[ knock out teacup ]





ガシャンと派手な音を立てて湯呑みが割れた。
陶器の破片に指が触れてしまい、指先が切れた。
血がにじみ、傷口には水がしみて痛い。
洗い物は一時中断。
執務室の救急箱にばんそうこうを取りに行けば、運悪く隊長が仕事をしていた。


、ケガでもしたのか?」
「あ、いえ・・・」
「指を切ったのか。血が出てる」
「大丈夫ですから気にしないでください」


救急箱からばんそうこうを一枚取り出し、個包装をはがす。
にじんだ血はティッシュペーパーで拭き取っていたら、救急箱の上に置いていたばんそうこうが消えていた。
いつの間にか隊長が傍に立っていて、指先でばんそうこうをつまみ、ひらひらと泳がせていた。


「手、出せ」
「自分でやります」
「いいから、手を出せ」
「はい」


嫌とは言わせぬ言い方。
切った指先を差し出すと、隊長の指が器用にばんそうこうを私の指へ巻きつけた。
丁度よい強さで、きつくも緩くもない。


「ありがとうございます。お手を煩わせました」
「いや、いいんだ。俺が好きでやったことだ」


隊長の手が私の手を包み込む。
水仕事をしていた私の手は冷えているけれど、隊長の手も冷えている。
その冷たさも心地よい。
「湯呑みでも、割ったのか?」と尋ねる隊長。
返事をしようとしたら、執務室の扉が勢いよく開き、入ってきた乱菊さんが私の腕に自分の腕を絡ませる。


「そうなんですー。の湯呑みが割れちゃったんで、これから買いに行きますね。二人で!」
「松本! てめえは関係ないだろ」
「でもの新しい湯呑みがどんなのになるか気になって仕事が手につかないんで、後はよろしくお願いしますねー」


隊長の怒声が遠のく。
乱菊さんに引きずられるようにして、私は隊舎の外へ連れ出された。
無理やり外へ連れ出した詫びを入れつつ、乱菊さんは新装開店の居酒屋へ足を向けていった。
このまま湯呑みを買いに行こうかと考えたけれど、明日の休暇にゆっくり選べばいい。
乱菊さんに引きずられた道を引き返すと、仏頂面の隊長が一人で書類に筆を走らせていた。
私が戻ってくるのは予想外だったようで、目を大きく開いて驚いている。


、帰ったんじゃねえのか」
「乱菊さんに連れ出されただけですので。まだ仕事が残ってますからね、片づけて帰らないと。
 明日は休みますので、ゆっくり湯呑みは選びます」
「そうか・・・」


寂しそうな表情の隊長。
私が明日休暇を取っていることが寂しいのだろうか。
かといって、一緒に休んでくださいとお願いできるような立場でもない。
一緒にいたいのはやまやまだけれど。
ゆっくり立ち上がった隊長は、戸棚から茶色い箱を取り出し、私の前に差し出す。


「今日使う湯呑みがないなら、これを使ってほしい」
「これは?」
「俺の湯呑みの片割れだ。前に松本が買ってきたやつは真っ二つに割れたから信用ならねえんで、自分で買った」
「これ・・・隊長とお揃い」
「嫌か?」


嫌なわけがない。
首を左右に振り、箱の中の湯呑みを取り出した。
先日使い始めたばかりの、隊長の湯呑みと色違いだ。
とても綺麗な柄で、心が洗われる。
左手で湯呑みの底を支え、右手で湯呑みの側面を撫でる。
隊長に物をもらうのは久しぶりだ。
嬉しくて、心が温かくなる。
そんな中、隊長は自席でため息をつく。


「いかがなさいましたか?」
「なんでもねえ・・・そんなに湯呑みが好きかよ」
「もしかして、この湯呑みは誰かに差し上げるつもりでしたか?」
「元々、にやるつもりだった」
「ならば、どうして・・・」
「湯呑みに嫉妬してんだ。器が小せえな、俺」


どうやら、湯呑みをべたべた触っていたのが気に入らないらしい。
隊長、かわいすぎます!


