※60巻以降のお話





      [ beside you ]





隊舎まであと少しというところで大粒の雨が降ってきた。
門番の隊士が俺の姿を見つけて傘を持ってきてくれた。
差し出された傘を受け取り、礼を言う。


「日番谷三席、お疲れ様です。他の隊士と虚退治にでかけられませんでしたっけ?」
「お疲れ。あいつらは十一番隊が宴会しているらしく、巻き込まれてた」
「そうですか…宴会好きの松本副隊長が行けなくて残念がりそうですね。今は執務室で書類整理してますよ」
「また俺との分、割り振ってんのかよ…」


苦笑いする隊士に別れを告げ、俺は執務室に向かう。
湿度が高い隊舎内は閑散としている。執務室も、副隊長以外誰もいなかった。


「あら冬獅郎、おかえり。それより見かけなかった? お団子一緒に食べようと思ったのに…」
「知らねえな」
「今朝、食堂で約束したのに、もうわすれちゃったのかしら」
「その書類やるのが嫌になったんだろうよ」
「えー、じゃああんたがやりなさいよ!」
「自分でやれ!」
「あんた、副隊長に向かってその態度、改めなさい」


溜息をついて机の上に置かれた書類に向き合う。
隊長がいた頃も書類はたくさん書いた。
少しはあの頃より仕事が早くなっただろうか。
副隊長も机に向かっていた。
ようやく仕事をする気になったらしい。
雨が地に打ち付けられる音、筆がすべる音、紙がめくれる音、それだけが響く執務室。
ずっと黙っていた副隊長が急に口を開く。


、遅いわね。何してるのかしら」
「さあ・・・」
「好きな子のことくらい把握しなさいよ」
「それは関係ねえだろ!」
「あるわよ。いつもねっとりした視線送ってるくせに」
「送ってねえ!」
「冗談よ。冬獅郎ったら真に受けちゃってかわいい」


からかわれている。十番隊は部下をからかう死神が上司になるらしい。
呆れていたら、今度は真面目な顔で尋ねてくる。


「好きって言わないの?」
「まだ、言わない」
「『まだ』ねぇ。放っていたら他の男に捕られるわよ」
「それはねえな」
「あら! 自信あるのね」
「あいつは・・・」


誰にも興味がなさそうだ。
実際、告白して振られた奴がたくさんいる。
顔がよくても、優しくても、成績がよくても、仕事が早くても、金を持っていても、駄目らしい。
だったら何がいいんだよ。どうしたら振り向いてくれるんだよ。

「あっ、ちょっと、見かけたらお団子あるから戻っておいでって伝えといて〜」
執務室を出た俺の背中にかけられた言葉に、俺は片手をあげて返事した。

隊舎内を一人ふらつく。雨だからか、皆どんよりと暗い表情をしている。
と仲がよさそうな隊士を見かければ声を掛けるが、皆、首を横に振り居場所はわからず。
ふと、思い出した。今日はあれから一年経つ日だ。
小走りで隊長の私室に向かえば、縁側に小さな陰を見つけた。


・・・」
「あ、日番谷くん」
「こんなところにいたら冷えるだろ?」
「座布団敷いてるから大丈夫だよ」


儚い笑みを浮かべる
時折、風が吹いて雨は板敷きを濡らす。
俺はの隣であぐらをかいた。


「隊長、帰ってこないね」
「ああ、何やってんだか」
「隊長はさ、私の命の恩人なの」
「え?」
「初耳? だよね。自分から誰かに話したことないもん」


昔、流魂街の住人だった頃、川魚を霊力で全滅させたことがあるらしい。
そのとき、住人たちの生活を脅かすとして命を狙われ、助けてくれたのが肩書きの無い頃の志波隊長だった。
そう、は語った。


「霊術院に入れてくれて、おかげで私は力の使い方を学んだ。
 身寄りのいない私を、家族のようにかわいがってくれた。年の離れた兄さんって感じかな」
「知らなかった。隊長は何も言わなかったし、どう考えてもセクハラ親父だろって」
「アハハ、そうだね、表向きは。だから、隊長がいなくなって心にぽっかり穴があいたみたいで、なんだか寂しい。
 家族がいるっていうのは、こういうことなんだろうなって。全部、想像だけど」


どこか遠くを見据えては言う。
こいつの瞳に、今は隊長以外誰も映らない。
なんとかして、俺をねじ込みたい。


「寂しいなら誰かを捕まえればいいじゃねえか」
「例えば?」
「例えば、・・・言い寄ってくる男とか」


ここで「例えば、俺とか」と言えればどれだけ心が軽くなるのだろう。
不甲斐ない。
は目を大きく開いてこちらを見たが、ゆっくりとまた遠くに目をやってしまう。
少しは俺を見て話せよ。
俺は、ここにいるのに。


