[ 看 板 娘 に 恋 を し た ]





朝から体調はよくなかった。
熱はないから仕事には行った。
昼過ぎまでは大丈夫だったけれど、三時のおやつの時間には気分が悪くて体もだるくてぐったりしていた。
結局早退することになって、私は重い体を引きずって更衣室で着替える。
制服を脱ぎ捨てたら、少し身体が軽くなった。
タイトな制服だから、嫌いなんだ。見た目はかわいいけれど、きつい。
そこまでスレンダーではないから、私には辛い。

職場の携帯電話ショップから退散する。
徒歩通勤の私は、のろのろと歩いて家に向かう。
あまり前をよく見ていなかったから、段差につまづいて前のめりになる。
けれど、倒れなかった。
誰かが、私の肩を支えてくれた。
目の前にいる誰かの顔を見る。
真っ赤な髪が目に入る。
驚きで声が出ない。
赤髪といえば、タークスのレノさん。
顔を見ればまさにその人で、私は殺されるんじゃないかと冷や冷やしていた。
この世に未練があるかと尋ねられれば、特にないと答えると思う。
けれど、やっぱり死ぬのは怖い。

私は体を起こして、一歩下がる。
そして、平謝りする。





「す、すみません!すみません!本当に、すみません!!!」
「気にすることないぞ、と。ふらついてる妙な奴がいるなと思ったら、まさかそんな段差でつまずくとは・・・」
「ほんっとうに、申し訳ありませんでした。以後気をつけますので、どうか許してください」
「はは、謝りすぎだぞっ、と」





私はとにかくその場を去りたかったけれど、レノさんに手首を掴まれて動けなくなる。
気にすることないと言ったくせに、結局私のことを抹殺するつもりなんだ。
涙目になってレノさんを見ると、私の額に掌をあてた。
ひんやりした手が、私の額に触れている。
冷たくて、気持ちいい。
もしかして、熱が出てきたか?

レノさんは「なんだ、熱あるのか。しかも結構熱いぞ、と。」と言う。
早く帰って体温を測ろう。
三十八度以上あるかもしれない。
けれど、レノさんに手首を掴まれているから、動けない。





「あ、あの・・・」
「ん?なんだ?」
「手、放してもらえませんか?帰れないんですけど」
「あ、やっぱり体調悪くて帰るところか。なら送っていってやるぞ、と」
「いや、その、そんな・・・・・・怖い」
「怖い?」





慌てて口を押さえたけれど、遅かった。
はっきりと、私は『怖い』と言ってしまった。
何が怖いのか尋ねはしなかったけれど、きっとタークスのレノさんのことだから、私が怖がっているもののことくらいお見通しだ。
一般人には、タークスは怖い。
食わず嫌いのようなものかもしれないけれど、怖いものは怖い。
体が震えている。
怯えた私を見て、レノさんはため息をついた。
そして、困った顔で「途中で倒れるなよ」と言って、去っていった。
掴まれていた手首が、痛かった。

なんとか家にたどり着いたけれど、両親も兄も皆仕事で出ている。
私はひとりぼっち。
まずは体温計を持ち出して、体温を測る。
ぼんやりしていると、ピピピと体温が測定できたことを知らせる電子音が聞こえた。
体温計の表示は三十八度四分。
なかなかの高熱だ。
私は常備している風邪薬を飲んで布団にもぐりこんだ。





たまたま翌日は休日だったから、家でしっかり眠った。
おかげで熱は下がって体のだるさもなくなった。
熱が出てから二日後、私は出勤する。
元気に頑張ろう!
仕事に行くため、私は家を飛び出した。
すると、家の前に赤毛の男性が立っていて、私は思わず叫んでしまった。
しかも、色気のない「ぎゃー」という声で。





「おいおいおい、なんで叫ぶんだぞ、と」
「れれれれれれれ」
「何だよ、『れ』って」
「レノさん!」
「俺の名前、知ってるのか。それは嬉しいねぇ」
「泣く子も黙るタークス、しかも赤毛のイケメンは有名ですからね」





イケメンという言葉に気をよくしたらしいレノさんは、ニカっと笑っていた。
笑うとかわいいな。
そんなことを思ったけれど、タークスだということに違いはない。
ぞくっと寒気がしたなと思えば、レノさんは私の個人情報を口から吐き出していく。





、二十四歳の年女、生まれも育ちもミッドガル五番街のノースウッド通り三番地。
 家族構成は、両親と、二つ年上で来月結婚する兄が一人。
 それから、仕事は携帯電話ショップの販売員で、勤続四年、笑顔がかわいいと評判で、神羅の野郎共の間で噂になっている。
 んー、趣味は裁縫、特技は飛び膝蹴りというギャップに驚く人多し。そして・・・」
「そして・・・・・・」
「恋人とは半年前に別れた。彼氏は絶賛募集中」
「悪かったですね!っていうかどこからそんな情報を」
「タークスだからな。ま、神羅の野郎共が騒いでるから噂は聞いてたぞ、と」





そういえば、いつからかを境に、神羅の男性社員がショップによく来るようになった。
おかげで商売繁盛なのだけれど、まさか私に会いに来ていたとは。
確かに、毎日のように、店の前を通過する人までいる気がする。

レノさんは「快気祝い」と言って、私に小さな紙袋を差し出す。
私は恐る恐るそれを受け取る。
まさか、爆発物が入っているのでは?
そんなことを思ったけれど、なんだか今日はレノさんを見ていても怖くない。震えない。
紙袋の中には、掌に載るくらいの小さな箱が入っていた。
きれいにラッピングされている。
私は「開けてもいいですか?」と尋ねる。
レノさんは、何も言わず、ただ頷いただけ。

開けると、そこには私がいつもつけているフレグランスのボトルが入っていた。
そんなことまで調べがついていたのか?
ただ、驚くだけだ。
この人には、私の情報がすべて筒抜け。
恐ろしいな。





「これ、いただいていいんですか?」
「もちろん。それは俺からへの快気祝いだぞ、と」
「よくご存知で、私のフレグランスのことまで」
「一昨日会ったときに、漂ってきたからな。俺の好きな香りなんだぞ、と」





ほんの数分のことだったの、フレグランスまで識別してしまうなんて。
タークスって本当にすごいな。
「ありがとうございます」と感謝の思いを伝えると、レノさんは笑ってくれた。
私もつられて笑う。
すると、レノさんは「やばい、やばい、やばいぞ、と」と言って、回れ右をして私に背を向ける。
私が首をかしげると、吐き捨てるように何かを言って、レノさんは走って去っていった。





「かわいすぎる!その笑顔を見てると、溶けそうだぞ、と」









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レノたんかわいいw(←書いた本人がそんなことを言って…)
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