[ 彼らの横顔 ]





■松本乱菊から見えた彼女


、今日は元気そうね」

現世から帰還して四日経った。
昨日は見舞いに行けなかったけれど、今日は渡せなかったものを渡しに来た。

「はい、今日はとても気分がいいんです。天気もいいですしね」
「昨日、隊長とずっと一緒だったからじゃないの〜?」
「そうですかね」

一昨日は隊長が見舞いに来られないと伝えたら泣いてしまったけれど、今日は隊長の名前を出したら嬉しそうにしてくれた。

「はい、現世の写真。隊長のも、たくさーんあるわよ」
「楽しみにしてました!」

隊長の写真を愛おしそうに眺め、指で触れる
顔色も随分よくなった。
これなら予定通り復帰できそうで安心する。

は気になる写真があるようで、あたしに声を掛けてきた。
指さす写真には、サッカーをする隊長とあの子が写っている。

「この子は誰ですか?」
「あー、一護の妹よ」
「黒崎さんの妹さんですか。利発そうですね」
「嫉妬した?」
「えっ、いや、そういう……でも、そうですね。現世にいる間、隊長の隣にいたのなら、うらやましいです」

一か月、隊長をの傍から奪ったも同然だもの。

「ただ、彼女は誰かに似ている気がして」
「誰かって、一護の妹だから一護に似ているのは当然じゃない」
「いえ、黒崎さんではないんです。なんだか、懐かしい感じがする」
「そう。悪い感じじゃないならよかったわね」

視界の隅に折りたたまれた車椅子を見つけた。
外に出てもよいのだろうか。

「明日から午後に一時間だけは外に出ても構わないと許可が出たんです。窓からの眺めも十分ですけど、たまには外にも出たいです」
「よかったわね。じゃあ隊長には頑張って来てもらわないと!」
「どうしてですか?」
「誰があんたの車椅子を押すの? 隊長以外は嫌でしょ」
「そんな! 押してくれるなら誰でも構わないです」
「隊長以外の男が押してたら、隊長が火を噴いて怒るわよ。『の後姿を独り占めしやがって』てとこかしら」

少し低い声で隊長の声真似をしたら、は小さく笑ってくれた。





■松本乱菊から見えた彼


「たーいちょー! 吉報ですっ!」
「どうせろくな報告じゃねえんだろ」
「とんでもない! ぜひ、臨時報酬を頂きたいところです」
「で、なんだ?」

全然期待していないな、この隊長。
ゴホンと咳払いをし、卯ノ花隊長と勇音からの話を報告する。

「申し上げます。
 十番隊第三席、が滞在する病室の西隣の病室が空いたので、十番隊の第二執務室として期間限定で使用する許可が出ました」
「本気か?」
「本気です。そして嘘ではありません。書状も頂きました」

書状を差し出すと、隊長はさっと受け取りそれを読む。
平常心を装ってるが、絶対心の中で踊り狂っているに違いない。
口元が緩くなって手を当てたが、隊長に見られてしまった。

「松本、ニヤニヤするな。気持ち悪い」
「年頃の娘の顔を見て気持ち悪いなんて失礼極まりないですよ〜」
「明日から三日間限定、急患が出たら即中止、か」
「どうです? どうです?」
「午後だけ第二執務室を使うか」
「決まりですね! 早速荷物を運ばなくちゃ!」

仕事をサボる口実として荷物運びを申し出たのに、隊長に断られた。
どうして?

「その必要はねえ」
「え?」
「毎日、必要な物を持ち帰りする」
「面倒じゃないですか?」
「即中止になったときが大変だろ」

今日は早く帰りたいのに、これから仕事をしていたら残業コースまっしぐらね。
でも、明日から隊長が第二執務室に行けば、サボれるわ!

