【鳳仙花 (ホウセンカ)】





触れないでほしかった。
俺のことは忘れてほしかった。
けれど、思ったようにいかないのが、だ。
俺に触れてくるし、俺のことは忘れてくれないし、俺に構いっぱなし。
少しは自分のことを大事にしろよ。

そんなこと、傷だらけの俺が言えたもんじゃないよな。

七番街のプレートを爆破する大仕事を終えて、俺はプレートと共に落下した。
うまく脱出するはずだった。
しくじった。ただ、それだけ。
死ぬな、と思った。死んでもいいと思った。
目を閉じたら、走馬灯のように人生が駆け巡ると思ったけれど、そうはいかなかった。
の声が聞こえた。
の笑顔が見えた。
どれだけ俺に人生には踏み込んでいるのだろう。
どれだけたくさんの思い出にが関わっているのだろう。

気がつけば、神羅の医療器具に囲まれた病室にいた。
どうやら生き延びたらしい。

大きく息を吸った。そして、吐いた。
ただそれだけのことなのに、人間として当たり前の行動なのに、泣いて喜んでくれる人がいる。



「レノ!気がついた?」
?」
「よかった。レノが生きてるよ。やったよ、やったね」
「はは、何それ」
「だって、嬉しいもん」



は、俺の任務を知らない。
世の中には知らない方がよいことがたくさんある。これはそのひとつだ。
「今日はもう帰るね。レノの生きてる顔が見られてよかった。またね」
そう言って、は俺だけ病室に残して行ってしまった。
そうだ、そのほうがいい。
俺のことは忘れて、任務に集中した方がいい。
俺の任務を知ったら、はきっと怯えた目で俺のことを見るだろう。
任務だ。俺はタークスだ。そう言い聞かせても、の家族を見殺しにした俺は、に合わせる顔を持っていない。

なぁ、
俺は、のことを守ってやれないし、の大切なものも守ってやれなかった。
こんな俺に価値があると思うか?
こんな俺に生きる資格があると思うか?
ないだろう。そりゃそうだ。

だから、そんなふうに、俺に軽々しく触れるなよ。



「いやだよ」



幻聴だ。
目覚めたばかりで、頭はいつものように回転してくれないらしい。
はいないのに、の声ばかり聞こえた。
目眩がする。吐き気がする。

腕で目を覆って隠した。
暗闇の中にいると、心が落ち着いた。
布団を頭まで被り、七番街で助けられなかった人たちのことを思った。



朝日がカーテンを通り越して差し込んできたので、俺は目を覚ました。
布団を頭の上まで被って眠ったつもりだったのに、いつの間にか出てしまっているものだ。
そうだ、よく布団を引っ剥がして眠っていて、に怒られたっけ。
どうやら、布団から頭や体を出すのが俺は好きらしい。

看護師が朝食を運んできた。
目玉焼きがよく焼けていて、いい匂いがする。
が作る目玉焼きとは味が違う。
何が違うというのだろう。卵も、塩胡椒も、大差ないものだろうに。

に会いたい。
に会いたくない。
に抱きしめて欲しい。
に触れたくない。
に笑って欲しい。
の涙は見たくない。



「おはよう、レノ」
「ん、また来たのかよ」
「レノの顔を見ると、安心できるの。私、ひとりぼっちだもの」



眉をハの字に曲げて、は苦しそうな表情を見せた。
あと数秒、早く動いていたら、俺はの両親を救えていたはずだ。
助けられなかった。そして、自分の体も傷ついてしまった。
タークスのエース失格だ。



「俺は、救えなかった」
「違う、十分救われてるよ」
の両親を見殺しにしてしまった」
「違う、助けに行ってくれたんでしょ」
「助けられなかった」
「でも、レノは生きて戻ってきてくれた」
「怪我してる」
「でも、生きてる。こうして、私の目の前にいてくれる」
「俺には、生きる価値がない」
「そんなことない!」
「そんなこと、あるさ」
「ない!もう私にはレノしかいないんだよ。ひとりぼっちにしないでよ」
「ツォンさんやルードがいるだろ」
「いやだ。レノが一緒じゃないといやだ」
「わがまま」
「わがままでいい。タークス失格だって言われてもいい。お願いだから、生きててよかったって言ってよ」



と一緒にいると、とても幸せだった。
これ以上ない幸せ。
地球上の一つの生命として生まれてよかったと思った。
その命を失いそうになり、他のたくさんの命を失わせてしまった。
それでも、生きててよかったと思えるほど、傲慢ではない。



「言えないぞ、と」
「言って」
「言えない」
「言って」
「無理。お断りだぞ、と」
「言ってくれるまで帰らない」
「ご自由に。俺はが任務サボっても怒られないんだぞ、と」



は頬を風船のように膨らませ、タークスらしくないお子様な顔を見せた。
俺は引き下がらず、最終的に折れたは「また来る」と言って病室を去った。
こうなったら意地の張り合いだ。
絶対に負けるもんか。
恋人同士の負けられない戦いだ。
少なくとも、俺はそう思っている。
の恋人として最後の仕事だと、思っている。



そして翌日、また朝からは病室にやってきた。
今日は、廊下で出くわした看護士から奪った朝食のトレイを持っている。
あぁ、社員食堂で昼食をトレイの上に載せたみたいだ。
そんな姿、しばらく見ていないな。
社員食堂で昼食を食べたのはいつのことだったか思い出せない。
そのくらい、近頃は外に出ていることが多かった。



「食堂にいるみたいだぞ、と」
「どうして?」
「そのトレイとか、質素な食事が」
「そうだね。食堂だと豪勢なもの食べなかったなー。最近は外で食べてばかりで、お財布すっかすかだよ」
「それはこっちのセリフ。もう何日もこの生活だしな」
「保険入ってるから、入院一日一万円でしょ?」
「残業代ゼロだぞ、と」
「働いていないからしょうがないじゃない。さんがおごおってあげるよ」
「はは、におごってもらう日が来るとはな」



今日のはいつもどおりだ。
心が軽くなった。
といつもどおり話せたから。
と一緒にいるだけで、その場の空気が変わって、ほんの少し幸せになれた。
俺はから離れて世界のために何かをすれば許されると思っていた。
誰に、何を許されるのかわかっていないのに。

本当は、と一緒にいたくて仕方がないのだ。



。ありがとう」
「え?おごる話?」
「ははは、それでいいよ」
「なーに?どういうこと?」
「傷口に触れなかったら、俺たちそれでいいんだろうな」
「…そうだね」



サイドテーブルに置いたトレイから、みそ汁のいい匂いがする。
ほんの少し、生きててよかったなと思った。
口が裂けてもそれだけは言えない。
言ったら俺の負けだ。
のいる世界だから、そう思えた。







ホウセンカ / 触れないで

From 恋したくなるお題 (配布) 花言葉のお題1


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七番街プレート爆破、で合ってたっけ?
FF7をPS3でリメイクしてほしいなぁ。。。

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