[ げ ん き の ま ほ う ]





リゾート地でただのアルバイトとして働いていた私に舞い込んできたのは、
社員登用するということと、ミッドガルの新店で働いて欲しいということ。
寝耳に水。
太陽の下で黒こげになった私が、あんな都会で暮らせるだろうか。
神羅の社員と仲良くやっていけるのだろうか…それはイエスだ、リゾートには社員もよく来るから。

そういえば、自称神羅タークスのエースという赤毛の男の人は、最近見かけないな。
そんなことを思いながら、私の水色の軽自動車はミッドガルへ向けて砂地を走っていた。
裸眼視力1.5の私が、遠くを走るモンスターの群れを見逃すわけもなく、慌てて急ブレーキをかけた。
が、それが仇となってモンスターに気付かれる。
まるで鳥が急旋回するように、ウルフがこちらへ向かってくる。
血の気が引いた。
人間が生み出した車という機械と、凶暴なモンスター多数。
どちらが勝てる?
私が勝てるわけもない。

とにかく来た道をひたすら戻る。
ミラーを見る余裕はなかった。
アクセル全開。
ハンドルを握る手は震えている。

突然、バチバチと後ろから音が聞こえた。
もちろん車内ではなくて、外から。
恐る恐るミラーを見て後ろを確認すると、赤毛の人がモンスターと闘っていた。
スーツ姿でロッドを振り回してモンスターを倒していく。
久しぶりに見たあの人は、いつものようにヘラヘラ笑って私の作ったカクテルを飲んでいなかった。
本当にタークスなんだ。
驚きながら、私はブレーキを踏んで減速し停車した。

モンスターを倒し終えたあの人は、こちらに向かって飄々と歩いてくる。
返り血を少しも浴びていない。
綺麗な闘い方をするのだろうな。私には、戦闘のことはさっぱりわからないけれど。
私は腰を抜かしていて動けなかった。
あの人が車の窓をノックしたので、私は窓を開けた。





「あ、モンスター、倒してくれて、ありがとうございます」

「どういたしまして、と。任務の帰りに、車へ向かっていくウルフの群れが見えたからな。
 しかも、ドライバーがバーの姉ちゃんときた。久しぶりだぞ、と」

「お久しぶりです。私、ミッドガルの新店に異動になったので、これから行くところだったんです」

「へぇ、じゃあまたいつものカクテルが飲めるってわけだな。嬉しいぞ、と」





いろんなお客さんと顔見知りになる。
けれど、この人だけはずば抜けて心に残る人だった。
何度も来店してくれて、何度も会話したのに、私はこの人の名前すら知らないのだ。
それでも、この気持ちを恋と呼ばずにはいられなかった。
近くにいる人に想いを告げられても、いつかあの人に会えると信じて断り続けていた。

いざ目の前にすると、想いを告げられない。
弱虫、と自分を罵った。
まだ、モンスターを見たときの震えが止まっていなかった。
両手を重ねて膝の上でぎゅっと強く握る。
涙は消えてくれなかった。
ボロボロとこぼれ落ちていく。
大きく息を吸った。心を落ち着かせるために。

「怖かったんだな。俺がいるからもう安心だぞ、と」優しい声と頭を撫でる手のひら。
頷くと、扉を隔てて空いた窓から入れられた腕が、私の身体を窓の方へ引き寄せる。
頬と頬がくっついた。





「落ち着くまでこうしてる。は一人じゃないぞ、と」

「あ・・・わ、わたしの、なまえ・・・」

「名前くらい知ってるぞ、と。他の店員が呼んでたからな」

「わ、わたしは、あなたの、なまえを・・・しらない」

「レノ。タークスのエース、レノ様の名前を知らないなんて、珍獣か?」

「ち、珍獣じゃなーいっ」

「あ、笑った」





いつの間にか震えと涙は納まっていた。
気付けば笑っていた。
レノさんと会話するのって、元気の魔法かもしれない。
「あー扉が邪魔」と言いながらレノさんは私を解放する。
私は扉を開けて外へ飛び出し、レノさんに抱きついた。
そのときのレノさんの驚いた声ときたら、一生忘れられない。
神羅のタークスの間抜け面、拝んだりっ。









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リゾートで癒されたい…
しかし、何もすることのない休日ほどのリゾートはないぞ、と。笑


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