[ 本 音 の 酒 場 ]





「ただいま戻りましたー!」
「おかえりなさい、イリーナ」
「お土産ゲットしましたよ、先輩!」


語尾にハートマークでもつけたかのように、はしゃぐイリーナはオレンジ色の液体が入った瓶を持っていた。
任務先のパブのオーナーがくれたらしい。


「今年の出荷分はこれで最後なんですって。みかんのリキュール。甘くておいしそう。飲みましょ」
「私、まだ報告書を書いてる途中なんだけど・・・」
「明日やればいいじゃないですかっ。明日できることは明日やりましょー」
「すでにお酒入ったテンションみたいだ、イリーナ・・・」


イリーナが給湯室へグラスを取りに行くのと入れ替わりで、レノとルードが戻ってきた。
こちらは缶ビールを両手に握ったレノと、缶ビールを箱で買って持たされているルード。
今日は酒の日か?


ー!俺を慰めてー」
「バカか!私は報告書が書きたくて残ってたのに、やめろ!」


レノは問答無用で私に抱きついてきて仕事の邪魔をする。
ルードはビールの箱を静かに床へ下ろし、ビールを1缶あけてすっと飲み始めた。
ルードがお酒を飲むくらいだから、何か嫌なことでもあったのだろう。
それはいいけれども、この赤毛の邪魔者をなんとかしたい。


「あのー、レノさん、わたくし仕事したいんですけど」
ちゃん柔らかくて、俺、幸せだぞ、と」


顔を私の体にすり寄せてくる。あんたはネコか!
溜息ひとつ、部屋の空気に浮かべた。
頭を撫でてやると、私の腰にまわされた腕の力が強くなる。
何をしたの? 何をされたの? どんなに嫌なことがあったの?
聞いたところで話してくれそうにない。
二人きりになっても、こういうことは一切話さない。
残業が多い、酒がまずい、割に合わない仕事、そういう愚痴はぺらぺら言うのに、大事なことは何も言ってくれない。
信頼されていないのかと時々思うけれど、レノはうまく自分の中で消化しているのだと思う。
私に心配かけたくないから。

もう、今日は報告書を書けないな。
ごめんなさい、ツォンさん。明日、ツォンさんが出社する前に仕上げるから許して。

デスクに向かったままの私。
私の腰に抱きついたまま眠ってしまったレノ。
スナックのママのように、さくっとリキュールを炭酸水で割るルード。
それをググっと飲み干しておかわりを要求するイリーナ。
なんだここは。神羅ビルの一角のはずなのに、酒場と化している。


「レノ先輩、きょーは全然飲まないんですね。つまんなーい」
「そういうイリーナは飲みすぎ! 明日も仕事でしょー。レノを見習うのはどうかと思うけど、帰って寝たら?」
「レノ先輩のノロケ話聞きたかったのになぁ。先輩、ぜんぜーんノロけてくれないんだもん。つまんなーい」


むくれているイリーナをルードが酒でなだめる。
ああ、早く帰りたい。帰って寝て、明日早起きして報告書を仕上げたい。
軽く話してお開きにしよう。
そう思って話したら、重くなってしまった。


「ノロケ話なんて、私にはできないよ。甘え下手で、恋愛は苦手で、レノにとってちっともかわいい女じゃないし」
「そんなことないですよ! レノ先輩、今だって先輩に抱きついて寝ちゃってますし、それだけ大好きってことですよね」
「そうかな。レノが甘えたいときに甘えられるだけの都合がよい女だよ」
「それはない。レノはいつものことを考えている。
 どうすれば甘えてくれるか、どうすれば弱さを見せてくれるのか、いつでもを受け止めたいと思っている」


ほとんど黙っていたルードが、珍しく口を挟む。
ルードの言うことは嘘ではないと思う。レノとの付き合いも長いし。
ただ、信じがたい。
いつもレノのペースに巻き込まれて、あまり欲のない私は流されてしまう。


「いつも、レノのわがままに付き合って、私はそれすら楽しいと思っていて、別に甘えたいとかそういう気持ちはなかった」
「うんうん、先輩は後ろからついていって見守る派ですもんね」
「自然体でいるつもりなんだけどな、レノに気を遣わせていたかな?」
「それはないな。はレノといるとき、表情が柔らかい。ただ、自然すぎて空気のようだとレノは言っていた」
「存在するのに、目に見えないってこと?」
「自然体であることが当然のように見えて、のわがままを聞いてやるのを忘れてしまう。そして、一人になってそれを思い出す。そして今に至る」


