[ CRAZY ]





かわいい後輩の愚痴を聞いていたら日付が変わってしまった。
イリーナは大慌てでマスターを呼び、会計を済ませようとする。
今日はイリーナがおごってくれたのだ。
私の誕生日だから。今となっては昨日のことなのだけれど。

七時には出社しなければならないイリーナは、走って帰っていく。
私はその姿を見送ってから、早足で帰る。
花街を通るのが近道だから。
タークスだから身の危険なんて感じたところでやり返せるのだけれど、面倒ごとは起こしたくなかった。
それに、一応飲酒済みの酔っ払いだから、一般人と同等なのだ。
店の前で熱い抱擁を交わしている男女を見ないようにしつつ、足早に家を目指す。

遠回りすればよかったな。
誕生日を好きな人と過ごせなかったから、少しくらいは悔しいんだ。
少なくとも仕事で一緒にいられた。それだけ。
恋人ではないもの。ただの片想い。叶わぬ片想い。

涙がにじんで視界が悪くなったところに再び飛び込んでくる男女の抱擁。
真っ赤なそれは、いやでも目に飛び込んでくる。
それは私の目を釘付けにしてしまうくらい鮮やかな赤だった。

涙が頬を伝った。

赤毛の男をしばらく凝視して、私は走った。

信じたくなかった。
別人だと思いたかった。
けれど、あんな特徴的な男を見間違えるわけがない。

あれはレノだ。

家まで全速力で駆けた。
玄関の扉を閉めて鍵を掛けたら体の力が抜けてしゃがみこんでしまった。
恋人じゃないのはわかっている。
女の方は仕事をしているのはわかっている。
わかっている、つもりなのに、心は動揺していた。
涙が止まらなかった。

休みの日なのに、休める気がしなかった。



気がついたら、厚底サンダルが目に飛び込んできた。
体を起こすと、足元はタークスの黒靴。身にはスーツをまとったまま。
帰って、そのまま玄関で眠ってしまったようだ。
体が軋む。

洗面台で手を洗った。
鏡の中の女は、疲れた顔をしていた。
年を重ねて、老けた。
レノより早く生まれた私は、レノより年上になってしまった。
早く追いついてよ。私と同じ年齢になってよ。

そんなことを願っている女なんて、レノは好きにはならないよね、きっと。
もっと、若くて綺麗な女がいいんだ。

化粧を落としてシャワーを浴びて。
喉を潤そうと冷蔵庫を開けたら、何も入っていなくて愕然とした。
帽子を深く被って、家を飛び出した。
近所のドラッグストアでミネラルウォーターを手に取った。
たまたま通ったヘアカラーコーナーの赤色が目に飛び込んでくる。

狂っていたとしか思えない。
別人に体を乗っ取られていたとしか思えない。
私は、レジでミネラルウォーターと赤色のヘアカラーを購入していた。



髪なんて染めたことはない。
パーマは時々あてたけど、傷むからやめた。
私のブラウンの髪を、ツォンさんは気に入ってくれていた。
私の髪の色に、別の誰かを見ていたのだろう。

今の自分とさよならしたかった。
ならば髪を切ればいいじゃないかと言われるかもしれないが、先週切ったばかりだから切る部分がない。
ヘアカラーの鼻をつく刺激臭に顔をしかめながら、私は髪を赤に染めた。

その後、ほとんどベッドの上に転がっていた、何をしたか覚えていない。
髪の毛を染めたことすら忘れていた。



翌朝、家を出たときから道行く人にじろじろ見られていた。
私の何がそんなにおかしいんだ?
顔なじみの店の店員すら、目を丸くして「おはようございます」と挨拶していた。

服がおかしいか?
顔がおかしいか?
頭がおかしいか?

早歩きで神羅ビルに向かい、総務課フロアへ急ぐ。
早起きしたつもりだったけれど、主任たちはすでに出社済みだった。



「おはようございます、ツォンさん」
!?」
「え?」
「おはよう。…その、頭、何があった」
「え?」



ツォンさんはイリーナの机の上の手鏡を私に渡した。
顔は至って普通だ。化粧もいつも通り。
私がきょとんとしていると、ルードが別の手鏡を持ってきて、私の横に立った。



「これで、髪が見えるだろ」
「!うそ、なにこれ」
「自分でやったのだろう?」



記憶を辿ると、深夜に見たレノの髪が一番に思い出される。
次に思い出したのは厚底サンダル。玄関で眠ってしまった。
その後、水がほしくなってドラッグストアに行き、ヘアカラーを同時購入した。
自分で染めたのだ。
大好きな人のことを忘れたかったのに、大好きな人と同じ髪の色に染めたのだ。
忘れられるわけがないじゃないか。



「どうして赤に染めたんだろ」
「レノと何かあったのか?」
「何も、何もないです。ない、です。」



明らかに何かあったと思われただろう。
ツォンさんは深い溜息をついて、自分の席へ戻っていった。
ルードはサングラスをかけているから表情が読み取れない。そのまま事務所を出ていった。

この髪の色のままでは、とても働けない。タークスにいられない。
せめて暗い色に染め直そう。
私はツォンさんに「ちょっとはずします」と伝えて事務所を出ようとした。
扉に手を掛けたところで、会いたくない人に会ってしまった。
扉が開いて現れたレノは、目を大きく開いて硬直していた。



「レ、ノ、退いて」
「おい!!どうしたんだよその髪」
「わからない!だからまともな色に染め直してくる」
「わからないって、何があったんだよ」
「私が聞きたいよ。なんでこんな色に…」



レノの顔を見ていると、あの日のことがフラッシュバックして、涙が溢れた。
慌てたレノが私の腕を引いて倉庫に連れて行く。
情緒不安定だ。
涙が止まらない。
レノは私の頭を撫でてくれるけれど、私の髪はニセモノだ。それがとても不快だった。



「何があったんだ。俺は、のブラウンの髪が好きだったから、ちょっとショックだぞ、と」
「私の、髪が、好きだった?」
「まぁ、髪だけじゃないけどな」



レノが「好き」と言ってくれて嬉しかった。
私に対して恋心を抱いていて「好き」と言ってないのはわかっている。それでも嬉しかった。
掌で涙を拭うと、レノの顔がよく見えた。
一瞬笑ってくれたなと思ったところで、視界が変わった。
目の前に映るものは暗くて、ただいい匂いがした。
背中に回された手から、熱が伝わってくる。
抱きしめられている。しかも、レノに。
どうして?どうして?



