[ 素直な心 ]





執務室で筆を走らせていると、廊下から隊長と副隊長の騒がしい声が聞こえてきた。
隊長が声を荒げるなんて珍しい、と思ったけれど、乱菊さんに対してはそうでもなかったので、さっき思ったことは撤回。
勢いよく執務室の扉が開き、私と目を合わせた乱菊さんは、何やらよいオモチャを見つけたかのように目を輝かせ、隊長に提案をする。


「ねえ隊長、も連れていきましょう!」
「駄目だ。誰が十番隊をまとめるんだ」
「席官なんていくらでもいるじゃないですかー。もそう思うでしょ?」
「あの、話が読めないんですけど・・・」
「俺と松本は、明日から現世に行く」


明日から?
寝耳に水だ。
急すぎる。だから、隊長は声を荒げていたのか。


「先遣隊として、現世に赴く。黒崎一護が破面の襲撃にあったらしい」
「藍染惣右介が動き出したのですね」
「そうだ。今から仕事を片付ける。悪いがこっちを先にやってくれ。松本、お前はこれだ」
「承知しました」
「うえー、今からやるんですかぁ?」
「当たり前だ。明日から全部にさせるつもりか?」
「はいはい、やりますから」


筆を走らせ、仕上がった書類を持って他隊へ行っては書類を預かってくる。
数回繰り返したところで夕方六時を過ぎた。
乱菊さんも根を詰めて仕事をしたことで参っていた。


〜、悪いけどお茶淹れてくれない?」
「はい、すぐに入れますね」
「隊長の分もお願い」
「はい」


隊長は前が見えなくなるくらいの量の書類を抱えてどこかへ行ってしまった。
お供すると言ったのに、断られた。
少しでも一緒にいたかったから、寂しい。
茶の入った湯呑みを盆に載せ、執務室のソファでぐったりしている乱菊さんの前に差し出す。


「どうぞ」
「ありがと。私はこうやってにお茶を淹れてもらって幸せだけど、あんたは隊長と一緒にいたかったでしょ。
 ちょっとくらい気を利かせてくれればいいのにね。大丈夫? 顔に『寂しい』って書いてるわよ」
「そんなにわかりやすいですか?」
「ええ。どうしてが一緒に運ぶって言ったのに断ったのかしらね」
「さあ、何かあるんじゃないですか」
「やましいこととか?」
「さあ、私にはわかりませんけど、仕事中なのでいいんです」
「そんなこと言ってたら、二人きりになれないまま明日になっちゃうわよ。それでもいいの?」
「構いません」


言い切った。言い切ってやった。
湯呑みに添えた手が少し震えている。
茶を飲んで落ち着こう。
一口飲んで息を吐いたら、「嘘をつくのが下手ね」と乱菊さんが小さく笑った。

その通りだ。
ただでさえ二人きりでいられる時間が少ないのに、現世へ行ってしまったら会えないし声も聞けない。霊圧も感じられないかもしれない。
でも、仕事だから仕方がない。
仕事だから、割り切ろう。
私は十番隊を任されたのだから、任務を全うするだけ。

肩をトントンと叩きながら隊長が戻ってきた。
少し休めばいいのに、盆の上の湯呑みをさらっていき、また机に向かう。
あれだけ書類を片付けたというのに、まだ仕事が残っているというのか。


「隊長、手伝います」
「いや、いい。これは俺がやる。お前たちは疲れただろうから、もう帰っていい」
「隊長〜、三人でやったら早く片付きますよ。あたしもも、まだ元気ですから」
「これは、いいんだ。俺の分だ」


隊長は、私と離ればなれにになることが寂しくないんだ。
きっと、何とも思っていないんだ。
「では、お先に失礼します」と告げて、一人で執務室を出た。
今夜は、誰にも会いたくない。

本当は、会いたい人がいる。
話したい人がいる。
声が聞きたい人がいる。
触れたい人がいる。

ぐるぐる頭の中を巡る。
彼の声が。彼のぬくもりを感じたときの幸福感が。
布団を頭までかぶっても眠れなかった。
丑三つ時も過ぎた頃、諦めて縁側に出た。
月明かりの下、夜風を浴びる。