「そんなこと言わないでください。私は世界で一番、冬獅郎のことが好きだから」
「仕事中にそういうことを言うな」


隊長は机の上に突っ伏してしまう。
机に向かって小声で何かを呟いているが、私には聞き取れない。
私は湯呑みを自分の机の上に置き、隊長の傍へ寄る。
そして、隊長の髪に触れ、自分の顔を隊長の顔へ寄せた。
触れられたのはほんの数秒だった。
隊長は私から顔を離して起き上がり、真っ赤な顔で執務室を飛び出した。

そんなに私のことが気に入らないのか。
いや、そんなに湯呑みを愛でたことが気に入らないのか。
ため息をこぼし、もらったばかりの湯呑みを洗いに行こうとしたら、苦笑いした阿散井くんが執務室に入ってきた。


「阿散井くん! 乱菊さんならいないよ」
「いや、日番谷隊長宛ての書類を持ってきただけだ」
「隊長とすれ違わなかった?」
「猛スピードで厠に入ってたな。腹でも下したのか?」
「さあ、わからないわ」


阿散井くんから書類を受け取り、隊長の机の上に置く。
男の人は気づかないかと思ったけれど、阿散井くんは隊長と私の湯呑みにの柄に気づいた。


「へぇ、揃いの湯呑みじゃねえか。買ったのか?」
「隊長が買ってくれたの。嬉しくて心があったまる」
「なるほどな。日番谷隊長が厠に駆け込んだ理由がわかった」
「どうして?」
の表情が、反則級で我慢できなかったってことだろ」


言葉の意味を理解できずにいると、隊長が暗い顔をして執務室へ戻ってきた。
気まずさを感じ取ったのか、阿散井くんは「日番谷隊長も大変ですね」と言いながらそそくさと執務室を出ていく。


「隊長・・・あの」
「どうかしたか」
「阿散井くんが書類を持ってきたので預かりました」
「そうか」
「あと、『私の表情が我慢できなかった』ってどういうことですか」
「うっ、阿散井がそんなこと言ったのか!?」
「はい」
「あのヤロー、今度会ったら許さん」
「あの・・・」
「もう気にするな。忘れろ」


気にしたら終わりだ。
「はい」と返事をして、隊長の湯呑みを預かる。
気持ちを落ち着かせるには、渋いお茶がよいだろうか。
急須に入れた茶葉と湯が落ち着いた頃に、湯呑みへ注いだ。
強い茶の香りに心が落ち着く。
盆に湯呑みを二つ載せ、執務室の隊長へ届ける。
隊長は、湯呑みを凝視していた。


「いかがなさいましたか」
「いや、揃いのものを持つのも悪くないなって、思っただけだ」
「そういえば、お揃いの物なんて、何も持ってませんね」
に淹れてもらうと、一層おいしく感じるな」
「そんなことないですよ。誰が淹れても茶葉がいいからおいしいんです」
「この茶葉、現世で松本が買ったやつだろ」
「そうです。もうすぐなくなるので残念ですね。今度買いに行きますよ。隊長のお気に入りですから」
「俺は、お前が淹れてくれれば、茶葉が何だろうが構わねえよ」


そんなふうに笑って言わないで。
心臓を鷲掴みにされて仕事にならないから。


「どうした?」
「そ、そんな表情するなんて、反則です!」
「お互いさまだろ。さっさと仕事片づけて、飯食いに行こうぜー」


隊長は大きく息を吐いて書類に向かってしまった。
今夜は何を食べようか。




**************************************************

アニメ バウント編の死神図鑑ゴールデンで、
ひっつん隊長の新しい湯呑みが真っ二つに割れたのをヒントに。
きれいに割れましたねぇ。
あの湯呑みは乱菊さんが買ってきたやつだったので、 自分で買いに行き夫婦湯呑みをずいぶん悩んで買うひっつん、萌えるな。。。

inserted by FC2 system