[ 一角獣が翔んだあと ]



 将軍様がお隠れになり、罪人として松平様と近藤さんが拘束され、真選組もばらばらになり数日が経った。隊士の行方は知れず、私は近藤さんの計らいで恒道館道場でお世話になっている。すまいるやスナックお登勢の手伝いをしながら、職を探す日々を送る中、かぶき町の通りを歩いていると懐かしい姿を見かけた。服装は違っても、見間違えるはずがない。私の大好きなな人、土方さん。
 久しぶりに会えたことが嬉しくて小走りに近づくが、土方さんは私に見向きもしなかった。声を掛けても、一瞥しただけでまっすぐ前を見据えている。
 真選組の皆と離れ離れになって不安だった。土方さんに会えなくて寂しかった。いつもの土方さんなら、立ち止まって私の顔を見て優しくしてくれるのに、声すら聞くことができなかった。悲しいのに涙すら出なかったが、道場に戻ってお妙さんが「おかえりなさい」と微笑んでくれたのと同時に、堰を切ったように涙が溢れだす。
「おかえりなさい」と皆を出迎えた真選組の日々はもう戻らないのだ。
 お妙さんは泣きじゃくる私を、何も言わずにそっと抱きしめてくれた。
 それから更に数日後、お妙さんと新八さんは姿を消した。噂で真選組と攘夷党、そして万事屋が黒縄島で戦闘に巻き込まれたと聞いた。当主不在の恒道館道場を守ることが私の使命だ。そう言い聞かせてひとりぼっちの寂しさを噛み締めながら一日一日を過ごした。夜になると寂しさが募った。土方さんと過ごした楽しい日々を思い出そうとするが、最後に会った悲しい思い出しか浮かばず、毎晩袖を濡らした。

 しばらくぶりに当主である新八さんが戻ってきた。お妙さんは怪我を負った小銭形さんの看病をしているので別行動だという。一緒に銀時さんと神楽さんも顔を出してくれた。

「なぁ、。飯食ってんのか? やつれただろ」
「食べてます」
「食べてないアル。前と比べて顔がしゅっとしてるネ」

 ぺち、と神楽さんは私の頬を手で挟む。私より小さなこの手は、戦いで傷ついているはずなのに、優しくて温かい。大きさは違えど、土方さんの手のようで彼を思い出してしまう。土方さんのぬくもりがほしい。今、彼はどこにいるのだろう。

「銀時さん。土方さんは元気にしていますか?」
「顔見せてねぇの、あいつ? もう怪我は治ってるし、そろそろ発つって」
「けが……。たつ……って」
「聞いてなかったか……」

 銀時さんは頭を掻いて視線を泳がせた。罪人として真選組は裁かれる身。桂さんの提案で出奔することになるだろう、と銀時さんは言う。近藤さんは私の居場所を知っているが、知らせがないのは私を連れていく気がないということだ。
 溜息をつけば、察した神楽さんが背伸びをして私の頭を撫でた。江戸を離れる前に一目会いたい。話せなくても構わない。元気な姿を目に焼き付けたい。

  「明日の夕方、埠頭に行けば会えるはずだ。一緒に行こうか?」
「いいえ、一人で行きます。ありがとうございます」

 明日になれば土方さんに会える。三か月ぶりだろうか。気持ちが昂って眠れなかった。

 朝からあいにくの天気で雨が降っていた。少し肌寒く、唇が青ざめていた。こんな顔を土方さんに見せるわけにはいかない。頬と唇に紅を入れるが、血色の悪い顔を引き立たせるようにしか見えなかった。昼下がりにお妙さんが近藤さんと一緒に帰ってきて、いい雰囲気の二人の邪魔をするわけにもいかず、挨拶もせずに居間で本を読んで時間をつぶしてしまった。お妙さんと新八さんから近藤さんが帰ったことを聞き、慌てて飛び出すも近藤さんの姿はなく、埠頭を目指して歩いた。
 埠頭には真選組の隊士が集まっており、見知らぬ顔もいくつかあった。皆、神妙な面持ちで、声を掛けるのがはばかられる。コンテナの陰に隠れ土方さんの姿を探せばすぐに見つかった。駆け出して近づきたい。声を掛けたい。抱きしめてほしい。ただ思うだけで実行できず涙がぽろぽろと零れた。
 飛行船のエンジン音が騒がしく、耳を塞いで飛行船が飛び立つのを待った。会えないとわかっていればきっと未練もなくなる。早く飛び立って。そう願うのにエンジン音が消えることはなく、足音がかき消されて人が近づいてきたことに気づかなかった。

