[ Just Me ]





女性死神に会う度に、何かしら物を渡される。
持ちきれない程にもらい、一歩歩く度にいくつか落とす。
苦笑いしている第七席は、半分運ぶのを手伝ってくれた。
執務室のソファにそれを投げ出す。
バサバサと音を立てて、箱や袋が散らばった。

食べきれねえ。しかも顔をしかめたくなるくらい甘い匂いがする。
お菓子以外にする気はないのだろうか。
現世のバレンタインとかいうイベントの真似事が、そんなに楽しいか?

地獄蝶が緊急隊首会が開催されることを伝えにきた。
まいったな。散らかしたまま行くしかないな。
隊舎を出たところで、とすれ違った。
俺には気付いていないようで、呪文のように何かを呟いていた。

からなら何でも喜んでもらうのに、どうして俺には何も用意してくれなんだろうな。
隊首会は上の空だったおかげで、終わった後に浮竹や京楽に随分心配された。

隊首会を終えて隊舎へ戻る。
隊舎を見るだけで、甘い匂いを感じる。
甘いものは、苦手なんだけどな。
甘い匂いが充満する執務室を想像して、溜息をつく。
勢いよく執務室の扉を開けば、ソファのところに人陰が。
が、俺宛の菓子をなんの断りもなく食べていた。


「げ、隊長じゃないですか。お帰りなさいませ」
「何か後ろめたいことでもしていたのか?」
「いえ、隊長がお菓子を食べ切れなくて困ると思いまして、いただいてました」
「全部やるよ。西洋菓子は甘すぎて俺の口には合わねえ」


の視線を感じながら、それを無視して机に向かう。
書類の山から一束掴み、机の上に下ろすと、が話しかけてきて仕事の邪魔をする。
仕事をしろ、仕事を。お前は松本とは違うだろ。


「せっかく隊長のためにみんなが心をこめて贈ってくれたものなんですよ?」
「俺が甘いものは苦手だと知っていてやっているなら、これほどの嫌がらせはないな」
「もっと喜べばいいのに。京楽隊長なんて、七緒さんからもらえなくて泣いてましたからね」
「あいつのことは放っておけ」
「可哀想になって、チョコあげちゃいましたもん」


耳を疑った。チョコレートを、京楽に渡したのか?
自分の上司を差し置いて、他の隊の隊長に渡すのはおかしくないか?
眉間に力がかかってしまう。


「どうしたんですか、隊長。険しい顔になってますよ」
「お前のせいだ」
「私のせいですか? なにゆえ?」
「自分の直属の上司を差し置いて、京楽にやったことが気に入らねえ」
「西洋菓子は嫌いだと仰ったではないですか」
「そういう問題じゃねえんだよ」


は腑に落ちないと顔にしっかり書いているが、
俺としては、からもらえるなら何だって喜んで受け取るんだがな。


「全部あげちゃったから、もう手持ちがないんです」
「誰にやったんだ?」
「乱菊さんと仲のよい女性死神でしょ。あとはやちるさんと朽木ルキアさんと山田花太郎さん、とー、七番隊の京楽隊長くらいかな」
「けっこうな人数だな」
「そうですね。隊長にも本当は渡すつもりだったんですよ」
「チョコレートをか?」
「手作り甘納豆」
「!?」


どうして、それを用意してないんだ!
声を荒げようとして押し留める。
俺はもらう側だ。あくまで謙虚な態度をとらないといけない。


「あまりにもよいできで、おいしすぎて自分で全部食べちゃいました〜」
「お、お前なぁ・・・」
「また作りますから、そんなに落ち込まないでくださいよ」


淡い色で執務室が彩られたように、は微笑んだ。
甘い匂いが充満していたが、一瞬にして清々しい空気になる。


「待っててくださいね。必ず隊長のお口に合うものを作ってみせますから」
「あぁ、待ってる」
「それにしても嬉しいなー。隊長が私の手作りを楽しみにしてくれるって。
 こんなにたくさんのお菓子をもらっているのに、食べないで私の手作りを待ってくれるんですよね。私って愛されてるー」
「調子に乗るな、バカ」
「酷いっ。こんなにかわいい部下にバカなんて言わないでくださいよ」
「今日の、なんか変だぞ。頭でも打ったか?」
「嫉妬で頭がおかしくなったようですね」
「嫉妬?」


敵にすら情けをかけようとするくらい、は優しい奴だ。
普段から穏やかで、決して空気を冷やさない。
そんなが、誰かを妬むことなんてあるのだろうか。


「みんな隊長のことが大好きで、こんなにたくさんお菓子が積んであって。
 私だけの日番谷隊長でいてほしいのに、そんなこと言えるわけなくて」
「今言ってるじゃねえか」
「言っちゃいましたね」
「お互い様だろ。俺だって『他の奴にはやるな、俺だけにしとけ』って言えなかった」
「初耳です、隊長」
「当たり前だろ。今、初めて言ったからな」


は、ソファに腰掛けたまま、俺宛の菓子を物色している。
俺の視線を感じたらしく、手を止めてこちらを見る。
目が合った。
瞬きする間、の姿を見られないのすら惜しい。


「隊長」
「なんだ?」
「このお菓子、全部もらっちゃいますね」
「構わねえよ。持っていけ」
「今日は誰からも、もらっちゃダメですからね」
「わかった」
「約束ですよ!」


俺は返事の代わりに右手の小指を差し出した。
は少し頬を赤く染めて俺の小指に自分の小指を絡める。
そして、恐ろしいことを口にするのだ。


「ゆーびきりげーんまん、うそついたら・・・私の卍解を隊長の口の中に突っ込みますからね!」
「おい、それはねえだろ。てかいつの間に卍解を会得したんだ!?」
「まだ未完成ですけどね」


絡めた指を離すと、はどこに隠し持っていたのか真っ赤な風呂敷を広げ、菓子を詰め込んで執務室から出て行く。
俺のことが好きなのか、単に菓子がほしかったのか、どっちなのかわからなくなる。
両方か。
風呂敷に納まらなかったと思われる箱がソファの側に落ちている。
手に取ると、箱の表面に大きく『日番谷隊長 大好き』と書かれていた。
この字はのものだな。
現世で見たキッズアニメのキャラクターのチョコレート。
手作りの甘納豆をもらうまでは、これで我慢だな。





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甘納豆のレシピがあって、作ってみようかなーと思ってしまう今日この頃。
今年は珍しくバレンタインなのにお菓子を作っていないので、次は甘納豆だな!

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