「松本」
「はい?」
「ありがとう」
「いいえ、あたしは日番谷隊長の副官ですから、当然のことをしたまでです」
「臨時報酬は考えておく」
「本当ですか? 嬉しい〜。ありがとうございますっ」

さすがに現世から帰還したばかりで何日も隊長に休まれると困るけど、これくらいならきっと大丈夫。
あたしが隊長とにできることはこれくらい。

一日も早く、の心と身体が回復しますように。





■日番谷冬獅郎から見た彼女


現世から帰還して六日。
午後の休憩時間はの車椅子を押す。
車椅子を広げると、は笑顔で乗り込む。

「車椅子なんて初めて乗った」
「そう乗るもんじゃねえよな」
「うん。それではよろしくお願いします」
「何で畏まってんだ?」
「だって、押してもらうんだもの」

頼まれなくたって、勝手に押す。
他の奴にこの位置を渡せるか。
視界にはの後頭部が必ず入る。
今だけは、を独り占め。

「早く、外を歩きたい。仕事、したい」
「無理すんな。焦っても治りはよくならねえ。ゆっくりでいい」
「冬獅郎は、私が早く治るのは嫌?」

予想外の質問に、言葉が詰まる。
早く治ってほしいのは当然のこと。
ただ、このまま、こうやって二人で穏やかな時間を過ごすのは、付き合いだしてから初めてだ。
十何年もの付き合いだというのに。
今は、この時間がもう少し続いてほしいと思う。

「私は、また冬獅郎と手を繋いで歩きたい」
「手を、繋げばいいのか?」
「ううん、違うの」
「だったら、何が?」
「お見舞いの人と病人の関係じゃなくて、今まで通りに戻りたい。病室にいる間、ずっと冬獅郎に気を遣わせっぱなしだから」
「それは、をこんな状態にしたのは俺のせいだから。償いみてえなもんだ」
「そんなこと、言わないでよ」

嗚呼、彼女がまた泣きそうな顔をしている。
笑ってほしいと誰よりも望んでいるのは俺なのに、ちっとも笑顔にさせてやれない。

「一緒に仕事したい。一緒に食堂でご飯食べたい。お茶淹れて席まで運びたい。お団子食べて一緒に休憩したい。
 冬獅郎はいつも病室に足を運んでくれるけど、私、何にもしてあげられないもの」
「俺が好きでやってるからいいんだ」

の表情は見えない。
きっと歯を食いしばっているに違いない。
の頭にそっと手を置き、かがんで目線を合わせる。

、落ち着いて考えてほしい。今、俺と一緒にいるのは嫌か?」
「ううん」
「俺は、今、と二人でいられる時間が持てて幸せだと思っている」
「う、ん」
「明日でこの時間は終わりだ。復帰したら二人きりの時間なんて月に片手で足りるくらいの時間しか取れないだろ」
「うん、それでも、私は、やっぱり……」
「だったら、今は甘えてろ。元気になってから、いくらでも仕事をすればいい。
 明後日から復帰だ。それまで、ゆっくりしておけ」

人一倍頑張り屋なに、少しでも長く休息を。





■彼から見た彼ら


見慣れない少年に睨み付けられてるなと思えば、少年と一緒にいた派手な姐さんが何日も経ってから僕を買っていった。
しばらくプレゼント用の包装紙にくるまれていたが、それを解いてくれたのは別の姐さん。
ナデシコって名前が似合いそうなその人は、という名前らしい。
僕を見て微笑んでくれたのも束の間、泣き出して大変だった。
厄介なところにきてしまったなと思った。

泣き疲れて眠った姐さんは僕をぎゅっと抱きしめたまま。
きっと寂しいんだ。
誰かがいなくて泣いてしまうほどに寂しいんだ。

小さな声で「トウシロウ」と聞こえた。
トウシロウがいないから寂しいんだな。
そいつがあの少年だと知ったのは、翌日の午後。
僕の名前が「シロ」になったのも、その時。
トウシロウが僕に冷たい目を向けてきたのはその後。

足りない頭で考える。
トウシロウと姐さんは相思相愛。
でもトウシロウは姐さんと長く一緒にいられない。
トウシロウは姐さんと一日中一緒にいる僕が嫌い。

僕も、姐さんに寂しい思いをさせるトウシロウが嫌いだ。

姐さんが眠ってから病室に来るなんて非常識だ。
起きてる時間じゃないと、姐さんの心の隙間は埋められないだろ。
文句を言ってやりたい。
でも、僕には声を出す手段がない。

トウシロウが姐さんの頭を撫でる。
その手が僕の頭に置かれる。

「俺がいない間、のこと、頼んだぞ」

言われなくても。
姐さんのことは僕が守るんだ。

ほんの少しだけ、トウシロウのこと、嫌いじゃなくなった。




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ぬいぐるみのシロ視点の話が書きたかっただけです。

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