[ 遠くの君を想い、願い、手を伸ばす ]





早く目が覚めていつもよりも一時間早く出勤する。
執務室へ顔を出せば、日番谷くんがすでに机に向かっていた。


「おはようございます」
「おはよう、。早いんだな」
「早く目が覚めちゃって。あっ、昨日乱菊さん酔いつぶれてたから、今日は遅刻すると思う」
「またかよ〜。副隊長の自覚あんのか?」


日番谷くんは、あまりお酒が好きじゃないみたい。
ああ、お酒じゃなくてお酒を飲んだ乱菊さんが好きじゃない。
私もお酒はそんなに好きじゃない。けど、お酒を飲んで陽気になった乱菊さんは好きだ。

昨日書けなかった報告書の続きを書こうと机に向かった。
」と私の名を呼んで、日番谷くんは立ち上がる。
日番谷くんは私の目の前に立って、手を私の髪に伸ばす。


「糸くず、ついてる」
「あ、ありがと」
の髪って、綺麗だな」


驚いて日番谷くんを見ると、目が合う。いつもより近い距離にいるので、恥ずかしくなって俯く。
「あ、悪い、変な意味はなくて、単純に綺麗だな、って、おもった・・・」尻すぼみに小さくなっていく日番谷くんの声。
褒められて、悪い気なんてしない。むしろ嬉しい。


「ありがとう。嬉しい。それくらいしか自慢できるものないから」
「そんなことない。他にもいいところ、たくさんあるだろ。お前が気付いてないだけだ!」


本当に、日番谷くんは優しい。私の背中をいつも押してくれる。
がんばらなくちゃ。しっかり働いて、皆の役に立たなくちゃ。
気合を入れて机に向かいなおしたところ、流魂街を巡回している隊士の伝令神機から緊急連絡が入る。


『松本副隊長、日番谷三席、いらっしゃいますか。
 西流魂街で虚数十体が暴れています。隊士も数人負傷しました。至急応援をお願いします』
「日番谷だ。四番隊も連れてすぐに向かう。、行けるか?」
「はい。準備万全です」


斬魄刀を腰に差し、出撃準備をする。
出勤したばかりの隊士を掻き集め、若い隊士に四番隊を呼びに行かせる。
執務室に戻ると、日番谷くんは乱菊さんへの置き手紙をしたためていた。
目が合うと、お互い無言で頷き、執務室を飛び出す。

流魂街のはずれまで駆ける。
小さな虚は他の隊士に任せ、日番谷くんと私、他の席官たちで大きな虚や暴れて手に負えない虚を倒す。
切っても切っても、増える虚。
分裂しているわけではなさそうだ。
出所を探してそこをつぶせばいい。
皆からはぐれて虚の出所を探す。
森の中、樹齢何百年もの木、その根が地面から露出している部分から虚が湧き出ている。
あの木を燃やしてしまおう。


「波動の三十一、赤火砲」
「サセルカッ、シニガミメッ」


木の裏から別の大型の虚が飛び出してきて、私の放った赤火砲を相殺する。
負けずに放ち続けるが、ことごとく相殺される。
皆がいる場所からかなり離れてしまった。
仲間の霊圧がうまく感じ取れない。
天挺空羅を使って皆に知らせるか。使っている間に、虚にやられそうだ。ただ、そうも言ってられない。
一か八か、敵を撹乱させ、背を向け木々の間に身を隠して天挺空羅を使って味方を探す。
お願い。日番谷くんに届いて。

捕捉成功。

です。樹齢数百年の大木の根元から虚が・・・ぐはっ・・・」
虚に見つかってしまい、私は吹き飛ばされた。
後頭部に強い衝撃を受けて、私の記憶は途切れた。




後頭部の痛みで目が覚めた。
目の前には白い空間が広がっている。
体を横に動かしたら、頬に貼られたガーゼがずれた。
顔に怪我をした。ただ、自分は生きている。
ならば、虚は退治できたのだろう。
少し安心して、私は体を起こした。
ここはベッドの上で、横には窓がある。
窓から見える世界は、建物の三階くらいの高さからの視点だが、見慣れた瀞霊廷の風景だった。


「四番隊隊舎かしら・・・」
「ええ。お目覚めですか、四席」
「卯ノ花隊長! 私は・・・」
「虚に吹き飛ばされたのでしょう。後頭部を打撲して、腫れています。痛むでしょうから、今日は横を向いて寝てくださいね。
 頬の傷は浅いのであまり痛まないと思いますが、明日の夜まで顔は洗わないでください」
「はい。手当てしていただき、ありがとうございます。」
「皆さん心配していましたよ。元気な顔を見せてあげてくださいね。夕食は隊士に運ばせますから、明日の昼まではこちらで安静に」
「畏まりました。お世話になります」


卯ノ花隊長の美しい言葉遣いと声音はとても好きだ。
去り行く卯ノ花隊長の後姿に深く頭を下げた。
入れ替わりに、乱菊さんと日番谷くんが神妙な面持ちで姿を見せた。
乱菊さんは私の名前を叫びながら飛びついてきた。


〜! 本当にごめんなさい。私が二日酔いでモタモタしていたから、あんたに無理させてしまって」
「ちょっと、乱菊さん。苦しいっ。痛い、です。頭触らないでください〜」
「あら、ごめんなさい。もう大丈夫なの?」
「安静にしていたら大丈夫みたいです。明日まで休むことになって申し訳ないです」
「あんたの分は私がやっとくから任せな、さ・・・う、ごめん、ちょっときもちわるい・・・」


