[ 月明かり 照らす先 ]





、これ」
「あ、うん。八番隊ね。行ってきます」


言わなくても、書類を見ればどこへ届ければよいのかすぐにわかる。
多分、日番谷くんは私に頼みごとをしたくないのだと思う。
私はそう感じて、日番谷くんが言い切る前にさっして受け止める。
遠慮なんてしなくていいのに。
今は仕事中なのだから、私とあなたは恋人同士ではなくて第四席と第三席という上下関係があるのに。

少し肩を竦めて執務室を出る。
ソファでくつろいでいた乱菊さんも、私に続いて執務室から出る。
そして、私の後姿に声を投げかける。


「ねえ、! 冬獅郎とうまくいってるの?」
「え?」
「書類を持ち逃げしているみたいに見えたんだけど。冬獅郎がしゃべってるのに遮ったでしょ?」
「はぁ、それはそうですが、うまくいってます」
「どういうこと?」
「それは、あの・・・うまくいっているということです」


いざ口に出すのは恥ずかしい。
恋人同士になりました、なんて私の口からはとても言えない。書けと言われても書けない。
「まあいいわ。詳しいことは、今夜、ね!」と乱菊さんはウインクしてお猪口を持ったフリをする。いや、徳利か。
今夜は女性死神協会から派生した女子会の日だ。
たまには、おいしいお酒とお食事を楽しまないと!




窓の外が夕日で赤く染まる頃、私は流魂街の巡回を終えて執務室へ戻る。
珍しく乱菊さんが執務室で仕事をしているなと思えば、どうやら締切を過ぎた書類を溜め込んでいたらしく顔が青ざめていた。
仕事の早い日番谷くんは不在。他の席官に頼めず、一人でやっているのだ。


「私も手伝います。他の隊長たちに叱られる前に、やりましょう」
「隊長不在なんだから、少しくらい大目に見て欲しいわよね」
「乱菊さんは締切を大目に見すぎなので、早めに言ってください!」


大慌てで書類を片付け、私は今日の報告書をまとめ、乱菊さんと二人で執務室を飛び出す。
ちょうど日番谷くんが戻ってきて、ぶつかりそうになるけれど、日番谷くんの腕が私の体を受け止めてくれた。
お礼もろくに言えず、乱菊さんと走って外へ向かう。
女子会のことを思い出して、私は足を止めた。


「日番谷くん! 今日は女子会だから乱菊さんとこのままお先に失礼するね」
「女子会? わかった、お疲れ。明日非番じゃねえんだし、二日酔いになるまで飲むなよ」
「うん、気をつける。また明日ね」


乱菊さんの姿が見えなくなったので、全力で駆ける。
どこへ提出するのかも聞いていないから、乱菊さんを見失えばどこへ行けばいいかわからない。
隊舎を出てすぐ、乱菊さんが九番隊の檜左木さんに絡んでいた。
どうやら書類を押し付けているらしい。
乱菊さんはこちらを見て満面の笑みでピースサインを出している。
私は苦笑いで返した。檜左木さん、うちの副隊長がいつも仕事を押し付けてごめんなさい。




乱菊さん御用達のお店に行くと、雛森さんと七緒さんがすでに座敷でくつろいでいる。
私たちもかなり早めに隊舎を出たつもりだったけれど、締切を過ぎた書類のせいで間に合わなかったようだ。
他の面々は急な仕事で来られないらしく、今日は四人で女子会だ。
少ないほうがありがたい。
乱菊さんが私と日番谷くんのことについて聞きたがっているから、人が多いと恥ずかしくて言えなくなる。
いや、人が少なくても恥ずかしいのだけれど。

果実酒がおいしくてたまらない。
できたての揚げ物がおいしくてたまらない。
何の遠慮もなく、楽しめる一時。
急に乱菊さんがこちらへ話を振る。
顔が少し赤く染まっている。相当飲んでいるようだ。


「ねえ、。昼間、冬獅郎とうまくいってるって言ってたけど、どういうこと?」
「あ、あの、そのとおりで、うまくいってます」
「そんな言い方がじゃわからないわよ」


乱菊さんがふてくされていると、雛森さんがバンとテーブルを叩いて上半身を起こした。
皆、音に驚くし、何より雛森さんの行動に驚く。


「日番谷くん、言ったの? さんに『好き』って言ったの?」
「えっと・・・うん、言われた」
「やっと言ったんだー。よかった。いつになったら言うの? まだ言わない? の繰り返しだったから、安心した」
「えっと、雛森さん?」


どうやら日番谷くんは私のことを昔から好きだったらしく、それを乱菊さんも雛森さんも知っていたみたい。
さすがに七緒さんは直接知っていなかったけど、話は二人から聞いていたそうだ。


「ほーんと、いっつものこと見てるし、も冬獅郎の視線に気付いてるんだろうって私は思ってたんだけど全然気付いてないし、
 あんなにねっとりした視線で見られたら、気付くものだと思うんだけど」
「乱菊さん、ねっとりなんて言わないでくださいよ。
 日番谷くんのさんを見る目は、すごく優しくて、大事にしたいっていう目ですよ」
「冗談よー、雛森。そんなに怒らないで。それは私もよくわかってるの」


雛森さんは日番谷くんと幼馴染で家族のように育っているから、逆に嫌われるかなと思ったけれど、歓迎されているようで安心した。
少し考えこんだ七緒さんの発言は、意外なものだった。