「こんなところでなんで泣いてんだよ」
「……ひじかたさん」
「会いたかった」

 姿を見られただけでも嬉しかった。会えなかった日々を思い出して涙が止まらない。そっと抱きしめられて土方さんのぬくもりを感じ、会いたかった人に『会いたかった』と言われて幸せだ。
 このままずっと一緒にいられたらいいのに、神様は残酷だ。

「江戸を離れることになった」
「一緒に連れていっては、くれないのですね」
「俺たちは幕府から追われる身だ。命の保障はできない。には江戸で待っていてほしい」

 土方さんたちが江戸に戻ってこられる保障だってないのだ。一分一秒、一緒にいられる時間を大事にしたい。わがままは承知の上、断られるのもわかって言った。案の定、土方さんは苦しそうな表情をした。

「明日死んでしまっても構わない。私は土方さんと一緒にいたい。私も連れていってください」
「……すまん、それはできない。江戸で、生きてほしい。元気でな」
「あと十秒、五秒でいいから一緒にいてください」

 縋るような気持ちだった。土方さんの顔を見れないまま俯いてしまった。一緒にいられる時間を大事にしたい、話したい、声が聞きたい。それなのに言葉が浮かばず涙が零れるばかり。
 五秒なんてあっという間。土方さんから離れなければと思うのに、なかなか離れられなかった。土方さんの腕を離した途端、腕を掴み返された。

「五秒で足りるのかよ。俺は足りねぇ。俺だってと一緒にいてぇんだよ!」

 目が覚めたようにはっとした。私だけではなく、土方さんも同じ気持ちなのだ。それを我慢して私を江戸に残していく。二度と会えないかもしれない悲しみを心に抱えたまま。
 土方さんに抱きしめられて、ひしひしと気持ちを感じとった。土方さんの優しさに甘えて、旅立つ足を引き留め続けた。

「そろそろ、行くな」
「はい」

 涙で濡れた頬を土方さんは優しく拭ってくれた。強くならなくちゃ。これからは一人で生きていかなくてはならない。どんなに悲しくても慰めてくれる人はいない。
 そんな私に土方さんは優しく声を掛けてくれた。

「必ず江戸に帰ってくる。いつになるかわからねぇけど、必ず帰る。だからそのときは、俺の、妻になってほしい」
「つ、ま……」
「そうだ、俺と結婚してほしい」

 ドラマの中で何度か見た光景と重なる。これはプロポーズ。私が受ける日が来るなんて想像もしなかった。ましてや相手が土方さん。真選組の副長が、どこの馬の骨とも知らぬ私と結婚することはない、結婚するのは良家の令嬢であっていつか別れがくると思っていた。
 物心ついたころからひとりぼっちだった。家族のいない私にとって、真選組の皆は家族のようだった。土方さんは、私の本当の家族になってくれるというのだ。

「わたし、土方さんと家族になれるの?」
「あぁ、そうだな。夫婦になって家族になりたい」
「嬉しい」

 土方さんの優しい嘘。私が悲しまないように、前を向いて進めるようについてくれた、陽だまりのようにあたたかい嘘。嘘でも嬉しい。
 止まらない涙を土方さんは指ですくう。少し微笑んだ土方さんは、とても穏やかな表情をしていた。嘘でも愛してくれてありがとう。私はこの先もずっと、あなたを想って生きていく。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

 ずっと泣いている私は見送りのときでさえ涙が止まらない。

「笑った顔を見に、必ず帰ってくる」

 最後の言葉は、今までの言葉が嘘偽りのないものだと語っている。
 遠ざかっていく背中と、飛び立っていく飛行船を夕日が赤く照らしていた。





お題はalkalismさんからお借りしました。

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4年半かかってようやく。
実は、土方さんが「さらば真選組篇」の最後にプロポーズしてさよならする話を書きたくて、土方さんの話を書き始めたのでした。 原作も完結したので、この後の展開も書けるし書くなら今だなと。

フライングで土方さん誕生日おめでとー!!

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