[ ひとときのぬくもり ]





「明日、出かけるか」
 
 急に土方さんに話しかけられて、読んでいた本を手から放してしまった。膝の上に落ちたそれを土方さんが拾って私に差し出す。屯所の中で顔を合わせることはあっても、話すことが減っていたから話しかけられたことに驚いたし、更に言えばお誘いを受けているのにその言葉の意味がわからないくらいデートは久しぶりだった。

「お休みですか?」
「休めって言われた」
「そうですか。では、屯所でゆっくりお休みになった方が……」
「最近、一緒に出かけてないだろ。俺だってたまにはと一緒にゆっくり過ごしてぇんだよ」

 土方さんに大切にされている気がして心が温かくなる。ちょうど見に行きたい映画もあったから一緒に見に行こう。新しく開いたお店の料理がおいしそうだったから食べに行こう。それから、二人でゆっくり過ごして土方さんの疲れがとれることをしたいな。
 私の思ったことはほとんど叶った。これで土方さんは疲れが取れているのだろうか。かぶき町を並んで歩いて、閑散とした映画館で映画を見て、美味しいご飯を食べて私は9割くらいは満足している。足りないのは……。

 朝から夕日が沈む少し前までずっと二人きりだったのに、私たちの間には少し距離があって、触れられそうで触れられなかった。手を伸ばしても引っ込められて繋げなかった。

 土方さんと手を繋ぎたかったな。

 屯所に戻ってから離れで寛いでいたけれど、耐えきれなくなって母屋の副長室に足を運んだ。声を掛けてから部屋に入ると、土方さんは机に向かって事務仕事をしている。休みのはずなのに、全然休んでいない。休んだ体を繕うために私と一緒に外へ出ただけなのだろうか。

「お仕事ですか?」
「溜まってるからな、少しくらいは片づけておかねぇと、と会う時間も作れねぇしな」
「でしたら、今日は無理に休んで出かけなくてもお仕事すればよかったのに」
「休めって言われてたからな。それに、とも過ごしたかった」

 筆を休め、疲れた表情を隠すことなく私に向ける土方さんの姿が痛々しい。私を安心させるために顔をあげてくれたというのに、心が痛くなるだけだった。ここは私のわがままで来るべき場所ではない。神聖なる仕事場。
 今日は土方さんとお出かけできただけで十分幸せだ。そう自分に言い聞かせて副長室を出ようと立ち上がれば土方さんに呼び止められた。

「俺に用があったんじゃねぇのか?」
「土方さんの顔が見たかっただけなので、大丈夫です」
「俺は、大丈夫じゃねぇ」

 手を軽く掴まれたと思えば勢いよく引かれて、私は土方さんの腕の中にすっぽり収まってしまった。欲しかったのは手を繋ぐだけのぬくもりだったけれど、土方さんの胸の鼓動を感じて欲していたものはすっかり満たされて消えてしまった。

「スキンシップが、足りなかったな」
「いえ……」
「何度も手を伸ばしてきてただろ? わかってて繋げなかった。悪かったな」
「いいんです。こうしていられるだけで私は十分幸せです」
「俺が不甲斐ないせいでに寂しい思いをさせていることはわかってる。いつか埋め合わせしたいと思っているよ」
「もう十分幸せですから。土方さんの貴重なお休みなのですから、もう私のことは構わないでください」
「断る」

 土方さんも同じ気持ちだったのだ。触れたくて、触れられなかった。
 土方さんの背に腕を回し、そのぬくもりを全身で感じながらひとときを過ごした。





* * * * * * * * * *

1年以上ぶりの土方さんの話。随分前から書こうと思っていて書けずにいたのですが、ふとこの話を書きたくなったので。
先月、ドリパス上映会でFINALの映画の再上映を見て、いい話だったなとしみじみ思いました。
とはいえ、まだセミファイナルを見ることができていません。。。

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