[ 涙の味はしたたか ]




明け方、雨戸を締め切った部屋の中では外の様子をうかがうことはできない。
枕元に置いた目覚まし時計は明らかにおかしな時刻を差している。寝ぼけて倒したらしい。
は隣で眠ったまま。
「かあ、さん」と小さな声が聞こえた。寝言だろう。

どんな夢を見ているのだろう。
は家族の顔も、そもそも家族と過ごした記憶も無いという。
家族と暮らしたい願望が現れたのだろうか。
俺ではの心を隙間を埋められないのか。
の頬を撫でると、まつげがかすかに動き、瞼が開いた。
ゆっくりと、顔を俺の方へ向ける。


「ひじかたさん」
「悪い、起こしちまったか」
「いえ」


虚ろな目のまま、は俺を見ている。
その目は夢の続きを見ているのだろうか。


「かあさん、って、寝言」
「夢を見てました。家族四人で過ごしている日々」
「四人?」
「父さんと母さんと兄さんと私」
「兄貴がいたんだな」
「いたのでしょうか。わかりません。三人とも顔は良く見えなかった。でも、幸せな時でした」


の片方の目から涙がこぼれた。
涙をぬぐってやると、は「ごめんなさい」と謝る。
謝らなきゃならないのはこっちの方だ。
夢の中とはいえ、幸せな時間を壊してしまった。


「悪かったな、夢の邪魔をして」
「そんなことないですよ」
「俺じゃ、駄目か?」
「え?」
「俺がいても、の心の隙間は埋められないか?」


はきょとんと目を丸くしている。
そうだな。埋められないよな。
いつも傍にいられない、優しくもない、気も利かない。
そんな奴に心の隙間を埋められるわけがない。呆気にとられているのだ。
の頬から手を離すと、その手をが両手で包み込んで自身の胸元に寄せた。


「土方さんの傍にいられて、私は幸せです。ごめんなさい、もう夢のことは忘れます」
「いや、忘れなくていい。ちゃんと覚えておけ。いつか、会えるかもしれないだろ、家族に。大事にしろよ」
「私には、土方さんがいます。真選組のみなさんも、万事屋のみなさんも」
「家族は、大事にした方がいい」
「土方さん……、私は、土方さんと一緒にいる時間を大事にしたい」


の目からまた涙がこぼれた。
俺は何をやってんだ。
俺との時間を大事にしたいと言っているを泣かせるなんて。
の体を抱き寄せた。
今が、いちばん大事な時間。二人だけで過ごす貴重な時間。


「泣かせて、ごめん」
「私こそ、泣いてばかりでごめんなさい」
「今日、休みとるな。一日、一緒にいていいか」
「お仕事大変なのに、休んで大丈夫ですか」
「仕事より、大事なもんがあるんだ」
「お仕事、より、大事なもの……」


今、いちばん大事なもの。
目の前にいるに、笑ってほしい。幸せでいてほしい。





タイトルはOTOGIUNIONさんからお借りしました。

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土方さんは仕事第一だと思う。
恋人は二番目、よりも下かもしれない。
でも、順番が入れ替わることってないですか?

今、この瞬間はこれが大事。
この人といる時間を大事にって。

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