もう姿は当分見られないだろう。
伝令神機があるから連絡はつくだろうけれど、仕事の邪魔はできない。
私が悪いんだ。ちゃんと、傍にいたいと伝えないから。
たくさん後悔して、今度会えたら伝えて甘えよう。

立ち上がり、縁側から部屋に戻ろうとしたら気配を感じた。
身構えたけれど、それは間違いなく私が今一番求めているもの。


「冬獅郎?」
、起きてたのか」
「冬獅郎こそ。明日から・・・ってもう日付変わったから今日だけど、現世行きでしょ?」
「眠れなくてな。一緒にいたら離れたくなくなると思って今日は避けてたんだが、それが裏目に出た」
「それは・・・私と?」
「ああ。他に、誰がいるんだ?」


私は再び縁側に腰掛ける。
隊長も、私のすぐ傍に腰掛けた。
隊長の手が、私の頭を撫で、そのまま首、肩、腕となぞっていき、腰で止まった。


「副隊長が二人いるとはいえ、戦力は多いほうにこしたことはない」
「うん」
「ただ、今の護挺十三隊で隊長を先遣隊に出せる隊は限られている」
「うん」
には負担がかかるだろう。困ったときは他の隊を頼れるようにしておいた」
「ありがとう」
「急ぎの仕事だけやればいい。他は全部残しておいてくれ。戻った時に俺が全部やるから」
「わかった」


腰に回された腕が離れていく。
名残惜しい。


「ほら、もう遅いから寝ろ」
「冬獅郎こそ」
「俺も帰ったらすぐ寝るから」
「・・・・・・」
「ほら」


隊長の差し出した手を無視して、私は立ち上がらないで縁側に座ったまま。
きっと隊長は困っているだろう。
でも、私を置いては行かないだろう。


「わかった、寝るまで傍にいるから、早く中に入れ」
「うん!」


わがまま言ってごめんなさい。
でも、離れたくないの。
差し出された手を取り、私は立ち上がって部屋に戻る。
布団は冷えてしまった。
もぐりこんだら、隊長は傍であぐらをかいていた。
また、隊長の手が私の頭を撫でる。


「風邪、引くなよ」
「うん」
「疲れたら、ちゃんと休めよ」
「うん」
「一人で抱え込むなよ、他の席官も頼れ」
「うん」
「・・・・・・、好きだ」
「私も、冬獅郎が、好き」
「おやすみ」


まぶたを閉じると、隊長の手が私の頭から離れていく。
それが嫌で、手首を掴んだ。
強く引いたら、隊長はこちらに倒れこんできた。
そのまま抱き寄せる。
隊長は慌てて離れようとするけれど、離れてはいかなかった。
振り払おうとすれば、いくらでも私の腕を振り払うことができるはずなのに。


「朝まで、ずっと、一緒にいて」
「・・・わかった。ずっと、一緒だ」
「ごめんね、ありがとう」
「なんで謝るんだ?」
「わがまま言って、ごめんなさい」
「構わねえよ。俺が決めたことでに寂しい思いをさせてるのはわかってる。罪滅ぼしだ」
「仕事だから、大丈夫、わかってる。気を付けてね」
「ああ」


朝、目が覚めたら、布団の中には私一人しかいなかった。
乱菊さんの部屋も、もぬけの殻だった。
近くに霊圧を感じない。
もうここにはいないんだ。

寂しいけど、頑張らなくちゃ。
隊長と副隊長がいないから、私がしっかりしなくちゃ。
朝日を浴びて、執務室へ向かった。




**************************************************

先遣隊で一緒に連れていくお話を書かれている方もいるので、連れて行かない派にしてみました。
急に隊長、副隊長がいなくなったら大変だろうなぁ。

ひっつんに『好きだ』と言わせるのがすごく好き。

inserted by FC2 system inserted by FC2 system