誰かが、私の名前をずっと呼んでいてくれた。
おかげで、夢から醒められた。
とても、優しい声だった。





      [ CALL MY NAME ]





もう、イリーナの淹れた紅茶を飲むこともない。
もう、ルードの差し出す書類を受け取ることもない。
もう、ツォンさんから任務を言い渡されることもない。
もう、社長の護衛につくこともない。

レノに罵声をあびせることも、仮眠室から叩き起こすことも、セクハラを受けることもないんだな。
そう思うと、少し笑えた。

どうして、私の乗っていたヘリは銃撃されたのだろう。
どうして、私はヘリの外へ飛び出してしまったのだろう。
どうして、私は、生きているのだろう。

地面に叩きつけられた私は、意識が朦朧としていた。
走馬灯のように駆け巡る思い。
大半にレノが登場している。
なにこれ、私がレノのこと好きみたいじゃない。
そんなバカな。
レノは私のことをずっとからかっていただけで、別に私のこと好きなわけないでしょう?
そんなことを思っている途中で、意識が途切れてしまった。





目覚めたら、ベッドに横たわっていた。
真っ白な部屋。病室のよう。
体を起こそうとしたけれど、まったく動かなかった。
目を閉じたら、涙がこぼれた。
まだ、生きているんだ。
また、みんなに会える?

タークスにいれば退屈しなかった。
カリスマ性を持ち合わせた社長、生真面目な上司、紳士的な同僚、かわいい後輩。
ああ、そうそう、忘れちゃいけないセクハラ野郎。優しいところもあるけれど。
人生なんて退屈しのぎだ。
退屈だと思った時点で負けだ。
けれど、タークスでは退屈しのぎに恋人を作ることができなかった。
いや、望んでも作れなかった。
仕事が仕事だから。
ときどき、誰かと寄り添いあいたいと思うことはあったけれど、そんな感情は簡単に押し殺せた。
そのほうが、幸せだった。

もう一度、眠ろう。
流した涙はぬぐえなかった。





あれから一週間、イリーナは毎日私の病室へ顔を出してくれた。
毎日切花を持ってきて、花瓶に挿してくれる。
イリーナのセンスだろうか、とてもいい趣味をしている花ばかりだった。
ルードは任務の帰りに偶に寄ってくれた。
口数は少ないけれど、私のことを心配してくれているようだった。
私が笑うと、ほっとした表情を見せていたと思う(サングラスで表情が隠れてよくわからないけれど)
ツォンさんは社長と共に一度だけ訪れてくれた。

そういえば、レノの姿を一度も見ていないな。
けれど、レノのことだから毎日ヘラヘラしているんだろうなと思った。
だから、あえて誰にもレノのことを尋ねなかった。

さらに一週間、病室に缶詰状態な私は、退屈していた。
たまに車椅子に乗って外へ出たけれど、外の空気を吸うだけで何もできなかった。
暇だった。
暇つぶしになるものがなくて、よく寝ていた。
眠るとよく夢を見た。
誰かが私の名前を呼んでいた。優しい声だった。

昼寝をして、目覚めた。
窓から夕日が差し込んでいた。
ベッドから体を起こす。
昼過ぎには気づかなかったものが、部屋の隅にあった。
黒いもの。
違う、人だ。
体育座りをして、頭は膝の上に重ねた腕の上に載せている。
黒い服、赤い髪、レノ以外ありえない。
名前を呼ぶと、レノはゆっくりと顔を上げた。
そして、ほっとしたような表情を見せた。





「レ、ノ・・・」
・・・」
「どうしてそんなところにいるの?」
「会いた、かった。に会いたかったんだぞ、と」





目を輝かせて、まるで無くしたおもちゃを見つけた子どものような表情で、レノは私に飛びついてきた。
ぎゅーっと強く抱きしめられる。
いつもの私なら、突き飛ばしているのだけれど、今日はそんな力もないから大人しくされるがままでいた。
それにしても、レノの様子がいつもと違う。
ヘラヘラ笑ってセクハラ発言ばかりしているレノとは全然違う。
ボディタッチはあるけれど、こうやって真正面から抱きしめられることなんてなかった。

」と名前を呼ばれる。
「ん?」と返事をすれば、また名前を呼ばれる。
返事をしなくても、名前を呼ばれる。何度も、何度も。
レノのこの声が心地よかった。
夢で聞こえた声のようだった。

レノの腕から解放され、私はレノ顔を見た。
なんだか、少しやつれたようだ。
自然と、手がレノの頬へ伸びていた。
私は何をしているのだろう。
魔が差した?





「レノ、やつれた?」
「あ?」
「なんだか、疲れてる、みたい」
「眠れないんだぞ、と。のことを思うと、正直はらわたが煮えくり返って」





私をまた抱きしめるレノ。
レノは、私の肩に顔を埋めている。
本当に、子どものよう。
母親に甘える、子どものよう。
母親?私が?
鼻で小さく笑ったら、頭を小突かれた。

なんだろう、この空気感。
いつもの私とレノの間には流れない。
私は笑って、レノの頭を撫でた。
きっと、誰かに甘えたいんだ。
タークスだから、恋もできなくて。
でも、レノのことだから、あまたの女性を侍らすことなんて簡単だろうに。





じゃないと嫌なんだぞ、と」
「はぁ?」
「ほんと、ごめん、好き」
「え?」
「ごめん、





私は目を閉じた。
人のぬくもりは温かい。
「レノ」と名前を呼んでみると、私を抱きしめる力が一層強くなった。
「ありがとう」そう言って、私はレノの体を抱きしめた。
今日は退屈しないな。
明日も、レノが来たら退屈しないかな。









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勢いで書き始めて失速。 inserted by FC2 system