「悪い人じゃないのはわかるし、私のこと大切にしてくれそうなのもわかるんだけど、何かが足りなくて」
「何かって?」
「それが何かわからなくて、結局、私はずっとひとりぼっち」
「バカヤロウ! 俺がここにいるだろっ!」


思わず怒鳴ってしまった。
そして、「言ってしまった」と思った。
言うつもりはなかったのに。
はどう思ったのだろう、俺の言葉を。
恐る恐るを見ると、俺が怒鳴ったことに驚いて硬直していた。
怒鳴ったことを詫びる。


「怒鳴って、悪かった」
「ううん、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「俺が・・・俺たちが、十番隊の仲間が、皆がいるだろ。独りだって思うな。誰かが絶対、お前の傍にいるから」
「そ、だね。皆がいるよね。
 隊長がいなくても、私にはたくさんの仲間がいて、日番谷くんがいて、乱菊さんがいて」
「そうだ。辛くなったらいつでも誰かに言えよ。俺でもいい。すぐに、飛んでいくから」


ようやくが笑った。
いつもの、俺が大好きな笑顔だった。


「ありがと。日番谷くんはいつも私の背中を押してくれる。そういうところ、大好きだよ」


嗚呼、その『大好き』は純度の高い『仲間として好き』という意味で。
俺のことを、男として好きと思っていないことは明白で。
嫌われるよりはまし・・・か。
副隊長の団子に癒してもらうかな。


「団子」
「あわわー、乱菊さんとお団子食べる約束してたの忘れてた。お茶淹れなくちゃ〜」


勢いよく立ち上がったは、座布団を手裏剣のように隊長の私室へ投げ入れ、襖を閉じて廊下を走っていく。
雨はほとんど止んでいた。
ゆっくり隊舎内を歩いていると、少しずつ人気が戻っていた。
雨が止んで、雨宿りしていた隊士たちが隊舎へ戻ってきたようだ。
給湯室でが他の隊員とお茶を淹れている。
執務室の扉を全開にすると、副隊長が真面目に仕事をしていた。


「明日は大荒れだな」
「えっ、そうなの? 明日休みなのに、つまんなーい」
「知らねえ。が今、茶を淹れてる」
「本当!? 休憩しましょ。冬獅郎、そこのお団子出しといて」


副隊長に頼まれて、戸棚の中の紙袋を取り出す。
みたらし団子、よもぎ団子、三色団子がそれぞれ四本ずつ。
三人で食べるには中途半端だ。
ソファに腰掛け、それらを卓の上に並べる。
スッと湯のみが差し出され、手の主は微笑んでいる。
副隊長は俺の向かいにドスンと大きな音を立ててソファに沈み込む。少しは静かに座れ。
は、すでに座っている副隊長に気を遣って、そっと座る。


「やっぱりお団子にはが淹れたお茶よね! いただきまーす」
「お褒めに預かり光栄です。私も遠慮なくいただきます!」
「一本ずつ余るだろ?」
「バカじゃないの、冬獅郎。志波隊長の分よ。だってちゃーんとお茶を四つ淹れてるでしょうが」


よく見ると、俺の隣には誰もいないのに湯のみがおかれている。
皆、わかっていた。隊長が現世で行方不明になって丁度一年経ったということを。


「本当に隊長遅いわね。現世で若い女の尻でも追いかけているのかしら」
「かもしれないですね。いい人見つけたのかなー」
「いい女二人を残して、まったく」
「元気だといいですね」
「元気に決まってんでしょ! 戻ってきたら、死ぬほど働いてもらって、私たちはバカンスにでも出かけましょ」


みたらし団子のたれは甘い。
副隊長と話しているの表情は柔らかい。
甘味で少しでも寂しさが埋まれば、それでいい。




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日番谷くんに「俺がここ(傍)にいるだろ」と言わせたかっただけで書き始めたんだよ、このシリーズ。
乱菊さんが苗字で呼ぶのと名前で呼ぶのって、何が基準なんだろう?
ちなみに、ヒロインを苗字で呼ぶのは、
「名前で呼ぶと冬獅郎に睨まれるから(呼びたいのに呼べないからって、上司を睨むな!)」
志波隊長はそんな日番谷くんをからかいたいがために、名前で呼ぶし、セクハラまがいなことをするのです。

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