[ His name is... ]
を四番隊へ送り届けると、即一週間の療養が決まった。
初めからわかっていたこととはいえ、せっかく再会できたのにまた離れ離れになるのは心苦しい。
虎徹に連れられて病室へ向かう。
俺は診察室に残り、卯ノ花から容体を聞く。
「の容体はどうなんだ?」
「かなり無理をしたようで、悪いとしか言いようがありません」
「そうか・・・後は頼む」
「日番谷隊長。あなただけは面会時間の限定をしませんから、できる限り三席の傍にいてあげてください。
それが彼女にとっての良薬です。私達は身体と霊力の回復はできますが、心までは回復させてあげられない。
それができるのは、あなただけです」
「わかりました。努力する」
月明かりが照らす夜道を一人歩く。
一週間、自分の副官が真面目に働いてくれればよいが。
松本もを気に入っているから、いないと知ればサボるだろう。
ゆっくり休んでほしいが、早く戻ってきてくれよ、。
結局、破面についての報告をする隊首会や、久しぶりに会った浮竹の茶会、果ては流魂街の巡回の人手不足での見舞いに行くことができなかった。
朝早く、夜遅くに行くのはに悪い。
一日経ってようやくまともな時間にの元を訪れることができた。
病室に入ると、は何かを抱きしめている。
枕か? いや、それにしては毛並みがある。
俺に気づくと、は満面の笑みでその何かをこちらに見せる。
「冬獅郎、これ、ありがとう」
「それは・・・現世の」
先遣隊として現世を訪れていたとき、商店街で見かけた白い熊のぬいぐるみ。
が好きそうだなと思って眺めていると、松本に「隊長、こういうのが好きなんですか?」とからかわれた。
結局買って帰ることもできず忘れていた。
「乱菊さんが昨日来てくれて、隊長が来れないから代わりに持ってきてくれたの」
「これは、俺からって松本が言ったのか?」
「そうだよ。違うの?」
「いや・・・なるほど、そういうことか」
首をかしげるを横目に、俺は納得する。
松本にいくらか金を貸した。その金で俺の代わりに買っておいてくれたのだろう。
それにしても、貸した金はもう少しあった気がするが・・・まあいい。
「この子に名前を付けようと思うんだけど」
「あぁ」
「シロって付けてもいい? シロクマだから」
「!?」
シロクマだからシロと名前を付けるのは普通だろう。
ただ、その名前は俺の名前の一部だ。
実際、俺が嫌がっても「シロちゃん」と呼んでくる奴もいる。雛森限定だが。
正直、ぬいぐるみに同じ名前を付けるなんてどうかしてると思う。
「ダメ?」
「いや、駄目っていうか、何ていうか・・・別に、いいんじゃねえか」
「ありがとう」
ぬいぐるみに嫉妬すること確定。
は俺に向けた笑顔をそのままぬいぐるみにも向け、愛おしそうに頭を撫でて強く抱きしめた。
一か月と離れ離れだったのに、見舞いに来た俺よりぬいぐるみの方がいいのかよ。
卯ノ花にはできる限りの傍にいろと言われたが、正直傍にいられる自信がなくなった。
面会時間が終わるまでの病室にいたが、心にかかったもやが晴れない。
笑わなくてもいいからそのぬいぐるみを取り上げていいか、とか、ぬいぐるみはやめて俺にしろ、とか、言えない言葉だけが頭の中に浮かんでは消えていった。
執務室へ戻ると、珍しく松本が机に向かって書類を整理していた。
明日は雪か、はたまた嵐が来るか。
「酷いですよー、隊長。あたしだってたまには仕事します」
「たまにじゃなくて、毎日しろ!」
「あたしが隊長の仕事を減らさないと、が悲しみますからね」
「そうなのか?」
「そりゃね、隊長が見舞いに来たらずっと笑ってるでしょうけど。あたしが昨日行ったときの落ち込み方は半端じゃなかったんですから」
俺が訪れたとき、はぬいぐるみをかかえて嬉しそうにしていた。
一日経ったから気持ちが変わったのか。
松本の話を聞く限り、そうは思えなかった。
「隊長が来れないって伝えたら『そうですか・・・』って窓の外を見てくらーい声で言うんですよ。
だから、隊長の代わりってくまちゃんあげたら少し喜んでくれたみたいですけど、抱きしめて泣いちゃいましたからね。
ちゃんと隊長連れてくるからって言ってなだめて帰りました」
「全然違うな。俺が行ったときは、ぬいぐるみを喜んで見せてくれた」
「というわけで、隊長にはの病室に長い時間いてもらわないと困るので、仕事してるんです! あと、あのぬいぐるみですけど」
「わかってる、俺の金で買ったんだろ。気を遣わせて悪かったな」
「副官として当然のことです!」
「釣りはもらってないが」
「えっ、隊長、くまちゃんの値段、確認してたんですか?」
「結局買いに行けなかったけどな。釣りはやるよ。それから、くまちゃんじゃなくてシロって言うんだとよ」
松本はぬいぐるみの名を聞いて、目を丸くして驚いている。
名前の由来を伝えると、何やら思案している。
「『シロ』ちゃん、ねぇ」
「ちゃんを付けるな。てめえは雛森か」
「やっぱり! 意識してますね」
「してねえっ!」
「もう、そんなに大きな声出さなくてもいいじゃないですか〜」
相手にしていたらきりがないので無視することにした。
机に向かい、書類に目を通し判を押す。
松本から差し出された書類を受け取り、追加の書類を渡す。
いつもなら文句を言うのに、黙って受け取ってくれた。
本当に、明日は雪か嵐になるな。
「シロくんは隊長の代わりにはならないんです」
「わかってる」
「だから、の病室を執務室にできないかと考えたのですが、勇音に断られちゃいました」
「当然だ」
「他の席官にも頑張ってもらいますし、もちろん私も頑張ります。だから、明日は一日の傍にいてください」
「そこまでする必要ねえだろ」
上位席官だが、一隊士の為にそこまでする必要があるだろうか。
それが、隊長の恋人だとしても、過剰な配慮ではないだろうか。
ところが、俺の副官はそれに抗議する。
「あります! 嫌なんです、がいない執務室なんて」
「お前のわがままか? だったら却下だ」
「あたしと、うちの席官たちのわがままです。たまには席官のわがままも聞いてください!
