[ きっと、ずっと、好きだった ]





まわる。めぐる。頭の中に響き渡る声。


「俺がここにいるだろ」


いつも日番谷くんに励まされる。
辛いときも、楽しいときも、いつも日番谷くんと一緒だった。
気がつかなかった。
傍にいるのが当たり前で、日番谷くんが私の中でとても大きな存在になっていることに気づけなかった。

あのときの日番谷くん、苦しそうにしていた。
虚討伐で怪我をして傷が痛むときより、ずっと苦しそうだった。
そんなふうにさせてしまったのは、私のせいだよね。

一瞬で、頭の中が真っ白になった。目が覚めたんだ。
志波隊長がいなくなって辛い思いをしているのは私だけじゃない。皆、辛いんだ。
席官が落ち込んでいてどうするんだ。
私たちが隊を引っ張っていかなくちゃ。隊長が戻ってくるまで、十番隊をしっかり守らなくちゃ。

『ありがとう』という言葉だけでは伝えきれなくて、『大好き』と言った私の言葉はうまく伝わらなかったみたい。
日番谷くんの苦しそうな表情が、日番谷くんの言葉と一緒に私の中に留まっている。





日に日に、私は日番谷くんの顔を見ることができなくなった。
どうしてだろう。見ていると緊張して鼓動も早くなる。声がかすれる。
執務室でふたりきり。
日番谷くんが私に書類を差し出している。


「これ、の分」
「わかった。やっとくね」


書類を受け取るだけなのに、日番谷くんの指先に触れてしまった。
「ごめんなさい」と謝れば、日番谷くんと目が合う。
碧緑の綺麗な目。
もっと、ずっと見ていたい。けれど、すぐに逸らした。
指先が熱い。手が震える。

動揺していることを悟られまいとして机に向かう。
筆を手に取り、目だけを動かして日番谷くんの様子を伺う。
棚にある昔の資料に目を通していた。
日番谷くんのことを見ている場合じゃない。仕事しなくちゃ。





穏やかな日差しが降り注ぐ日。
他隊から受け取った書類を抱えて縁側を歩いていると、隊士たちが木を取り囲んでなにやら騒いでいる。
足を止めると、日番谷くんがはしごを木に立てかけているところだった。
細身の男の隊士が、手に何かを載せたままはしごを上っていく。
日番谷くんと他の隊士は、はしごが倒れないように手で押さえている。

そういえば、あの木の上に、鳥の巣があったっけ。
見上げると、葉の間から小枝の塊が見えた。
皆で巣から落ちた雛鳥を巣に戻そうとしているようだ。
隊舎に広がる微笑ましい空間を見ていたくて、しばらく縁側でぼーっとしていた。

そよかぜが私の頬を撫でる。
隊士たちの髪もなびく。
もちろん、銀髪も風にそよぐ。
ようやくはしごの先まで上った隊士が、手をそっと伸ばして巣の中へ雛鳥を戻してやる。
一同、感嘆の声をあげる。
日番谷くんも笑っている。
あの顔、とても好きだ。
口元が緩んでしまう。
ふわっと甘い香水の香りが漂ってきて、隣の気配に気付く。


「なーにしてるのっ?」
「乱菊さん! お疲れ様です。落っこちた雛鳥をみんなで戻していたみたいです」
「うん、それは見てたから知ってるわよ。あんた、冬獅郎ばっかり見てたわよ」
「あわわ、えっ、そ、そうですか?」
「わかりやすいわね、あんた。冬獅郎のこと、好きなの?」
「好きっ? そうなんですか? ・・・よく、わからないです。
 近くで見てるとドキドキして、喉がカラカラに渇いて、顔も合わせられなくて、でも遠くから見ていると、すごく幸せな気分になれて。
 日番谷くんの笑った顔がすごく好きで」
「そういうの、好き、っていうんじゃないかしら」


『好き』ってこういうことなのかな。初めての感情だからよくわからない。
志波隊長を好きな気持ちとも、乱菊さんを好きな気持ちとも、お団子がおいしくて好きという気持ちとも違う。
そっか、好きなんだ、日番谷くんのこと。
特別なんだ。日番谷くんのことを、好き、という気持ちは。


「困ったことがあればいつでも私に言いなさい。相談にのるから」
「はい! ありがとうございます」
「いい笑顔ね。そうやって笑っていたら、冬獅郎も嬉しいはずだから」


散り散りになっていく隊士たち。
日番谷くんは私たちに気付いてこちらにやってくる。
私の手の中の書類は日番谷くんに奪われた。
「俺がやっとくから、十一番隊の書類を回収してきてくれ」と言われ、私は頷く。
私より小さい背を見送り、私は清々しい気分で十一番隊へ向かった。




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灯台下暗しってやつ。

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