[ 麦藁菊 (ムギワラギク) / 永久の記憶 ]





スラムの教会だった場所へ足を運んだ。
抜けた床に溜まった命の水は、まだ残っている。
手を浸してみた。冷たかった。
エアリスに会いたくなれば、ここに来る。
ザックスに会いたくなれば、ここに来る。
レノに会いたくないときは、ここに来る。



「レノのバーカ。本気じゃない浮気に寛容なのは、口だけだよ。少しは傷つく」
も変わったな」



独り言に返事があったので、水面から顔をあげた。
誰もいなかった。
ザックスの声だった気がする。
いるはずのない人の声が、聞こえるわけがない。

ザックスもレノも、浮気性なところは似ていると思う。
けれど、ザックスのほうが紳士だった気がする。
ソルジャーとタークスの違いだろうか。



「こういうときは、ザックスになぐさめてほしい。『レノやめて、俺にしな』って」
「お願いしてこようか?ザックスに」
「しなくていいよ、エアリス。私はエアリスとザックスが仲良しだったらそれで幸せだよ」



すごいな、今日は。エアリスの声まで聞こえる。
疲れているのかな。幻聴が酷い。

いなくなった人は皆ライフストリームになって、この星を巡っている。
ライフストリームになれば、楽になるだろうか。
ライフストリームになれば、幸せでいられるだろうか。

目を閉じて、頭から水の中に突っ込んだ。
エアリス、ザックス、父さん、母さん、妹、いろんな人の想いがなだれ込む。
すぐに、底へ頭がぶつかった。
苦しくなるまで水の中に潜った。
酸素がほしくなって水面へ顔を出すと、赤毛の顔が遠くに見えた。
会いたくないときに限って、私を見つけるのが上手いのだから参ってしまう。



「何やってんだ。風邪ひくぞ、と」
「星の声に耳を傾けてただけ」
「ザックスに会いたくなったのか?」
「うん。エアリスも、元気だった。二人は私たちと違っていつも仲良しだもの」



掌で顔面を流れる水を拭う。
髪を絞れば、水がぼたぼたと床に音を立てて落ちた。
Tシャツの裾に手をかけた。
絞ろうとしたら、手がぽんと私の頭の上に置かれた。
私は停止する。
びしょ濡れの私を、レノは躊躇することなく抱きしめた。



「レノ!濡れるからやめて」
「濡れても構わないぞ、と」
「風邪引くよ」
が引くくらいなら、俺が引いたらいい」
「よくない!!」



レノの胸を押すと、意外なほど簡単に突き放せた。
よろめくレノの表情は少しも驚いていなくて、すべてを受け入れたような目をしていた。
何を受け入れたというの。
本気じゃない浮気をしておいて、私に何をくれるというの。



「私は女だからほいほい浮気するレノの気持ちがわからない」
「悪かった。最後にのところに帰れば、いつでも許してもらえると思っていた」
「そんなに寛容じゃないよ。ずっと、我慢してただけ。レノに嫌われたくなかったから」
「たくさん、辛い思いさせてたんだな」
「うん。だから、しばらくレノの顔は見たくない。そっとしておいてほしい」
「ごめん」



私は俯いていたから、レノがどんな表情をしているか全くわからなかった。
しばしの沈黙の後、レノは何も言わず去っていった。
足音が遠のく。
追いかけようとは思わなかった。
頬を伝って顎から水が一粒落ちた。
涙、だったのだろうか。

もう一度、抜けた床に溜まった水に手を浸した。
今度は、レノとのたくさんの思い出が蘇ってきた。
一緒に食事した店の店員や、タークスだから私たちのことを知っている人たちの記憶だ。
楽しくて笑った思い出ばかりが溢れてくる。
辛くて慰めてもらったこともあった。
私の思い出は、永久にライフストリームとなって星を駆け巡る。
今日のことも、私とレノがいなくなったら、必ずライフストリームの一部になって、誰かが触れるかもしれない。



「嫌いじゃないよ。でも、抱きしめられてもしっくりこなかった。反省してくれないかな。紳士なところを見せてよ」
「大丈夫。は辛くなったらいつもここに来てくれるもの。私もに会えて嬉しいよ」
「エアリス、ありがとう。あなたは、優しすぎるよ」



