[ やさしくて、涙が出るよ ]





食事時ではないため、食堂は食器を片付ける音が響いている。
そんな中、私は湯のみに茶を淹れてもらい、書類を書いていた。
執務室は隊長、副隊長の仕事場だから、借りるのは申し訳ない。
宿舎の自室に戻れば、やる気をなくしてしまうから、いつも食堂で仕事をするのだ。
もちろん、食堂に墨の匂いが漂うから、できる限り厨房から離れた隅っこで。

明日は非番だし、ゆっくりお酒が飲みたいな。
そんなことを思いながら筆を進めていると、仲のよい料理人の女性がお菓子の包みを差し出してくれた。


さん、もらいものですが、よければお召し上がりください」
「お気遣いありがとうございます。現世のお菓子ですか?」
「ええ。松本副隊長に頂いたのですが、消費期限が今日のものばかりで食べきれないので」
「ふーん、今日って何日だっけ」


菓子の包装を眺めて消費期限の表示を探す。
【12.20】という西洋数字の羅列。
血の気が引いた。
今日は、日番谷隊長のお誕生日だ。


「今日は隊長の誕生日・・・完全に忘れてた。どうしよう・・・」
「何かされるのですか?」
「何も考えてないので、お先真っ暗です。今日はこの書類を仕上げたら、逃げ帰ります」
「お祝いしなくとも、減給にはなりませんよね?」
「日頃の行いが悪かったら、なるかも・・・」


震える指で包み紙をはがした。
ホワイトチョコレートに包まれた菓子。
まるで隊長みたい。
そんなことを思えば、菓子が食べにくくなる。
とはいえ、甘いものには目がないので、口の中に入れた。
こういうときは紅茶が飲みたいな。
気が利く料理人の彼女が、紅茶を淹れてくれた。
彼女みたいなことを、私ができればいいのに。
誰に対して? そんなの、日番谷隊長に決まっているじゃない。

好きだから、何かしてあげたいし、笑って欲しい。
それなのに、誕生日を忘れるなんて最低だ。
そんなに忙しかった?
確かに、現世へ行ってウイルス性の病気にかかったり、女性死神協会のイベントを企画したり、真央霊術院の授業のお手伝いをしたり、何かと忙しかった。
師走に入ってから、今日まであっという間だった。
病気以外で体を休めた日がない。
ゆっくりお酒を飲んでる場合じゃないな。今夜は家でくつろごう。明日の休暇を有意義に過ごすために。

執務室へ書き上げた書類を届けに行くと、誰もいなかった。
隊長は隊首会、副隊長は瀞霊廷内を巡回中。
何も言わずに置いていくのは気がひけたので、ソファに腰掛けて誰かが戻るのを待つことにした。

窓の向こうが橙色に染まっている。
日が落ちるのは早くなったな。もう冬だもの。
明日は何をしよう、そんなことを考えていたら眠くなってきたので目を閉じた。





、おい、、起きろ」
「う、ん・・・」
! こんなところで寝てたら風邪ひくだろ」


体を揺すられ、目を開くと銀髪の少年がこちらをまっすぐ見ている。
少年と言えど、白い隊長羽織を身につけ、立ち振る舞いも私以上に大人な彼。


「た、隊長! 申し訳ありません、仕事中に居眠りするとは一生の不覚」
「疲れてんだろ? 今日は早く休め」


執務室で居眠りして、しかも隊長に起こされるとは隊士として恥ずべき行動。
しかも、今日は隊長の誕生日。
プレゼントを用意していない上に、誕生日のことを忘れていた。そして居眠り。
今回ばかりは減給だな・・・せっかく春に昇給して喜んだのに。


「本当に申し訳ありません。書類、終わったのですが誰もいらっしゃらなくて、置いていけず寝てしまいました」
「そう謝るな。二人揃って不在にした俺も悪かった」
「隊長が悪いなんて、とんでもないことです。全部私が悪いんです・・・」
「そんなに自分を責めるな。今日の、おかしいぞ。具合、悪いのか?」
「隊長、誕生日おめでとうございます」


目を見て言えなかった。足元しか、見えない。


「ありがとう。お前にそう言ってもらえると嬉しい。欲を言っていいなら、俺の顔を見てほしい」
「申し訳ありません。さっきまで、隊長の誕生日だということ、忘れてました。毎年お祝いしてたのに、私、最低です」
「思い出してくれただけで十分だ」


隊長が優しすぎて涙が出る。
余計、隊長の顔が見られない。


「ほら、書類は受け取ったから、今日はさっさと帰って休め」
「でも・・・」
「なんだ?」
「誕生日プレゼント、用意していないんです」
「気にすんな。俺はお前が元気に働いてくれればそれでいい。松本みたいにサボんねえならいいんだよ」


なんでこんなに優しいのだろう。
隊長の優しさに、甘えてしまうよ。どんどん弱く、脆くなってしまう。
隊長は机の上に山積みの書類の山と向きあってしまった。
もう私の存在なんて気にしないだろう。
小さな声で「お先に失礼します」と言い、執務室をそっと出た。
宿舎までどうやって戻ったのか記憶にない。
それくらい、ぼんやりとしたまま歩いた。

