[ 画面越しの君と僕の ]





眠い。頭が痛い。身体が重い。
休暇がとれず一週間が過ぎた。
執務室のソファに身体を沈める。

「そんなところで寝てたら風邪ひくだろ」
幻聴が聞こえる。隊長はここにはいない。
隊長と乱菊さんが戻ってきたときに、仕事が山積みになっていたら悲しむだろう。
だから、少しでも多く仕事を片付けたい。

さん、今日は帰って休んだ方がいいんじゃないですか?」
聞きなれない声がして、慌てて身体を起こした。


「七緒さん! 申し訳ありません、見苦しい姿をお見せして」
「休みなしで働いてると噂だったので心配になってきてみたんですが、その通りでしたね」
「明日は休む予定だったので問題ないですよ」
「大有りです! 廊下で他の方々が心配していましたよ」


七緒さんが声を張り上げると、執務室の扉が少し開いて、隙間から席官たちが顔を覗かせる。
周りに迷惑をかけてしまったら仕方がない。


「みなさん、ごめんなさい。今日は、もう帰ります。明日は休みますので、仕事は明後日やるので残しておいてください」
「しっかり休んで、元気になったらまた働きましょうよ。日番谷隊長も、そんなさんを望んではいないと思いますよ」


隊長の笑った顔が頭を横切る。
会いたいな。
声が聞きたいな。
現世に着いて早々、破面の軍勢との戦いで傷ついたと聞いている。
もう回復しているだろうか。

宿舎の自室に戻り、布団を敷いて横になる。
最後に隊長と会ったのはこの場所だ。
隊長の言いつけ、ほとんど守れていない。
急ぎ以外の仕事もこなしている。
疲れても休めていない。
他の席官を頼れていない。

私、何をやってもだめだな。隊長がいないと、本当にだめだな。

早く会いたい、早く現世から帰ってきて。




しっかり眠ったら、少し気分がすっきりした。
今日の休暇はのんびり過ごすつもりだったが、気分が良いので街に繰り出すことにした。
紺色の着物を掴んで、しばらく考える。
せっかくだから、と思い、去年の誕生日に隊長からいただいた淡い黄色の着物を手に取る。
乱菊さんが何着か見立ててくれて、その中から選んだらしい。
私がいつも地味な着物しか買わないから、無理やり隊長に買わせたらしく、着物とは別に櫛とかんざしを用意してくれて嬉しかったあの日。

やっぱり明るい色は違和感を感じる。大ぶりな花柄も、私には似合わないと思う。
でも、隊長はよく似合うと言ってくれたから、着ないわけにはいかない。

一通り買い物を終えて甘味処でお茶を飲んで休憩していると、五番隊の隊士がこちらに気づいて足を止めた。
雛森さんと一緒にいるところは見かけるけれど、名前は知らない男性。
会釈して通り過ぎるかと思えば、こちらに近づいてくる。


三席、雛森副隊長が技術開発局へ今日お出かけになりまして」
「もう、動いて大丈夫なんですね」
「はい、多少は。それで、現世の井上織姫さんの家に通信設備を用意して、技術開発局から通信できるようになって、
 現世にいる日番谷隊長とお話しになったそうです」
「隊長、と?」
「はい。多分、三席も隊長、副隊長が不在で苦労されてると思いますので、技術開発局に行かれたらどうかなと。
 僕なんかが言うことじゃないんですけどね。それだけお伝えしたくてお声掛けしました」
「わざわざありがとうございます」


なんて気の利く隊士だろう。
今度、雛森さんに会ったら彼のことをうんと褒めてあげてほしいと伝えよう。
私は一度荷物を宿舎に置きに帰り、急いで技術開発局へ向かった。
せめて死覇装に着替えるべきだったなと思いつつ、リンさんにお菓子をあげたらあっさり中へ入れてくれた。

通信設備の入った部屋は、板張りで大きな画面だけが置かれて殺風景だ。
画面には井上さんの部屋であろう場所が映っているが、誰もいない。


「みなさん出かけているようですね。どうしますか?」
「差し支えなければ、ここにしばらくいてもいいですか?」
「構いませんよ。阿近さんに伝えておきますね」
「お願いします」


リンさんは座布団を一枚用意してくれ、私はその上に腰を下ろす。
井上さんの家で隊長と乱菊さんは過ごしていると聞いた。
毎日顔を合わせることができるなんて、うらやましいし少し妬ましい。
ただ、隊長のことだから、きっと活発な女性二人に振り回されていることだろう。
膝を抱えて顔を埋める。
目を閉じて、脳裏に隊長の顔を思い浮かべる。
いつも優しい。いつも頼りになる。私と一緒にいるときは、いつも穏やかな表情をしている。
でも、どうして、今、私の隣にいないのだろう。

