[ こすれた爪 ]





藍染に切られた傷の治療のため、総合救護詰所にいた間、は一度も俺の元を訪れなかった。
少しくらい心配してくれてもいいのに。
まさか、俺が入院中だということを知らないのか?
そんなことはないだろう。松本は知っていたから顔を出してくれた。

に、会いたい。
声が、聞きたい。
体に、触れたい。

まだ入院中で目の覚めない雛森。
守れなかった。
俺は無力だ。弱いままだ。

執務室で溜まった書類を片付ける。
霊圧を感じ顔を上げると、執務室の扉が開いてが現れた。


、お前・・・」
「隊長、お元気ですか?」
「どこいってたんだ、今まで!」
「申し訳ありません。あの後、床に臥せてました」
「大丈夫なのか? だったら休んでれば・・・」
「隊長が戻ったと聞いたので、お会いしたくて、その」


伏せた目では、何が言いたいのかわからない。
は、そっと微笑んだ。


「おかえりなさい、冬獅郎」
「ただいま、
「生きて、戻ってくれて、ありがとう」
「ああ、何があっても、の元に戻るから」
「はい」


立ち上がっての頬に左手を添えた。
は、俺の左手に自分の右手を重ね、俺の手を握る。
口付けようとしたら、の言葉に遮られた。


「冬獅郎、親指の爪、がたがた」
「ああ、それは・・・」
「噛むの、癖?」
「昔、癖だった。もう、二度とやらねえと思ったのにな」
「そっか」


は何も言わなかった。けれど、察してくれたのだと思う。
爪切りを棚から出し、「雛森さんのお見舞い、今度一緒に行きましょうね」と言った。


「さ、座って。左手、出して」
「何すんだ?」
「やすりで削るよ。何かに引っかかって爪が割れたり剥がれたら嫌ですからね」
「別に、の手じゃねえんだから、どうだっていいだろ」
「その手で触れられる私の身にもなってくださいよ、隊長!」


今は、上司と部下の関係なんだな。
名前の呼び方、話し方ですぐにわかる。
俺の手を掴むの手のぬくもり。
ぎりぎり、と俺の爪とやすりがこすれる音。
始めは一定のリズムを刻んでいた音も、だんだん崩れていき、最後には消えてしまった。
代わりに聞こえたのは、嗚咽。


、泣いてるのか?」
「隊長が戻ってきてくれて、本当に、本当に、よかった」
「泣くなよ。俺はいつだって、の傍にいるから」
「う、ん」


握った俺の手を、は額に当てるように前かがみになる。
さらっとの髪が流れる。
その髪に指を通して梳いてやる。


「落ち着いたらさ、二人で休みをとってどこかに行こうな」
「え?」
「たまには、いいだろ。もっとと一緒にいたい」
「ありがとう。でも、私には気を遣わなくていいです」
「どうして?」
「藍染惣右介の件も、雛森さんの件も、いろいろあるでしょう? 瀞霊廷が落ち着くのは、当分先。
 無理に時間を作らなくても、私は死神としての職務を全うする中で、隊長と一緒にいられればそれで幸せです」
「もっと、欲張れよ」
「隊長は、欲張りですね。もう少し、爪を削りますよ。終わったら貴賓室の掃除しますので」
「誰か来るのか?」
「乱菊さんが、明日、旅禍の井上織姫さんをお招きになるそうですよ」
「そうか」
「だから、私も臥せってられません。
 乱菊さんはまだしばらく休んでいいと言ってくれましたけど、乱菊さんが掃除してくれるとは思えませんし」


涙で濡れた顔のまま、は微笑む。
右手の掌での頬を包み、親指で涙の跡をぬぐった。
束の間の休息。
今だけは、この平穏な時間が、永遠に続いて欲しいと思った。




**************************************************

小説の序盤で爪噛んでる日番谷くんが登場して、即行で思いついたけど書くまで放置してました。
私は指を吸うのが小学校高学年までやめられなくて、大変でしたねぇ。

inserted by FC2 system