宿舎の前で、夕食を摂っていないことを思い出し、方向転換する。
すると、大量の紙袋を抱えた乱菊さんが私に紙袋を押し付けてきた。


「ごめーん、用事あるから、これ、隊長に届けてくれる?
 いろんなところで押し付けられちゃったのよね、隊長宛の誕生日プレゼント」
「えー、誕生日プレゼントを用意してない私には酷です〜」
「あら、それなら隊長のほっぺにチューでもしてあげれば、万事解決よ!」
「無理です、無理です、そんなことしたら、首を切られます」
「そーんなことないわよ。なら昇進確実。
 あ、でも十番隊じゃ昇進できないわね。が他の隊に異動するのは私も嫌だし、第一、隊長が手離すわけないもの。
 とにかく、そんな顔しないで、ちゃんと笑ってやってきておいで。今度私がおごるから、話聞かせてね」


乱菊さんに背中を押され、私は再び執務室へ向かう。
それにしても、うちの隊長の人気はすごいな。男女問わず好かれている。
それに、隊長には雛森副隊長がいるから、私なんてお呼びじゃないよ。
重い足取りで執務室へ向かう。
紙袋で塞がった手と、これからしようとすることに悩み、扉を開けられずに立っていると、
中から扉が開けられて、隊長が目の前に立っていた。


、どうして入らないんだ? 帰ったんじゃねえのか?」
「隊長・・・」
「入れよ。廊下じゃ冷えるだろ」


私が執務室に入ると、隊長は扉を閉める。
覚悟を決めろ。やるっきゃない。
持っていた紙袋を全部床に落とした。
私は「減給くらいでお願いします! 一生懸命働きますから、首は切らないでください」と叫んで、隊長の頬に口付けた。
そして逃げる。逃げようとして、何もない場所で躓いて派手に転んだ。
急いで立ち上がろうとしたけれど、上半身を起こし床に座った状態のまま、後ろから抱きすくめられて動けなくなる。


「た、たたた、隊長! ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい。だから首は絞めないで」
「絞めるか、バカ!」
「ごめんなさい、ごめんなさいー」
「謝るな! さっきのは、俺に好意を持っていると捉えていいんだな?」
「は、は、は、はいっ。そうです、そうなんです。
 隊長には雛森副隊長がいるのに、かなうわけないのわかってるのに、でも止められないんです」
「雛森は関係ねえよ。俺はお前だ好きだから、すごく、嬉しい」


首は絞まらない。呼吸はできる。
でも、隊長に抱きしめられていて呼吸が止まりそうだ。
隊長の髪が頬にかかる。隊長の頬が私の頬に触れる。


「た、い、ちょ、う?」
「好きだ。誰よりもお前が好きだ。特別な存在なんだ」
「わ、私も・・・好き、です」
「もう一回、言って」
「隊長が、好き」
「俺が隊長になる前みたいに、名前で呼んで」
「と、とうしろう、くん」
「『くん』はいらねえ。もう一回」
「冬獅郎」
「ありがとう、


隊長は腕を緩めて私の頬に掌を当て、顔を横へ向けさせる。
細めた碧緑の目は私を見ているようだ。
互いの顔が近づけば、それが合図。
私は目を閉じた。
唇には温かくて柔らかい感触。
離れていく感触を名残惜しいと思う。


「なあ、あれ何だ?」
「あの紙袋ですか? 乱菊さんに押し付けられました。隊長への誕生日プレゼントをいろんな人から押し付けられたそうです」
「ふーん。中身、確認しとけ。欲しいものがあったら、持って帰っていいぞ」
「えっ、隊長へのプレゼントですよ?」
「そんなもん、俺のものはお前のものだろ? それから、ふたりきりのときは『冬獅郎』」
「はい」
「敬語もなし」
「うん、冬獅郎」


隊長は私の頭をポンポンと軽くたたき、立ち上がって私の前で手を差し出す。
私はその手をとり、立ち上がる。
こうやって向き合うと、隊長は私より背が低いことが明白になる。
いつか、追い抜かされるのだろうけど。

床に散らした紙袋を拾い上げ、ソファまで運んで一つずつ開く。
現世のお菓子、現世の服、上物の着物や袴、本、筆、墨。実用的なものばかりだ。
最後の一つを開く。
軽くて大きい包みの中には、毛布が入っていた。
隊長の瞳と同じ色。
包みを畳むと、開いたときには気がつかなかった手紙が貼り付けられていた。


【誕生日おめでとうございます。隊長の瞳と同じ色のブランケット(毛布)を現世で見つけました。
 この色はエメラルドグリーンといって、エメラルドは幸福という意味の石のことですって。
 と一緒に被ってイチャイチャして幸せになってくださいね。 乱菊】


これはどういう意味だろう。
乱菊さんは、隊長が私のことを好きだと知っていたのだろうか。


「やっぱり、冬獅郎へのプレゼントだから、もらえないよ。整理したから、持って帰ってね。お菓子は棚にしまうよ?」
「ああ、頼む」
「あと、これ、乱菊さんから。仕事の邪魔しちゃ悪いから、私は帰るね」


私は畳んだ毛布の上に乱菊さんの手紙を添えて、隊長に差し出した。
隊長に背を向け執務室を出ようとすると、視界が暗くなり、頭の上から毛布をすっぽり被っていた。
振り返ると、隊長が笑っている。


にやるよ、それ」
「えっ、でも」
「今日は冷えるからな、暖かくして寝ろよ」
「うん。冬獅郎も無理しないで」
「ああ」


本当に、隊長は優しすぎて涙が出るよ。
隊長の瞳色の毛布をぎゅっと抱きしめ、私は執務室を出た。




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朝起きて、パンの消費期限で自分の誕生日に気付くことがあるので。
日番谷隊長、誕生日おめでとう!!!
後を追うように、私も誕生日だわ・・・

乱菊さんは、隊長の想い人が誰なのか知っているわけで。
ヤキモキしている乱菊さんを想像すると楽しい。

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