向くな。目のやり場に困る状態でこっち向くな。その前に俺がここから離れればいいだけか。
でも足が動かない。視線も逸らせない。

ちょっとくらい触ってもいいよな。触っても、怒られないよな。触っても気づかないよな。
立ち上がり、床に落ちているジャケットをの体に掛ける。
頬に指をそっと近づける。ぷに、と柔らかい感触がする。

かわいな、こいつ。

そんなこと、前から知ってたけど。
それに、前から知ってる。が見ているのが誰なのかも。


「ザックス……」


息苦しくてどうにかなりそうだ。



[灼き均される]











「一度でいいから北の大空洞に行ってみたい」
そうは言った。
デートならゴールドソーサーの方がいいんじゃないのか。そう思ったが、は首を振った。

こっそり職場のヘリを飛ばして北の大空洞へ向かう。
色気ゼロ、むしろ危険度100%のデート。
たまには恋人とイチャイチャしたいわけで、俺はがっかりした。
けれど、隣で窓の外を見てはしゃぐの姿を見て気が変わった。
が楽しんでくれているなら、それでいい。


「すごーい。ぽっかり穴が開いてるみたいに見える」
「そうだな」
「もっと近くに行きたい」
「やめとけよ、と」
「怖いの?」
「危ないぞ、と」


北の大空洞にはいい思い出なんてないからな。
またセフィロスやガキ共が現れるようなことになるのは御免だ。
それに、今はがいるから、危ないことはしたくない。
民間人の命を危険に晒すようなことはできない。恋人なら尚更だ。


「なんだか寂しい場所だね」
「最果ての地、だからな」
「花でも咲いてればいいのに」
「花なんてここで育つわけないぞ、と」


女は花が好きだな。


「そうだ、今日、母さんの誕生日なの。花を買って帰ってもいい?」
「あぁ、いいぞ、と」
「会ってくれる?」
「え、あ、それは……」
「別に顔合わせとかじゃないよ。父さんが出張でいないから、お祝いするなら人が多い方が嬉しいの」


今日はとんでもないデートだぞ、と。



[極冠に種]











レノがはしゃいでる。
笑ってしまう。
こんな姿、初めて見た。
長い付き合いだけれど、まだ見たことのない面があるんだなって、嬉しかった。


「嬉しい?」
「あぁ、嬉しいぞ、と」
「私も」


レノの腕がこちらに伸びてくる。
簡単に、私はレノの腕の中に閉じ込められてしまった。
レノの髪が頬に当たってくすぐったい。


「実感なんて何もないけど、なんか、もう……」
「そうだね」
「嬉しい以外に言葉が出ないぞ、と」


ごめんなさい。
私は「嬉しい」以外にもたくさん言葉が出てきて止まらない。
ありがとう。みんなに報告しなくちゃね。役所に行かなくちゃ。これからどうする?


「とりあえず、育児休暇とってくるぞ、と」
「バカ。それ、出産予定日前後しかとれないから」
「え、そうなの?」
「とりあえず、会社の就業規則調べなよ、と」


少し、先が思いやられる。
でも、私が選んだ人だから、きっと大丈夫



[貴いこども]











「走ったら転ぶよ」
「大丈夫」


赤毛の子は案の定転んだ。
顔から地面にダイブするのは避けたようだ。
掌についた土を払っている。


「大丈夫?」
「大丈夫だよ。痛くないよ」
「本当に?」
「大丈夫だぞ、と」


レノは赤毛の子を抱き上げて頬ずりする。
意外だった。子供はあまり好きそうではないから。
自分の子は特別、っていうのはあながち嘘じゃない。


「パパ! 痛くないよ、本当に」
「本当か?」
「うん、パパがいるから大丈夫だよ」


パパっ子になっちゃったなぁ。
ツォンさんが来ても喜ぶし、本当に男の人が好きなのね。
少しくらいはママになついてくれればいいのに。



<ユニコーンの庭>




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短編つめあわせ。タイトルはalkalismさんより拝借。
私の好きなバンドのボーカルギターさんをモチーフにした題材で、
ソッコーでお借りしたけどお題負けしてるよね、私の話は。

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