[ 子 守 唄 ]





どうしようもなくて、つい、手を伸ばしてしまった。
そして、「仕事中に何やってんの!」と叱られる。
気を落としていると、ふわっと笑う。
その笑顔に、救われる。

に触れたかったんだ。

拗ねた俺は、デスクで頬杖をつく。
今日の任務は盛大に失敗した。
俺はかすり傷で済んだけれど、一緒に任務へ赴いたイリーナは大怪我をして入院中。
フォローしてくれたツォンさんとルードは未だ戻らず。
内勤だったは、俺の背中におぶさっているイリーナの姿を見て絶句していた。
イリーナを病院に運んで、自席に戻って気づく。
右腕に大きな切り傷。スーツも、中のシャツも破れて、俺の血でどす黒く染まっていた
気にせず机の上に散乱する書類を片付け始めたら、に右腕を強く掴まれて叫んでしまった。





「いってぇ!!!」
「柄にもなく叫んだね。かすり傷なんかじゃないわよ、これ。きちんと消毒しないと、腕切断になっちゃうかもね」
「そしたらを抱けなくなるから嫌だぞ、と」
「そのほうが私にとっては平穏が訪れるかもね」
「おいおい、!」





クスクスと笑いながら、は救急箱を取りに行った。
全部俺のせいだ、イリーナがあんなふうになったのは。
机の上に突っ伏した。
俺らしくないな、と思った。
弱っている。

「レノ」と名前を呼ばれた。
優しくて温かい声。
机に伏せたまま、顔だけ横へ動かした。
が微笑んでいた。
体を起こし、スーツを脱いだ。シャツは袖を上までまくる。
右腕を前へ差し出した。

消毒液がしみる。
痛い。声を上げそうになるけれど、必死になって堪えた。
イリーナの痛みに比べれば、どれほど軽いか。





「イリーナ、大丈夫かな」
「あぁ」
「本当だったら私が行っていたもんね」
「そうだな」
「心ここにあらずね、レノ」
「ああ」
「ったく・・・」





気づかないうちに、相槌を打っていた。
きっとの会話のテンポが体に染み付いているのだ。
殺気を感じて頭をガードしようとしたけれど、一歩遅かった。
の平手打ちをまともにくらってしまった。
パシッと乾いた音がタークスの事務所に広がった。
左の頬が痛い。
左手を頬に添えようとした。
けれど、その前にの掌が俺の左頬を撫でた。

の手に、俺の手を重ねた。
目の前で、は微笑んでいる。
もしイリーナの代わりにと一緒に行っていたら。
きっと、は今頃手術室に搬送されていただろう。
イリーナですら守れないのに、を守るなんて夢のような話だ。
まだまだ俺は弱い。
イリーナを傷つけた。守れなかった。任務に失敗した。
吐き気がする。

ふわっと甘い香りが漂って、俺の視界は遮られる。
人のぬくもりに包まれると、どうしてこんなにも落ち着くのだろう。
に抱きしめられている。
俺がの髪に触れたら「仕事中に何やってんの!」と言ってたしなめたのはだ。
その当人が、仕事中に、しかも大胆にも俺を抱きしめている。
けれど、嬉しいから、の背に腕を回した。
人のぬくもりに、ほっとした。





「バカ」
「バカで悪かったぞ、と」
「レノがいたから、イリーナはあの傷で済んだんでしょ?」
「重傷だろ?」
「それでも、イリーナが戻ってこれたのはレノのおかげじゃない」
「そんなにイリーナが大事かよ」





イリーナ、イリーナ、イリーナって、ずっとイリーナのことばかり気にかけているのが気に入らなかった。
ただの嫉妬だ。
みっともないな、俺。
「ごめん」と言いかけたら、口を塞がれた。
目を丸くしたけれど、唇から伝わるぬくもりに、目を閉じた。

キスしたら、なんだか落ち着いた。
別に、飢えていたわけじゃない。
愛されてるんだなというのはわかった。

「ごめんね」との謝る声が聞こえた。
どうして俺に謝る?





「レノのこと、守ってあげられなかった」
「俺のことを?どうしてが守るんだ?」
「守られるだけなんて嫌。私は、レノのこと守りたいの。
 体力的に守るのはタークスのキャリアを考えれば厳しいけれど、レノの心だけは私が守りたい」
「俺の、心・・・」
「だって、さっきからレノらしくないんだもの」





またに抱きしめられる。
今日だけは、甘えたい。
の胸に顔を埋めて、目を閉じた。
の心臓の鼓動が、子守唄になって眠ってしまった。





目覚めたら、仮眠室のベッドの上にいた。
体を横に向けたら、が頭をベッドに預けて眠っている。
毛布もかぶらず、ただタークスのスーツを身にまとっただけで。
風邪を引くだろう。いや、この程度のことで風邪をひくようなタークスではないけれど。

の頭を撫でる。
ぐっすり眠っているようで、起きる気配を全く見せない。
ベッドから降りて、を抱き上げてベッドに横たわらせた。
毛布をかけてやる。

朝だろうか。
イリーナはどうなったのだろう。
眠るの頭をもう一度撫でた。
すると、どうだろう。
が俺のシャツの裾を掴んでいた。
かといって、起きているように見えない。
無意識の行動、か。
かわいいところあるんだな、と思いながら、俺はベッドに腰掛けてが起きるのを待つことにした。










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レノをベッドまで運んだのは、ヒロインちゃんとツォンさんで。
たまには弱りレノさんもいいじゃないですか!
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