「レ、ノ」
「泣くな」
「う、ん」
「髪の毛切ったばかりだったから、失恋した痛みを忘れたくて染めたのか?」
「うん」
「そうか。赤にしたのはどうして?」
「わからない。逆に忘れられなくなるのに」
「そいつが赤好きだったのか?」
「そうかもしれない。赤毛だもの」
「俺と一緒だな」



我に返って、レノの胸を押し返した。
私は何をやっている?
遊び人のレノだもの、軽い気持ちで私のことを抱きしめたんだよ。
きっとそうだよ。
しっかりしなきゃ。
早く、この髪をどうにかしなきゃ。

私は頭をかきむしった。
スキンヘッドにしたいくらいだった。



!やめろ!」
「いやだ!頭どうかしてる!玄関で寝るとかどうかしてる!」
「昨日休みだったろ?何してたんだよ」
「わからない!イリーナに誕生日祝ってもらって、帰りにレノが女の人とキスとハグしてて、
 起きたら玄関にいてサンダルが目の前に転がっていたことしか覚えていないの!」
「くっ。見てたのか…」
「う、ん」
「最悪だな、俺。の誕生日も知らないでそんなことやってたのかよ」
「レノに誕生日言った覚えないから、レノは悪くないし」
「悪かった。がイリーナと楽しそうに出て行ったから、嫉妬してた」



ごめん、と言って、レノは頭を下げた。
レノが頭を下げているところを、初めて見た。
けれど、私に対して謝る理由がよくわからない。
不快なものを見せてしまった、ということだろうか。
何も言えずにいると、レノが口を開いた。



「誕生日を知らなかったことと、その、俺が、女とやっていたこと、許してくれないか。
 すぐにとは言わない。一生かけてでも償うから、俺の顔見たくないとか、俺とは絶交とか、言わないでくれ」
「絶交なんて、言うわけないじゃない」
「本当?嬉しいぞ、と」



ようやく顔をあげたレノの笑顔に胸がぎゅっと締め付けられた。
私は深呼吸して呼吸を整える。
レノは優しく「誕生日おめでとう」と言ってくれた。
私は小さく頷いた。



「とりあえず誕生日プレゼントに、そいつ一発ぶん殴っていい?」
「そいつって誰?」
「あ?俺が聞きたいくらいだぞ、と。を振った奴はどこのどいつだ?」
「振られたわけじゃないよ。ただ、ちょっと、うん、遊び人だったってこと。殴れないから大丈夫だよ」
「ますます殴りたくなるぞ、と。本当に俺みたいな奴だな。
 俺に殴れないって言ったら、ツォンさん?社長?セフィロス?全員赤毛じゃないよな…」



私の周りで赤毛の人はレノだけだ。
これだけ話していて『そいつ』がレノだということに気づかないなんて、レノは鈍感だ。
けれど、嬉しかった。
レノが傷ついた私に優しくしようとしていることが、とても伝わってくるから。
きっと見返りを求めていると思う。
こんな私がレノに与えられるものなんて、あるのだろうか。



「いいの。少し、落ち着いてきた。レノの優しさに、感謝してる」
「俺の気が済まないぞ、と。俺の大事なを傷つけて姿を消すなんて許さねぇ」
「私が、大事?タークスの仲間をそんなふうに思っているんだね。レノってすごーい」
「違うぞ、と。俺にとって大事なのはだけだ。好きなんだ、のことだ。だから、赤毛のそいつは許さねぇ」
「わたし、のことが好き?」
「っつーか、『嫉妬した』とか『一生かけてでも償う』とか、普通の奴には言わないぞ、と。鈍感だな、は」
「お互いさまだよ」



私は軽くレノの頬を打った。
レノは何が起きたのかわからず、目をぱちぱち瞬かせている。



「もう女遊びしないって誓って」
「ち、誓います」
「私の誕生日を忘れないって誓って」
「誓います」
「私の好きな人はレノだから、裏切らないって誓います」
「え?」
「だから、私が好きなのはレノなの!どうして気づいてくれな」



気づいてくれないのと言い終わる前に、口を塞がれた。
一瞬のことだった。
私の唇とレノの唇が触れ合った。
夢の中でふわふわ浮いている感覚。




「なーに?」
「ツォンさんがの髪の色に古代種を見ていたのは知ってたから、素直に綺麗な髪だって思えなかった。
 でも、赤もいいな!俺とお揃いだぞ、と」
「そうだね、レノとお揃い」
「まともな色に染めるのナシな。しばらくこのままでいろよ」
「うん!」
「やっべ、足りなくなってきた」



レノは貪るように私の唇に噛み付いてきて、その手で私の体中を触る。
私も抵抗せずされるがままでいたから、私達を探しに来たツォンさんに見つかって大目玉をくらったのは言うまでもない。









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私が髪の毛を赤く染めたいだけなんですけどね。笑
仕事してるからムリー。
最近、こういう話好きよね、私

「両想いなのにいつになったらくっつくんだ」とツォンさんは思っています。

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