−レノ−


ぼーっとしていたら、階段でつまづいて転んだ。抱えていた打ち合わせの資料は、階段の踊り場に飛び散った。上階から降りてきた男の人の笑い声が聞こえる。

「ぶはっ、なんで転ぶんだよ」
「うるさい! あんたと違ってどんくさいの」
「エレベーター使えばよかったんだぞ、と」
「運動してるの。私はただの事務職だからあんたと違うんだって」

むっとしながら、散らかした資料をかき集める。レノもしゃがんで、私が散らかした資料をかき集めてくれる。ご丁寧にも、きちんと揃えて渡してくれた。
「ありがとう」と言えば、笑顔が返ってきてレノ相手にドキドキする。

資料を抱えて廊下を歩く私の隣に並ぶのはレノ。どうして私の隣を歩く? タークスの事務所はこのフロアじゃないのに。

「どこ行くの?」
「あ? 企画管理部」
「逆方向。あっちだよ」
「あ、やべ、間違えた。またな」

レノは私の頭をぽんぽんと軽く叩いて逆方向へ歩いていった。私は首をかしげてすたすた歩くが、ふと気になって振り返ると、私が資料を散らかしたあたりでレノが立ち止まってこちらを見ていた。ぎこちなく手を振っていた、あれは一体何だったのだろう。企画管理部には寄らずに踊り場にいるということは、私が転んだ音を聞きつけてきたのだろうか。まさか!

「地道な運動しなくたって、十分細いしかわいいし。そのままでいいんだぞー、と」

神様、私の耳に幻聴が……。





−ルーファウス−


どうしてうちの社長はこんなにもイケメンなのだろう。学生時代の友達はみんなうらやましがっている。美しすぎて、何を頼まれても「イエス」と答えてしまいそうだ。
まぁその前に、社長直々に平社員の私へ頼みごとなんて何もないのだけれど。
イケメンは目の保養、目の保養。
そんなことを呪文のように呟いていたものだから、廊下で誰かとぶつかってしまった。慌てて謝り相手を見て驚愕する。
うわあああああ、社長だよ。社長様だよ。もう私、明日から仕事できない、クビだよクビ。お嫁に行けないよ。

「嫁に行けないのなら、私のところへ来るがよい」
「あ、はい、そうさせていただきます、はい、社長のところへお嫁に……え?」
「そう、私のところへ嫁にくるがよい。今晩、荷物をまとめておくように」

血の気が引いて顔は真っ青だ。あああ、どうしようどうしよう。眩暈がしてよろけて床に倒れこんだ。そんな私の体を支えてくれるのは、目の保養のイケメン社長。だめだ、目の保養にはならない。体に毒すぎる。そのまま、お姫様抱っこと言われる体勢になり、私は気絶してしまった。





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テキストファイルのタイムスタンプが2011年9月なのでその頃のもの。
「イケメンは目の保養」は昔から言ってます。男性はあまり共感してくれませんが。


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