[ シンライカンケイ ]





午後の流魂街巡回は新人隊士の補助だったので、途中で問題ないと判断して後輩に任せて先に戻ってきた。
きっと乱菊さんは仕事を放り出して井上さんとの時間を楽しんでいるだろうし、隊長のお手伝いをしないと。
執務室の扉を勢いよく開いて「第三席、ただいま戻りました!」と声を張ってみたけれど、返事はなかった。
誰もいない。
開け放たれた窓の向こうから賑やかな声が聞こえる。
隊長の怒りに震えた霊圧も感じる。
和やかじゃないなぁ。
貴賓室へ向かうと、凍えそうな程に真っ青な顔をした檜左木さんがいた。
うちの隊長に何をやったんだか。
浮竹隊長と京楽隊長、やちるさんまでいる。


「ルッキーが白玉ぜんざいを作ってくれたんだよ。食べる?」
「ルキアさんが? それは私もぜひ食べたいです。元気になったのですか。よかったですね、浮竹隊長」
「ありがとう。さあ、も食べなさい」
「はい、あ、でもお椀とお箸がないですね」
「俺の、使えよ」


隊長が空になった汁椀と箸を差し出している。
私はそれを受け取って、寸胴鍋から白玉ぜんざいを入れる。
井上さんはまたしてもぺろりと平らげていた。
本当に、おいしそうに食べる人だ。

そういえば、臥せっていたからルキアさんのお見舞いにも行っていない。
後で会いに行こう。雛森さんにも会いに行こう。

白玉は柔らかくておいしい。
お汁粉も、甘くておいしい。
幸せだ。
おいしいものを食べられて、生きていられて。

汁椀から顔をあげると、浮竹隊長と京楽隊長が日番谷隊長と私を交互に見ていた。


「珍しいねぇ。天才児でも鼻の下を伸ばすんだ」
「それは言い過ぎだ、京楽。それにしても、日番谷隊長の顔が緩んでいるのは本当に珍しい」
「あれ、お二人に言いませんでしたっけ? 十何年も前から恋仲ですよ、うちの隊長と第三席は」


乱菊さんが古株の隊長達に伝えると、本当に知らなかったらしく驚いていた。
当の本人は頭をがしがし掻いている。
うっかり私の顔でも見つめてくれたのだろうか。
恥ずかしがってるのかな。かわいいな。


「別に隠してるわけじゃねえけど、訊かれたわけでもねえから黙ってただけだ」
「そうか、それにしてもめでたいな。日番谷隊長、式はいつやるんだい?」
「おい、まだ結婚するとかそういうんじゃねえよ」
「今はそれどころじゃないが、そういう日もいつかくるかもしれないな」


浮竹隊長は満足そうに微笑んでいた。
隊長と結婚するなんて、考えたこともなかった。
いつか、するのかな。
隣にいる隊長の顔を見ると、照れているようで少し顔が朱に染まっていた。


「はいはーい、二人の世界を作らないでくださいね。織姫がもう行っちゃいますよ」
「井上さん、またいらしてくださいね」
「はい! さんも、機会があれば現世にも遊びにきてくださいね」


現世、か。
久しく行ってないな。
昔、隊長と二人で行ったら、姉と弟に間違えられたっけ。

浮竹隊長と井上さんが去ってしばらくして、七緒さんが京楽隊長を連れ戻しにやってきて、ますます貴賓室は賑やかだ。
そして、隊長は今日の書類を乱菊さんの分も全部片付けていたらしく、
喜んだ乱菊さんが隊長に抱きついて、隊長は乱菊さんの胸で窒息しかける。
羨ましがっている檜左木さんを横目に、私は複雑な気分だ。

隊長は、今のままの私がいちばんいいと言ってくれた。
でも、やっぱり、心の奥では、私に言わないけれど、私に対して何か思っているかもしれない。
どうして、こう人間不信なのだろう。
藍染隊長が裏切ったことで、全部信じられなくなっているのかもしれない。
藍染隊長は、裏切ったつもりもないのだろう。私達が本当の姿を知らなかっただけ。

檜左木さんも、東仙隊長がいなくなって、心のどこかで寂しさや不信感を抱えているのだろうか。
言いかけた言葉がやちるさんによって遮られ、私よりも大きくて広い背中が、とても小さく見えた。



貴賓室の片づけを終えると、第四席が修練場で暴れていると連絡を受け、迎えに行く。
戦闘馬鹿なうちの四席は、なぜか隊長の言うことは聞かないのに私の言うことは聞いてくれる。
私の顔を見ると、すぐに直立不動になった。修練場から連れ出すと、その妻に押し付ける。
夫婦揃って戦闘馬鹿で私の言うことは聞いてくれるが、隊長につっかかっていく。
隊長の何が不満? 前の隊長の方がよいってこと?

