[ NEW YEAR'S DAY ]





早々に仕事を片付けたツォンさんは、最初にタークスの事務所を後にした。
二番目にルードが涼しい顔をして出て行き、イリーナは「よいお年を〜」と笑顔で声を掛けていく。
さあ、四番目に出て行くのは私かレノかどちらだろうか。
レノには負けたくないなと思いつつ事務作業を行うのだけれど、終わる気配が感じられない。
一段落したところで帰りたい、けれど、それでは明日も出勤になってしまう。
こういう仕事だから年末年始も関係ないのだけれど、元日から出勤などしたくない。

あと数時間で年も変わろうとしているこの日、私はレノと二人きりでタークスの事務所にいる。

非常に気まずい。
別にレノが嫌いなわけではないのだけれど、レノの恋人に申し訳ない。
私がレノの仕事をかっぱらって、二人分の仕事をまとめてやってしまえばいいのだけれど、さすがにそんなスキルはない。
早く帰って恋人と仲良くやればいいのに。

あれ、レノって恋人いたっけ?

首をかしげていると、レノがこちらを向いて不思議そうな顔をしていた。





、どうしたんだ?隙だらけの間抜け面だぞ、と」
「あー、レノって彼女いる?」
「は?まったく脈略のない質問だぞ、と。…いない」
「いないの?ふーん」
「自分で質問しておいて、どうでもいいような反応するなよ」
「大晦日なのに早く帰らないし、焦ってもいないのは彼女がいないからなのか、と思ったわけ」





当然、同じことを尋ねられるのはわかっていた。
「どうせも彼氏いないから、この時間まで仕事粘ってるんだろ」とレノの棒読みの声が聞こえた。
私は「そうだねー」と答えて、小さく笑った。
『恋人がいない者同士、仲良く仕事をしなさい』と、神様が思っているのだろう。
いや、むしろ社長の陰謀かもしれない。
高級マンションの一室で、未来の社長夫人とよろしくやっているのだろう。
そう思うと腹が立ってきて、机の上にあるダーツの矢を一本掴んで投げた。
矢は、壁に掛けられたダーツの的の中心に命中。

私が苛立っているときにダーツの矢を投げることはレノもよく知っている。
だから、呆れた顔をして部屋から出て行った。
レノに対して八つ当たりをするつもりはないんだけどな。

仕事が終わらないことが不満だ。
恋人がいないことが不満だ。
大晦日を微塵も感じさせない職場が不満だ。
仕事を終わらせることができない自分のスキルが不満だ。

レノがいなくなったので、携帯音楽プレイヤーで音楽を流す。
イヤホンをつければ、ここは私だけの世界になる。
パソコンに向かい、山積みになった事務作業を再開する。

しばらくすると、レノが白いポリ袋を手に提げて戻ってきた。
眉間に皺を寄せてこちらへ近づき、私の耳からイヤホンを取り外す。





「こら!音漏れ、酷すぎだぞ、と」
「ごめんなさい」
「ちょっと休憩しようぜ。あとちょっとで年も変わるしな」





レノは掛け時計を指差す。
あと三十分ほどで今年も終わりだ。
レノが買ってきたものは、お酒とインスタントのカップそば、それに焼きプリンだった。
私の大好きな焼きプリン。
私はそれを冷蔵庫にしまい、レノはポットの湯をカップに注いだ。
お酒は仕事が終わるまでお預け。
キッチンタイマーがカップ麺のできあがりを知らせてくれたら、私とレノはのんびりとそれを食べた。
ブラインドカーテンを少し開いて、ミッドガルの年越しの様子を伺いながら。
職場で食べているということが、少し嬉しくないけれど。

零時を知らせる鐘の音などなかった。
ただ、時計の針が動く音が妙に耳に響き、ドンと腹の底へ響くような音と共に外が明るくなる。
新年を迎えた暗闇に打ち上げられた花火。
私はそばを食べる手をとめ、窓辺へ駆け寄る。
色とりどりの花が夜空に咲き、私はそれに見惚れた。
仕事で苛立っていたことなんて、すっかり忘れてしまった。





「んー、冬の花火ってのもいいもんだな」
「そうだね。…って、レノ!あんたお酒飲んでいいの?仕事途中じゃないの?」
「俺はとっくの昔に終わってるぞー、と。がかわいそうなくらい仕事溜まってるから、一人じゃ寂しいだろうと思ってさ」
「なら、手伝ってくれればいいのに」
「ヘルプ出されても、の仕事は俺にはこなせないぞ、と。そんなにスキルないし」





私は頬をぷーっと膨らまして、レノのおでこにでこピンを食らわす。
かわされることなく見事に命中したものだから、私が驚いてしまった。
レノはおでこをさすりながら笑っている。
私もつられて笑った。
レノが手を下ろしたから、私は背伸びをしてレノのおでこにキスをする。
なぜこんなことをしたのかわからない。
けれど、したくなった。
傷の手当だ、ケアルのようなものだ。

目を丸くして驚いているレノを放って、私は食べかけのそばを食べきってしまう。
レノはまだ、窓際に立っていた。
「おそば、のびちゃうよ」と言えば、「ん、あぁ」と気の抜けた返事が聞こえた。
レノは眠たいのかうつろな目をしている。
「帰って寝ればいいのに」と言えば、「が帰るなら帰る」と言うのだ。
一人で帰ることができない子供か!と心の中でツッコミをいれつつ、私はデスクに向かう。
レノを早く家に帰すために、デザートの焼きプリンのために、お酒のために、頑張ろう!





新年早々、私は三時間も働いてしまった。
途中で眠たくなったけれど、レノがコーヒーを入れてくれたからなんとか乗り切れた。
三時になれば眠たくなるのも当然で、レノは自分のデスクの上に突っ伏して眠っている。
私は給湯室の冷蔵庫から焼きプリンとお酒を持ってきた。
プリンを満面の笑みで食べた。
お酒を飲もうと思ったけれど、やめた。
明日にでも飲もう。そう思い、私は帰り支度をする。
レノを起こそうとして、レノに近づいて名前を呼ぶ。
けれど反応がない。
体を揺すると、「ん、んー」とよくわからない声が聞こえた。
もう一度名前を呼んで体を揺する。
すると、勢いよく起き上がったレノの腕が、がばっと私を掴んでレノの腕の中へ閉じ込めてしまった。





「ぎゃっ、レノ!」
「んー、眠いぞ、と」
「そうじゃなくて、何してんのよ」
「抱き枕がほしい」
「私は枕じゃないー!」





とはいえ、レノの腕の中にいると温かくて気持ちよくなってきた。
一瞬抵抗を止めたおかげで、レノは調子に乗ってくる。
強く抱きしめたり、手を腰のほうへ下ろしたり、髪を触ったり。
さすがに首筋にキスされたときには、全力で抵抗した。





「ちょ、やめて!」
「いやだぞ、と」
「んもー、ちょっとちょっと、帰ろうよ」
「眠いからこのままでいい」
「よくないよ!帰って寝たい!」
はそんなに俺のこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ好き?」
「仲間としては好き」
「俺は仲間としても異性としてもが好きだぞ、と。はいつだって俺のこと異性として見てくれないよな」
「…たしかに、異性としてレノのこと見たことなかった。仕事は仕事で割り切って線を引いてしまっているのかな」





今年の目標は、レノのことを異性としてきちんと見てあげること、かな。









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大晦日に二人きりで仕事→新年を会社で迎えてしまう。
というシチュエーションからここまで発展させました。

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