[ ふ た り で ひ と つ ]





どうして、私はこんなにもレノと釣り合わない女なのだろう。
仕事はできない、料理もできない、掃除もできない、裁縫もできない、極め付けに愛嬌がない。
溜息をこぼして、鏡に映る老け込んだ顔をにらみつけた。
愛想を尽かされる前に、なんとかしなくちゃ。
そう思うのだけれど、結局何もできずにいる。
ありのままの私を受け入れてくれるレノには感謝してもしきれないよ。

朝、ベッドの上で目覚めると、隣でレノが眠っていた。
布団は私がしっかりかぶっているから、レノは何もかぶっていない。
私は布団をレノに掛けてやり、着替えて寝室から出た。

棚からシリアルフレークを取り出し、深皿に入れる。
砂糖の甘い匂いに酔いそうだ。
冷蔵庫から取り出したミルクを注ごうとしたら、手首を掴まれた。
レノだ。



、だめだ」
「どうして?」
「消費期限が切れている」
「あ、本当だ」



私は本当にダメ人間だ。
「俺がすぐに買ってくるよ」と言い、レノは着崩したスーツのままで家を出て行く。
私はソファにどかっと腰を下ろした。
どうしてレノは気が利くのだろう。
私はタークスに入れず、ソルジャーにもなれず、受付嬢にもなれず、ただの事務員として、神羅カンパニーで細々と働いている。
上を目指したかった。華々しく活躍できる人間になりたいよ。

コポコポと音を立ててミルクが皿に注がれる。
レノのごつごつとした手が、ミルクのパックを掴んでいる。



「お待たせー」
「・・・・・・」
「そこは、笑顔で『お待ちしておりました』とか、言うところだぞ、と」
「そうだね。お待ちしておりましたー。ありがとう、レノ」



レノに言われて、笑顔になる。
レノに言われると、うまくできる。
レノがいないと、私はダメ人間だ。

スプーンがないことに気づき、私は食器棚からスプーンを持ち出す。
レノの気配を感じ、私は深皿をレノに手渡した。
スプーンももう一つ掴み、レノの深皿に入れる。



「お、気が利くねー」
「レノがいると、うまくいくんだよ」
「俺も、といると、うまくいくんだぞ、と」



レノと私はソファに並んで座り、テレビから流れるニュース番組を見る。
シリアルという簡素な朝食を摂りながら、朝を過ごす。
突然、モンスターの鳴き声が部屋に響き渡り、私はビクっと肩を揺らす。
「あー、大丈夫大丈夫」と言いながら、レノは私の肩に手を載せた。
スラックスのポケットの中から、携帯電話を取り出し、レノは通話を始める。



「あーい、レノさんですよー」
「はいはいはい、はいですよーっと」
「っ、わかった。すぐ行きます」



鼻息一つ荒く鳴らし、レノは携帯電話をポケットにしまった。
どうやら今日は出勤の日らしい。
無断で遅刻するなんて、レノらしくない。
レノは出勤する素振りを見せず、変わらず私の隣でシリアルを食べている。
いつもマイペースなんだから。
私はシリアルを一生懸命食べるレノを見て、微笑んだ。

レノが隣にいると元気になれる。
仕事ができなくてもいいやと思える。
料理ができなくてもいいやと思える。
掃除ができなくても、裁縫ができなくても、極め付けに愛嬌がなくても、いいやと思える。
不思議だね。

最後のひとかけらまでシリアルを食べ、ミルクを飲み干したレノ。
本棚で埃をかぶったレシピ本を取り出し、パラパラとそれをめくる。
そして、私にあるページを開いてつきつける。



「仕事行ってくるから、コレ作って待っててー」
「えええ、私、料理できないってば」
「作ってみて失敗したならわかるけど、作ってもみないで『できないできない』って言われてもなー。
 いいから作って待ってて。期待してるぞー、と」



レノは私の言うことなど一つも聞いてくれず、リクエストだけ押し付けて家を出て行った。
私は、レシピ本とにらめこしつつ、スーパーへ買い出しへ行く準備を始めた。
全く乗り気ではないけれど、レノに言われて渋々買い物へ行き、夕方になればレノがリクエストしたシチューを作る。

切れ味の鈍くなった包丁。ほとんど使っていないお鍋やボウル。
女子としてあるまじきことなのだろう。
恋人のために手料理でもてなすなんて、何年もしていない。
レノとも長い付き合いだけれど、手料理なんて一度も作ってあげたことがない。

恋人を手料理でもてなすとか、なんて乙女なんだろうと思いつつ、私はシチューを作る。
できあがれば、切って炒めて水を入れて煮込むだけの簡単な作業だった。
なんだ、自分にもできるじゃないか。
食わず嫌いならぬ、やらず嫌い。

作ってから気づいた。レノがいつ帰宅するかなんてわからない。
というか、私の家であってレノの家じゃない。
早く帰ってくるなんてありえないと思い、録画していた映画を見ようとテレビの電源を入れる。
ところが、テレビからうるさい音が発するのと同時に、玄関から「ただいまー」とレノの声が聞こえたのだ。
私は慌てて玄関へレノを迎えに行く。



「レノ!」
「おかえり、だろ?ただいまーっと」
「お、おかえりなさい。早いね」
「いい匂いがするぞー」



レノは目を輝かせてソファでくつろいでいる。
私は炊き立てのライスとできたてのシチューを器に盛り付け、テーブルの上に並べた。
冷蔵庫からミネラルウォーターをとりだし、グラスに注ぐ。

ニコニコ笑って拝むように手を胸の前で合わせ、レノは「いただきます」と言う。
私もそれに倣って、「いただきます」と言った。
シチューを一口食べると、自分で言うのもおかしな話だけれどおいしかった。
「おいしい」私の呟きに、レノはニコニコ笑っている。



「俺が言う前に言うか?」
「だって、おいしいんだもん。ちゃんと料理できるんだな、私」
「おいしいよ。やってみなけりゃわからないだろ。だから、これから毎日頑張って作ること」
「それはムリ。今日は休みだからよかったけど、仕事あったら疲れ果ててるからムリー。ん、でも」
「やってみなけりゃわからない、だろ?」
「う、うん」



レノみたいに早朝から出社して夜中に帰宅することはない。
わりと定時で帰れる仕事だから、頑張ってみようかな。
仕事はできないけれど、料理くらいはできるようになろう。
他にもいろいろ、できるようになれるかな。




「なれるさ。俺だって仕事がうまくいかないこともあるけど、と一緒にいると元気になってまた頑張ろうって思える。
 一緒に、強くなっていこうぜー」



レノがうまくいかないことなんて本当にあるのだろうか。
それでも、こんなダメ人間な私と一緒にいてくれることはありがたい。
幸せなことだ。

結局、レノは私の家に泊まっていき、翌朝、上司に携帯電話で叩き起こされていたのだけれど。
私が叩き起こしてあげれるように、なれればいいな。









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できないできないと言いつつ、やってないことって多い気がする。
それを、レノさんがうまく引き出してくれればいいなと。
いや、こんなに気が利くとは思えないな。笑

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