表情がころころ変わる乱菊さん。二日酔いの影響か、気分が悪くなったらしく青ざめた顔で部屋を出て行く。
そんな乱菊さんを見て溜息をつき、部屋の隅にいた日番谷くんはこちらに近づいてきた。
どうしよう、二人きりだ。緊張する。
すっと日番谷くんの指が私の頬に伸びてきた。
少しずれたガーゼの上に軽く触れる。
痛くは、ない。
冷たい、日番谷くんの指先。
俯いた私の視線は、掛け布団の上に載せた自分の手を見ている。


「痛むか?」
「ううん、痛くない」
「守ってやれなくて、すまない。俺が、近くにいておきながら」
「そんなことないよ、私が弱かっただけ。日番谷くんのせいじゃない」
「俺のせいだ。俺が、早く気付いていれば、と一緒にいれば、が傷つくことなんてなかったのに」
「違う、違うよ。日番谷くんのせいじゃないから、そんな顔しないで」


悲痛で歪んだ日番谷くんの顔。
見ているのが辛い。
日番谷くんの指が私の頬から離れていた。
拳が強く握られ、震えている。


「俺は、弱い」
「弱くなんかない! 弱いのは私だよ。だから、いつも強くなろうって、日番谷くんを見ていたらそう思うの」
「本当に、俺のこと、見てるか?」
「え?」
「最近、俺の目を見て話してくれないだろ」
「それは・・・」


好きだから、近くで直視できなくて、遠くから眺めていることはできて。
そんなこと、日番谷くんは知りもしない。


「はっきり言わないってことは、そうなんだろ。俺の目を見て話すのが嫌なんだろ。
 なあ、俺、に嫌われるようなことしたか?
 それなら謝るから、の嫌いなことを言ってくれれば二度としないって約束するから、だから、
 月に一回くらいでいいから、他の連中と話すときみたいに、俺の顔見て笑って話してくれよ」
「ひ、つがや、くん・・・」
「俺は、が好きだ。だから、笑った顔が見てえんだよ」


永遠の静寂が広がったのかと思った。
頭の中が真っ白だ。
日番谷くんが、私のこと、好きって言った?
ああ、そうだ、仲間として好きなんでしょ。そうでしょ。
落ち着け、私。深呼吸しろ。


「悪い、そんなこと言いにきたんじゃねえ。が、生きててくれてよかった。
 ただ、さっき言ったことは嘘でもなんでもなくて、俺にとって大切なのは、、お前なんだ。
 女として、いやそれ以上に一人の死神として好きなんだ。
 俺のこと嫌っていてもいいから、迷惑じゃねえなら、仲間として傍にいさせてくれ」


最後まで、日番谷くんの顔が見れなかった。
日番谷くんの気配が遠のきそうになるのに、私は何も言葉を発せない。
動いて、私の口。ねえ、このまま日番谷くんに何も伝えなくていいの?
いいわけないじゃない。
ようやく手が動いた。
日番谷くんの手を掴めなかった。指先を少し掠めただけ。
そんなんじゃ、日番谷くんを留めることはできない。
そう思ったけれど、意外にも日番谷くんは足を止めた。
そして、振りかえってこちらを見る。
今度はちゃんと、恥ずかしくても目を合わせたい。


「ひつ、がや、くん」
・・・?」
「わたしも、日番谷くんが、好き」
「!?」
「好き、なの。好きって意識したら、顔見て話せなくなって、でも遠くから見ていることはできて、ずっと遠くから見ていた」
「本当、か?」
「うん、嘘じゃない。ずっと前から、きっと好きだったと思う。
 でも、日番谷くんが一緒にいることが当たり前すぎて、気付いていなかった」


日番谷くんが私の方へ一歩近づく。
そうしたら、指先が日番谷くんの手に届いた。
触れた手を、ぎゅっと手を握る。
日番谷くんが少し笑って手を握り返してくれた。


、ありがとう」
「それは私の台詞だよ。いつもありがとう。日番谷くんがいるから、いつも頑張れる」
「うん、俺も、がいるから頑張れる。一緒に、強くなろうな」


日番谷くんの笑顔をこんな間近で見るのは何ヶ月ぶりだろう。
自然と笑顔になれた。笑うと、頬の傷が痛んだ。


「いたっ」
「大丈夫か? 卯ノ花隊長、呼ぶか?」
「ううん、笑ったら頬の傷が痛んだだけ。傷口も開いてないと思うし、大丈夫」
「無理、すんなよ」


日番谷くんの指先が、私の頬のガーゼに触れる。
少しだけ微笑んでみた。少しだけなら、頬の傷は痛くならない。


「俺、戻るな。また、明後日」
「明後日?」
「明日も休めよ。仕事なら二日酔いの抜けた副隊長がやるだろうし、俺もいるから心配するな」
「う、ん・・・」


明日も日番谷くんに会いたいと思ったんだけどな。
口をへの字にしていると、日番谷くんの指先が頬から離れて私の頭をくしゃっと撫でた。
無邪気に笑って日番谷くんは部屋から出て行った。

挑発的ではなく、普通に笑うととても可愛らしいんだよ、日番谷くん。
本人には、絶対言えない。言ったらきっと不機嫌になる。
早く明後日にならないかな。

好きで好きで、日番谷くんに会いたくてたまらないよ。




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一段落つきました。
報われない恋でも傍にいられれば幸せ、って甘い気もするけど、日番谷くんには似合いそう。


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