離ればなれがこんなに辛いなんて、知らなかった。
きっと大丈夫と思っていた自分は無知だった。
全然、大丈夫じゃないよ。

涙がこぼれると同時に、通信機器から物音が伝わる。
顔をあげると、画面が眩しくてよく見えなかったけれど、優しく私の名前を呼ぶ声がした。











総隊長から藍染の真の目的を聞き、それを先遣隊の他の連中に伝えた。
今日はもう日が落ちかけている。明日から現世を守りつつ、自分たちを鍛え上げなければ、そう思いながら井上織姫の家へ向かった。
現世のアイスクリームとやらを気に入ったらしく、松本は大量に買い込んでいた。
冷凍庫に入りきらないらしく、井上織姫と二人で騒がしくしている。
呆れながら通信設備を入れた部屋に入ると、瀞霊廷からの通信を受信して画面が起動していた。
ただ、映し出された部屋には誰もいない。
こちらの電源の切り忘れか。雛森と話した後に切ったはずなんだが。
画面の下にある電源を切ろうとして、画面の向こうに人を見つけた。
部屋の隅で、膝を抱えて顔を埋めている。

見間違うはずがない。
あの艶やかな髪に淡い黄色の着物、に間違いない。


呼びかけたら、ゆっくりと顔が上げられ、力なくが微笑んだ。
は重い体を引きずるように、立ち上がって移動し、こちらからは画面の中央でと向き合うことができた。
はっきりわかる。雛森ほどじゃないが、顔色が悪い。
休んでないな。睡眠時間を削って働いてるのだろう。これだと、ろくなものを食べていないだろうな。


『たい、ちょう・・・』
「今日は、休みなんだな」
『はい、みんなが休んでいいと言ってくれたので』
「そうか・・・ちゃんと、食べてるか?」
『はい、食べてます。みんなと一緒に頑張ってますので、十番隊のことは任せてください』


嘘だな。
ため息をつきたいところだが、誤解を生むから我慢する。
俺を心配させまいと、いろんなことを我慢しているのだろう。
そんな気遣いは無用なのに。
戻ったら存分に甘やかせてやらないと。
そんなことを考えていると、背後から女二人がやってきてに話しかける。


さん、お久しぶりです! お元気ですか?」
『井上さん、ご無沙汰してます。こちらは変わらずやってます』
「あら、、その着物! やっぱりアンタは明るい色の服を着た方がいいわ」
『ありがとうございます。でも、なんだか落ち着かないです』
「慣れよ、慣れ。隊長だって明るい色のほうがに似合うと思うでしょ?」


急に話題を振られ、どもってしまう。
ただ、松本とは同意見だ。
明るい色は、を一層鮮やかに見せてくれる。


「隊長、ちゃんとのこと褒めました?」
「いや、まだ・・・」
「だったら、早く」
「あ、ああ・・・綺麗だ、な」


画面の向こうで、は少しはにかんでいるようだ。
反応があって安心した。疲れていても、そういう感情表現はできるんだな。


『隊長、あの・・・』
「なんだ?」
『あの・・・』


言いたいことをはっきり言わないがいて、もどかしい。
傍にいれば、二人きりならば、いつまでも待ってやるのに。
今は、とにかく意思の疎通をしたくてしかたがない。
たった一週間、会わないだけでこれだ。
と、離れたくない。

は後ろを振り返り、それと同時に扉が開いて阿近が部屋に入ってきた。


、メンテナンスしたいから一旦通信切るぞ』
『は、はい』
『日番谷隊長、すんません。三十分くらいしたら復旧するんで、ちょっと待ってもらえますか』
『あ、も、もういいです。話せただけで十分なので、私、帰りますね』
「おい、さっきなんか言いかけただろ」
『あ・・・ええ』


瞳を伏せて、唇を震わせて、苦しそうに絞りだされた言葉。


『隊長、お気をつけて』


お前が伝えたかったことは、そんな言葉じゃないだろ。
ぎゅっと口を固く閉じて、は阿近の後ろをついて部屋から出ていき、プツンと通信が途切れた。


、何か言いたそうでしたね」
「言わなきゃ、伝わんねえよ・・・」


身体と身体が触れ合う距離にいないと、想いは通じないのだろうか。
現世と瀞霊廷の距離がもどかしい。
ため息をついたら部屋の空気が重くなったが、井上織姫の言葉がそよ風を吹かせた。


「あのー、さんは、冬獅郎くんに、『会いたい』って言いたかったんじゃないかな」
「そう、なのか?」
「うん。きっと、霊圧も感じないくらい遠くに行ってしまって、顔も見れなくて声も聞けなくて、どこにいるのかわからなくて、
 すごーく、不安なんだと思う。画面越しに顔を見て声を聞いても、きっとさんの心に響かないんだよ」


言いたくても言えなくて心の中にしまった。
がやりそうなことだ。


「俺だって、会いてえよ」
「だーかーらー、も連れてこればよかったじゃないですか!」
「んなことできるか! 十番隊を放っておけるかよ」
「十番隊と辛い思いをしていると、どっちが大事なんですかー?」
「今度は、を連れて、てめーを置いて行く」
「うえー、隊長ひどーい」


わめく松本とそれをなだめる井上織姫を部屋に残し、アパートの廊下へ出る。
西へ沈む太陽の橙色を目に焼き付ける。
手を伸ばしても、太陽には触れられないし、にも触れられない。
会えないもどかしさだけが、心の中にたまっていった。




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メールじゃだめ、電話したい。
電話じゃだめ、ちゃんと会って話したい。
そんな感じで。

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