「私は、さんは志波隊長のことが好きなのかなと思っていたのですが、はずれでしたね」
「私が、志波隊長のことを?」
「ええ。志波隊長を信頼しているように思いましたので」
「うん、確かに隊長は私の命の恩人です。それこそ、家族のように思っています。
 ただ、隊長を好きという気持ちと、日番谷くんを好きという気持ちと、みなさんのことを好きという気持ちは全部違って、
 やっぱり日番谷くんを好きっていう気持ちは特別な好きなんだなって、思います」


言い終えたとき、三人ともこちらを見て微笑んでいた。
乱菊さんは張り切ってお酒を飲むし、注文する。
乱菊さんにお酌されたら、断れずついつい飲みすぎてしまう。
酔いが回ってきた頃、檜左木さんと吉良くんが店に現れ、乱菊さんは二人と一緒に二件目に向かうと言い出す。
もちろん他の三人は帰るわけだけれど、私がふらついているものだから乱菊さんが伝令神機で誰かを呼び出している。


「とーしろー、あんた暇でしょ? がふらついてるから迎えに来てー」
「ちょっと、乱菊さん。私一人で帰れますから、大丈夫ですって」
「ダメ! 七緒と雛森は方向が同じだから心配ないとして、あんた一人で帰すわけにはいかないわ。
 というわけだから、ヨロシクね、冬獅郎。どうせデートなんてしてないんでしょ? たまには二人きりの時間も作りなさいよ」
「乱菊さん・・・」


ウインクした乱菊さんは私の肩にぽんと手を載せる。
「今日は私の奢りよ」と気前よく代金を支払い、男連中を引き連れて次の店へと歩いていく。
雛森さんは日番谷くんが来ると聞いて、七緒さんと慌てて帰っていく。
「二人の邪魔しちゃ悪いしね」と、大きく手を振って去っていった。
私は店の前で一人ぽつんと立つ。
呼ばれてそんなにすぐ来れるとも思わないから、空を見上げて待った。
星が煌く、月明かりが落ちてくる。

冷たい風が頬を撫でる。
通りを日番谷くんが走っている。
私は慌ててそちらに駆け寄った。


「ごめんなさい。乱菊さんが無理矢理頼んでしまって」
「そんな足取りだったら、そりゃ頼むよな。本当に、大丈夫か?」
「うん、全然気持ち悪くないし、ちょっとふわっとするけど、大丈夫だよ、きっと」
「無理、すんなよ」


日番谷くんは私に手を差し出す。
私は頷いて、その手を取った。
日番谷くんの体温と私の体温が、溶けて混ざりそうだ。
足取りのおぼつかない私を、日番谷くんはリードしてくれる。
何もない場所でつまづいて前のめりになりそうになり、よろけて立ち止まる。


「隊舎まで、おぶってやろうか?」
「だ、だだ、だいじょうぶ。恥ずかしすぎてむりムリ無理」
「そこまで拒否しなくても・・・」
「ごめんなさい。だって迎えにきてもらうだけでも日番谷くんに迷惑かけてるのに、これ以上何かしてもらうなんてできないよ」
「俺が来たいと思ったから来たんだ。が迷惑だって思う必要はねえ。俺も、自分が嫌なことはしねえよ」


日番谷くんが手を強く握る。
私は何もできず、繋がれた手に引かれるまま、隊舎に向けて歩いた。
心地よい沈黙が続く。
月明かりが日番谷くんの顔を照らすから、横を向けば夜道でも日番谷くんの表情はよくわかる。
でも、何を考えているのかまでは読めない。
私の視線に気付き、日番谷くんが口を開く。
今だけは、日番谷くんの全部が、私のものみたいに錯覚する。


「どうした?」
「ううん、なんでもない。日番谷くんとふたりきりだなって思っただけ」
「そうだな。隊舎以外でふたりきりになることなんてないもんな」
「私は、日番谷くんと一緒に十番隊で働けるだけで、幸せだけどね」


日番谷くんは眉をハの字に曲げて、顔を逸らす。
私、何かいけないこと、言っただろうか。


「嬉しいけど、足りねえんだ」
「足りない?」
「うん」


日番谷くんは私の真正面に回り、繋いでいない方の腕を強く引く。
引かれて私の体は前に倒れこむから、踏ん張ろうとして目の前には日番谷くんの顔があって、頭の中がパニックに陥る。
多分、互いの唇が触れたと思う。
「悪い。触れたいって気持ちが、止められなかった」日番谷くんは顔を逸らして言う。
悪いことなんかじゃないよ。
でも私の口からは何も言えなくて、黙っていたら日番谷くんはまた私の手を引いて歩き出す。

さっき、日番谷くんに触れた唇が熱くなる。
酔っているせいかな。日番谷くんと離れたくないよ。
ずっと、手は繋いでいるけれど、それだけじゃ物足りなくて。
足を止めて、「日番谷くん」と名前を呼んで、今度は自分から日番谷くんの唇に触れた。


!?」
「ごめんなさい」
「いや、そうじゃなくて・・・嬉しい」
「あの、私・・・」


言えなかった。言葉も出なかったし、口が塞がれて言葉を発せなかった。
手と手が触れあうのと、唇と唇が触れあうのは、どうしてこんなに気持ちが違うのだろう。
体と体が触れあっているのはどちらも同じなのに。


、好きだ」
「私も、日番谷くんが、好き」
「隊舎まであと少しだ。まだ歩けるか?」
「うん、大丈夫。日番谷くんが一緒だもの。まだ歩けるよ」


私は日番谷くんの手に自分の手を絡ませて、また一歩足を進めた。




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乱菊さんと雛森ちゃんが、日番谷くんとヒロインの恋を応援しているのが好き派です。

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