[ 微 熱 日 和 ]





がいない日は仕事がつまらない。
書類の山を片付けても誰もねぎらってくれない。
うまい茶も淹れてもらえない。
そのために働いているわけではないが、仕事に楽しみを持つくらい許してほしい。

そもそも、俺が働かせすぎたから、熱を出してしまったのだ。
俺にはそんなことを考えることすら許されないだろう。
ため息をつくと同時に机に向かっていた松本が叫び出し、俺は筆を落とした。


「どうした!?」
がいないと仕事がはかどりません! 様子を見てきます」
「そうやってサボるつもりじゃねぇだろうな」
「サボるだなんてとんでもないですよー、隊長。お見舞いですよ、お見舞い」


松本が執務室を出ようと扉に手を掛けたところで、実体化した灰猫と氷輪丸が執務室へ入ってきた。
氷輪丸はたいてい俺の傍にいる。今日は珍しく灰猫と一緒に出かけていたようだ。


の様子見てきたよー、乱菊」
「えー、これからあたしが見に行こうと思ったのにー」
「ざーんねん。まだ熱が高くてうなされてた。あー、でもトロが食べたいって」
「トロ?」


病人が食べたがるもんじゃねぇだろ。
いったいどこでどう間違えれば、そんな風に聞き取れるんだ?
とはいえ、氷輪丸も頷いているということは、二人ともそう聞き取れたということだ。

灰猫は松本に許可をもらい、食堂へネギトロ丼を作ってもらいに行く。
新鮮な鮪が手に入ればよいが……。
そんなことを思いながら、また筆を手に取る。
書類の山は少し減った。

一時間経ったころ、ネギトロ丼を盆に載せて灰猫が執務室へ戻ってきた。
のために作らせたのではなかったのか。


「ねー乱菊。、ネギトロ丼いらないんだって。食べてもいい?」
「もちろん構わないわよ。じゃあ何が食べたいって?」
「食べたいっていうか、やっぱりトロは聞き間違いだったみたい」
「何と聞き間違えたの?」
「とうしろう、だって。またうなされてた」


また筆を落とした。
今度は意図的に。
筆を放って執務室を飛び出した。

宿舎のの部屋に向かう。
廊下から呼びかけても返事はなかった。
まだ眠っているのだろう。
無断で部屋に入るのは申し訳なかったが、そんなことを言っている場合ではない。
そっと障子を引く。部屋の奥に敷いた布団の上では横になっていた。
傍に寄り、額に掌を当てた。
熱い。
頬も首筋も、普段とは比べ物にならないくらい熱い。


「辛そうだな。代わってやりてぇよ」
「と……しろ……?」
、気が付いたか」


薄っすら開いた瞳は半開きのまま。しばらくして、数回瞬く。
俺の姿が認識できたらしく、手を伸ばしてきた。
の手を両手で挟み込む。


「冬獅郎の手、冷たくてきもちいい」
「熱、下がんねぇな」
「そんなにすぐ下がるものじゃないって勇音さんが言ってた。薬もらったから、明日にはきっと下がるから心配しないで」
「ずっと働かせっぱなしで悪かった。もう二、三日休め。その分、俺が働くから」
「そしたら、冬獅郎が倒れちゃう」
「隊長がそんなヤワじゃやってらんねぇよ。俺一人じゃねぇしな。松本も、他の奴らもいる。だから、心配すんな。
 ずっと傍にいてやりてぇけど、締め切り間近の仕事が山積みでな。終わったらまた来る。
 ただ、具合悪くなったり、何か食ったりしたくなったら遠慮しないで呼べ」
「うん、ありがと」


手を離す。
は布団の中へ腕を引っ込め、布団を深くかぶる。
「おやすみ」そう言って、俺はの頭を撫でた。


締め切りが近い書類を片付け、他の隊士へ流魂街の巡回を任せ、自分は早々に退勤した。
食堂で卵粥と水をもらい、の元を訪れる。
は布団の上で体を起こし、こちらを見ていた。


「起きていて、大丈夫なのか?」
「冬獅郎が、来る気がして、起きたの」
「そうか」
「お水、欲しい」


グラスを手渡すと、はいっきに水を飲み干す。
喉が渇いていたのだろう。


「随分久しぶりに熱出たから、思ったよりもきつかった」
「食欲はあるか?」
「うん、食べたい」
「ほら」


粥をれんげですくい、の口元へ運ぶ。
目を丸くして、俺が食べさせようとしていることを理解していない


「ほら、口開けろ。食わせてやる」
「あ、ありがとう」


は黙って食べてくれた。
俺に微笑むと、俺の手から丼ぶりとれんげを奪っていく。
自分で食べる方がいいらしい。


「食べさせてくれるのはとっても嬉しい。でも食べにくい」
「わかった」
「ありがとう」


満足した表情では粥を口へ運ぶ。
食事に満足しているだけではなさそうだ。


「どうした?」
「ううん、久しぶりにゆっくり冬獅郎の顔が見れたなって思ったの」
「そうか? 毎日顔は見てんだろ」
「うん、そうだけど、仕事してるしね」


考えてみれば、仕事以外で顔をあわせたのはいつのことだったか。
熱を出して倒れたとしても、そんなに仕事以外で俺と顔を合わせたかったのか。
またはこちらを見て微笑む。


「顔見たら安心した。少し元気になった気がする。はい、ごちそうさまでした」
「おぅ、そうか。薬飲んだら寝るか?」
「ううん、もう少し、起きていたい」
「無理すんなよ」
「うん」


が疲れて眠るまで、しばらく話していた。
こうして話すのも久しぶりだ。
仕事をしていなくても、仕事で繋がりのある奴らの話ばかり。
それでもいい。
楽しそうに話すの顔が見られるなら、内容なんて何でも構わないんだ。




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18年ぶりだかインフルエンザにかかりまして、B型は初めてですが。
熱が下がるまでは朦朧として辛かったですね。
前から温めていた話ですが、自分が熱を出したのを機に書きました。

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