なんだか今日は、心が疲れたな。
今日は仕事を切り上げて帰ろう。
そう思い、執務室へ急いで行くと、薄暗い部屋の中、隊長がソファで考え事をしている。


「隊長?」
か。修練場に行ってたのか」
「はい」
「あの馬鹿、俺じゃ扱いきれねえからな。いつもすまん」
「いえいえ、それも私の仕事の内ですから」


隊長の瞳がいつもと違う。
なんだろう、困ったような、そんな瞳。


「隊長、何か困り事がありますか?」
「いつも、には無理をさせているなと思って」
「そうですか?」
「今日だって病み上がりで流魂街の巡回に行ってるし、書類も片付けてくれた。
 俺は、いつもに甘えているのに、は全然弱音も吐かないし、俺はそんなに頼りないか? もっと頼れよ」
「私はいつも隊長を頼りにしています。隊長がいるから、私も頑張れる」
「だったら、どうして不信感をあらわにしてるんだ? 昼間の件もそうだ。俺は、が傍にいてくれなきゃだめだって言ったろ?」


ああ、隊長が私に不信感を持っている。
このままじゃだめだ。
テーブルを挟んで隊長の向かい側に座ると、隊長は私の隣へ移動してきた。
そして、私に抱きついて胸に顔を埋める。


「たい、ちょ、う?」
「お前は、ずっと俺の傍にいろよ」
「はい、ずっと一緒にいます」
「俺には、お前しかいない」
「そんなことないですよ。乱菊さんや、雛森さん、他にもたくさんいます」
「俺が甘えられるのは、だけだ。ここは、すごく居心地がいい」
「乱菊さんの胸よりすごーく小さいよ?」
「あれは俺を窒息死させる凶器だ。俺は、ここがいい」


隊長の体をぎゅっと抱きしめた。
柔らかい髪が私の頬をくすぐる。
好きだよ。これからもずっと好きだよ。
もし隊長が私を裏切っても、私は隊長が好きだし、信頼しているから、隊長の信じた道を進んでくれればいい。
それで、お互い元気でいられれば、離れ離れになっても、きっと、大丈夫だと思う。

離れ離れになったことがそもそもないから、そう思うだけかもしれないけれど。


「冬獅郎」
「なんだ?」
「今度、二人きりで温泉に行きたい」
「ん、絶対行こうな」
「あと、甘味処に行きたい」
「うん」
「それから、新しい着物が欲しい」
「おい、なんか願望を列挙されてんだけど」
「だって、冬獅郎が甘えていいって言ったよ?」
「それは、ちょっと違うだろ」
「そっか、願望なのか。甘えるのとは違うんだね」


甘えるってどういうことをすればよいのだろう。
すると、隊長は突然話題を変えた。


「なあ、それより俺の写真集が出てるの知ってるか?」
「持ってる」
「はぁ?」
「乱菊さんが試し刷りをくれたけど、ちゃんと売ってるのも買った」
「お、おま、お前なぁ・・・俺がいるのに買ったのか?」
「会いたくてもお互い忙しくて会えないときとか、会いたいけど会いに行く元気がないときとかに見ると、幸せになれる」
「そういうときに『会いたい』って言ってくれれば、すぐに飛んでいくから。そういうのを甘えるって言うんだ」
「そうなの?」
「そうだ! 今度から、そんなもん見る前に俺をすぐに呼べ。全部放り出してすぐに駆けつけるから」
「ありがとう。でも、仕事を放り出すのはよくないよ」
「そういうことは言うな」
「へーい」
「返事がなめきってるな、コラ!」


隊長が私の頬をふにーっと掴んで左右に広げる。
隊長とソファの上できゃっきゃとはしゃいでいたら、乱菊さんが執務室に入ってきて散々厭味を言われたのは言うまでもない。




**************************************************

日番谷隊長の写真集、私もほしい〜!!
白玉ぜんざいが食べたい!!

朽木ルッキーとはクラスが違えど真央霊術院の同期なので、仲良しという設定。
inserted by FC2 system