ルードはレノに目線をよこす。
今日の呑んだくれの原因は、私だったのか。
レノの真っ赤な髪に手を添える。少し掴んで、するっと放せばさらさらと流れていく。
私は、今のままで十分満足だし、これ以上望むものはないと思っている。
現状維持以上によいものなんてないと思っている。
それが、レノにとって嬉しいことではないんだよね。


「もっと人らしくしろってこと、かな」
「そうですよー、先輩って完璧すぎてマシンみたいなときありますもん」
「仕事中はマシンでいいんだぞ、と。俺といるときは、わがまま言ったりして我慢するのは忘れろ!」


寝ていると思っていたレノは、どうやらずっと起きていたらしい。
私の腰に抱きついたまま、レノは顔だけこちらへ向けた。
恥ずかしくて赤面する。
「帰ろう、」そう言って、レノは立ち上がり、私の手を引いて事務所を出て行く。


「ルード!パソコンをシャットダウンしておいてー」
「わかった。お疲れ」
「お先に失礼しまーす」





人通りも少ない夜道、私はレノに手を引かれて歩く。
帰る場所は違うのだから、このままずっと一緒にはいられない。
沈黙の中、二人の足音と虫のさえずりだけが聞こえる。
それを切り裂くように、レノの声が低く響いた。


「今度、が好きなところに行こう」
「私の、好きな、ところ?」
「そう。どこでもいい。なんでもいい。したいこと、言うんだぞ、と」
「うーんと、甘いもの食べたい! ケーキとか。あ、でもレノあんまり好きじゃないよね」
「それ! 俺といるときにそういう遠慮は無用」
「へ?」


普通に会話していたつもりだったのに、怒られて驚く。
レノのしかめっ面、久しぶりに見た。
そんな表情をさせているのは、私だ。


「ご、めん、なさい」
「違う。俺が苦手なものでも、がいつもより何倍も楽しくいられるなら、そっちのほうがいいんだぞ、と」
「私は、二人とも楽しめるものの方がいい」
「俺たち、共通の好きなものがあるか?
 はビール飲まないだろ? 俺は生クリーム食べないし、焼肉にいったらは野菜ばかり食べてるし」
「そうだね」
「いつも、俺の好きなことばかりしてる。たまにはの好きなことしたいし、俺もその時間を一緒に過ごしたい。
 このままだったら、俺はのことを、都合がいいときに振り回せる召使いみたいにしてしまいそうで、嫌で、正直、苦しいんだぞ、と」
「召使いでもいいよ、私は気にしない」
!」


レノが珍しく怒鳴った。
肩を一瞬びくりと震わせてしまった。
ほんの少し、ほんの少しだけでも、レノに恐怖心を抱いてしまった自分が嫌だ。
俯いて「ごめんなさい」と言った自分の声が震えていて、驚いた。
私は、召使い以下だね。


「バカか、俺たちは」
「バカで悪かったね」
「そういうんじゃねえ。俺たち、すれ違ってばっかりだぞ、と。互いに想っているはずなのに、どうなってんだ」


レノに引かれていた手が、強く引かれて私は前に倒れこむ。
倒れこむ先なんて、レノの胸以外ないよ。
背中に回された腕の感触、とても久しぶりな気がする。
ここ数週間、忙しくてまともに会っていなかった。
仕事中すら、会っていなかった。


「この先、との関係が続いていくにはどうすればよいかって考えた結果、はケーキを食べて俺はビール飲んでればいいという結論になったんだぞ、と」
「なんだそりゃ」
「ははは、難しく考えるなってこと。ケーキ買って俺んち帰ろう」
「うん。ルードの持ってたビール、少し持って帰ってこればよかったね」


ほっとして微笑んだら、体の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
心配するレノの腕を支えにして、また立ち上がる。
レノの手を強く握った。

お互い、同じことを考えている。
相手の好きなことが自分の好きなことじゃないけれど、相手が好きなことをして幸せそうにしている時間を共有したい。
すれ違っている場合じゃない。

ショートケーキは二つ買おう。
一つ目のケーキの苺はきっとレノにとられちゃうから。







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うまくまとまらなかった・・・

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