がいない十番隊なんて、十番隊じゃないんです! あたしだけじゃなくて、みんな、そう思ってた」
「・・・・・・」
「あとは、隊長の気持ちを僭越ながら代弁しました。隊長としてではなく、恋人として、に寄り添ってください。
勇音から聞いてるんです。あまり回復がよくないと」
「・・・わかった」
一日休暇をとれるように、残された時間で業務を調整する。
他の席官も呼び、執務室で緊急の会議を開く。
松本の話は嘘ではなかった。
皆、元気なに戻ってきてほしがっていた。それと、少しの償いが入っている。
隊長不在時に、身体を壊していくへ何もできなかったことへの、償い。
「明日はお前らに任せる。そんな暗い顔しててもは喜ばねえ」
「それに、明日はあたしがいるし、本当に困ったときは救護詰所に行けば隊長もいるから、何も心配することないわ」
一応、俺は休暇なんだが・・・。
笑いながら「冗談ですよ〜」という松本の言は信ぴょう性に欠ける。
各々の持ち場へ戻らせ、俺も書類整理を再開する。
少しは鍛錬したいが、明日休暇を取るなら書類整理が最優先だ。
が頑張っていくれた分、帰還後の仕事は楽だった。
とはいえ、今はがいない分の仕事もある。
残業していたら二十時を過ぎてしまった。
夕飯の前にに会いに行くか。
四番隊の救護詰所へ向かったが、時すでに遅く、の病室の明かりは消えていた。
ならばせめて、寝顔だけでも。そう思いそっと病室の扉を開ける。
横向きで病室の入口側に顔を向けて眠る。
窓から差し込む月明かりが、の顔に影を作る。
胸にはしっかりとぬいぐるみが抱かれている。
あいつと代わりたい。
に抱きしめてほしいわけではない。
単純に、四六時中一緒にいたいだけだ。
せめてもう一日休暇を取れないか。
明日松本が見舞いに来ることがあれば相談しよう。
ぐっすり眠るの頭を撫で、その手をぬいぐるみの頭に置く。
「俺がいない間、のこと、頼んだぞ」
当然だが、返事はなかった。
翌朝、早起きしての病室に向かう。
まだ七時前だ。も起きていないだろう。
四番隊の連中は朝からせわしなく働いている。
病室の扉を開けると、案の定、は眠っていた。
ぬいぐるみが床に転がっている。
眠っている間に手放してしまったのだろう。
拾い上げてベッドの傍の椅子に座らせる。
直接朝日が入ってこないが、カーテンを開け放ったこの部屋は眩しいだろう。
しばらくすると目を覚ましたがもぞもぞと動き出す。
どうやらぬいぐるみを探しているらしい。
座らせたぬいぐるみを渡してやると、ゆっくりとした動きでは受け取り、強く抱きしめる。
「シロ・・・」
「ベッドから転がり落ちてたぞ」
「冬獅郎!?」
「おはよう、今日は休暇だ」
「忙しいのに、休暇なの?」
「あぁ。だから一日中と一緒にいる。嫌か?」
は首を振り、微笑んでぬいぐるみに話しかける。
「シロ、今日は冬獅郎がずっと一緒にいてくれるって。嬉しいね」
嗚呼、嫉妬する。
その声も、髪も、笑顔も、心も、全部俺の物にしたいと思っているのに、あいつに盗られたみたいだ。
「だから、今日はここにいてね」
俺に話しかけたのかと思った。
言われなくても居座るつもりだった。
はぬいぐるみをベッドに寝かしつけ、それに背を向け、俺に笑顔をくれる。
「冬獅郎がいるから、今日はシロの休暇ね」
「は?」
「シロも私のこと構っていたら疲れると思うから、休ませてあげるの」
「お前のこと構うのが仕事なのかよ」
「そうじゃないの? 冬獅郎がいないときに寂しくならないように私に買ってくれたと思ってたんだけど」
「そうだな」
が恐る恐るこちらへ手を差し出してくる。
その手を両手でぎゅっと握りしめる。
「今日は俺のことだけ見とけ」
「うん」
手を離し、代わりにの身体を抱きしめる。
安心する。がいることに。
「おはよう、冬獅郎。今日は終わってほしくない」
「まだ始まったばかりだろ。何言ってんだ」
どうにかして休暇をもう一日、それかここを執務室に、と莫迦な考えを起こしてしまった。
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ぬいぐるみ大好き。
実家には大量にぬいぐるみあるし、ほとんど名前つけてます。
今もクマとかネコのぬいぐるみに囲まれて寝てます。