エアリスの言葉に、涙がこぼれた。

「泣いとけ、泣いとけ。レノに見せたくない涙は、俺たちに見せればいい」
ザックスの言葉に、笑ってしまう。
頬を伝う涙を指に載せた。

「ありがとう」
二人に感謝の気持ちを伝えて、私はエッジの街へ戻った。





あれから、神羅ビルでレノに会うことはなかった。
私はタークスではないから、レノと一緒に仕事をすることもなく、社内で会わないことの方が多い。
ザックスがいたころは、三人でよくつるんでいた。
私はソルジャーの、とりわけザックスのサポート役だったから。
ザックスが繋いでくれた私とレノの絆は、そう簡単に切れたりしないよね。

仕事で旧スラム街へ足を運ぶことになった。
崩れた教会に太陽の光が降り注いでいる。
昔はプレートに遮られていたこの地も、今では十分明るい。
教会の前に車を止め、私は何気なく教会に立ち寄った。
ザックスとエアリスに会いにきたわけではないのに。

靴底と教会の床が触れ合い、コツコツと音をたてる。
決して美しいとは言えない音。
音がやんだ。
私が止めた。
人が訪れる場所ではないのに、人がいるから足を止めたのだ。
床に大の字になって眠っているその男は、私の存在に気付いて目を開いた。



「レノ、何してるの?」
「休憩」
「サボってるの間違いじゃないの?」
「今日は休みだぞ、と。心の休憩中だから邪魔しないで、ちゃん」
「なんだそりゃ」



時間が経つと、いろんなことがどうでもよくなってくる。
浮気で傷ついていたことも、忘れてはいないけれど泣くほど辛いことではなくなった。
レノに会いたくないと思っていたけれど、今はそうでもない。
話していて、苦しくないから。

レノの心の休憩を邪魔しないよう、私は教会への入口へ戻った。
入口からレノの姿は見えない。
床に腰を下ろした。
帰ろうとは思わなかった。
休憩が終わったレノと話がしたかった。



!」
「何事???」



突然、大声で名前を呼ばれ、私は大慌てでレノの元に駆けつけた。
右手を水に浸したレノが、こちらを見て驚いている。
私を呼んだわけではないらしい。



「私を呼んだわけじゃなかったのね」
「昔のことを思い出した」
「昔のこと?」
「ウータイでコルネオに捕らえられたときのこと」
「なつかしいね。若かりし日の苦い思い出だけど……」
「血の気が引くってこういうことかって知ったんだぞ、と」
「その記憶も、ライフストリームの中に流れているんだね」



黙ってレノは小さく頷いた。
右手を水の中から引き上げ、私の左手を掴んで水の中に引きずり込む。
触れた記憶から見えたものは、手紙を書くエアリスだった。
自然と涙があふれてきた。
大好きな人に会いたくて、会えなくて、手紙を書いていた。
でもそれは届かなかった。
届けてあげたかった。

この教会に来れば、幸せそうな二人に会えるけれど、もっと幸せそうな二人を見たかった。
ダブルデートとかしてみたかった。
もっと、一緒にいたかった。



「レノ」
「ん?」
「ごめんね」
「何が?」
「レノの顔みたくないとか言ってごめんね」
「浮気してごめん。俺はを失いたくない。と一緒にいられる時間を、大切にしたい」
「レノ……」
「ザックスがどれだけ辛い思いをしていたか、考えてみた。想像もつかなかった。
 ただ、がいない世界を想像したら、世界には絶望しかないと思った。今を、大切にしたい」
「レノが言うと、嘘くさいね」



私はクスっと小さく笑った。
口をへの字に曲げているレノの肩に頭を載せた。
ねえ、エアリス。
私はエアリスとザックスのように誰が見ても微笑ましい空気を持っていないけれど、この先もレノと一緒に歩んでいくよ。
できるだけたくさんの幸せをライフストリームに流し込みたい。
二人ができなかったこと、見れなかった景色を私たちの思い出で少しでも埋まればいいな。

レノの右手をぎゅっと握った。







ムギワラギク / 永久の記憶

From 恋したくなるお題 (配布) 花言葉のお題1


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ザックスとエアリスの話はCCFF7でせつなすぎて涙。
思い出して半泣き。。。
ちょっと、いまいちな話だな。
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