[ おひさま に おやすみなさい ]





いただきものの割引券を片手に、商店街の反物屋へ向かう。
欲しいと思った反物が桃色しかなく、特注で緑色を作ってもらったら少しお高くなってしまった。
ちゃんと作れるだろうか。
人様が着る物を作るなんて初めてのことだ。さすがに初挑戦で外向きの物は作れないからパジャマを作ることにした。
喜んでくれるだろうか。
土方さんは私が作ったものならなんでも嬉しいと言ってくれるけれど、不安で仕方がない。
注文していた反物を受け取り、急いで屯所へ帰る。途中、バイクに乗った銀時さんに出会った。


「よう、。久しぶりだな」
「先週、会ったばかりじゃないですか」
「そうだっけ? なんか毎日会ってるような気がしたからさ、ちょっと会わないだけで久しぶりのような気がするんだよなぁ。
 ……ごめん、俺なんかより毎日会いたい奴がいるよな」
「いいえ、気にしないでください。毎日、姿は見かけてますから」


近頃、攘夷活動が活発化しているようで、土方さんは忙しくしている。
食事も睡眠時間も削って、いつも疲れた顔をして、今にも倒れそうなのに、でも休んだ方がいいとは言えなくて。
とても心配で、胸が苦しい。


「また無理して働いてんのか? にこんな顔ばっかさせやがって」
「えぇ、だからしっかり眠れるように、パジャマを作ろうと思ったんです」
「へぇ、それは反物か」


手提げ袋を覗き込んで硬直する銀時さん。
無理もない。私もこんな反物が存在するとは思わなかったから。
土方さんの大好きな、マヨネーズの柄。


「げ、マヨネーズ柄、こんなもんあったんだな」
「えぇ、私も驚きました。桃色しかなかったので、緑色を急いで作ってもらったんです」
「こりゃあ土方くんしか喜ばねぇな」
「喜んでくれるでしょうか?」
「愛しの彼女が特注してくれた反物で、手作りだろ? これで喜ばないのなら、どうかしてるよ」


銀時さんの言葉を信じて、ただ作るだけ。五月五日に間に合うように。


誕生日当日を迎え、土方さんが休みを取れないことは知っていて休みをとった。
周りは気を利かせて土方さんに休むよう言ってくれるけれど、土方さんが頷くわけもなく、私から何も言うことはない。
ひとりぼっちの休みは、寂しくて、つまらない。
休みを取るんじゃなかった。働いていたら、遠慮なく土方さんの部屋に行くことができたのに。お茶を淹れてあげられたのに。

離れの縁側でひなたぼっこ。本を読む気にもなれなくて、屯所の外へ行く気にもなれなくて、高く昇ったお日さまをぼんやり眺めていた。
眩しくて目を開けていられない。
土方さんみたいだ。皆に慕われて、信頼も厚くて、真選組に欠かせない存在。

せっかく作ったパジャマも、渡せないまま自室に眠らせている。
夜には渡したい。今日渡せなくても、明日でも、明後日でも。

考え事をしていて、近づく存在に気づかなかった。
困った表情の山崎さんが、頭を掻きながらやってきて、私の隣を指さす。
座ってもよいかと許可をとっているのだ。私は小さく頷いた。


「どうしたんですか、お休みなのに元気ないですよ」
「すること、ないので」
「副長の誕生日なのに、仕事でいないから、ですね。あれだけ皆で休んでいいって言ったのに、ちっとも聞いてくれないんですよ。
 今日くらい休んで、さんと一日中一緒にいて、好きなことすればいいのに」
「……」
「すみません、なんか……。えっと、寂しいですか? 副長がいなくて」
「いえ、そういうわけでは」
「いいんですよ、何も気にしなくて。副長には言いませんし、俺に言うのはタダですよ」


私の顔を覗き込む山崎さんは微笑んでいた。
いつも私たちのことを気遣ってくれる。


「少し、寂しい、です。でも、土方さんは大事なお仕事をしているから、私は大丈夫です」
さんが優しいから、副長も甘えるんです。寂しいから傍にいて、とか言った方がいいですよ。
 副長の邪魔になるとか考えたら負けです」
「そう、でしょうか」
「そうですよー。勇気を出して! 俺たち、いつでもさんの味方ですから。困ったことがあったらいつでも」


言ってくださいね、と続くはずだった言葉は途切れ、母屋から土方さんの怒声がとんできた。


「コラァァァ、山崎ィィィ。何サボってんだ!!」
「やべ、見つかった。それじゃ、さん、がんばってくださいね」
「あ、はい、ありがとうございます」


山崎さんは大急ぎで母屋へ戻り、土方さんの横を通り過ぎようとして首根っこを掴まれる。
捕らえられたのにもかかわらず、私に向かって親指を立てて、「健闘を祈る」とでも言いたげにしている。
どうしたものやら。
土方さんは私に見向きもせずに行ってしまった。
私に気づかなかったのだろう。
仕事中は、私のことより隊士の方が目に入るのだ。
恋人という特別な存在になれても、土方さんにとっていちばん大切な存在になれないのが、少し悔しい。











肝心な時に山崎は行方を暗ます。使えねぇ野郎だ。
屯所を一周してようやく見つける。
離れの縁側に腰掛けて休憩とはいい度胸だ。
怒鳴りつけて首根っこ捕まえて自室に戻る。
誕生日? それがどうした。
仕事が終わらなけりゃそんなもの意味がない。
一回怒鳴れば大人しくなる山崎が、珍しく俺に歯向かう。


「副長、仕事仕事って、仕事ばかりしてたら駄目ですよ。誕生日くらい休んでください。
 しっかり休んで、頭すっきりさせて、それからでいいじゃないですか」
「そうこうしている間に、浪士共を取り逃がしちまうわけにはいかねぇからな」
「そうこうしている間に、副長は本当に大切なことを取り逃がしてしまいそうですね」
「山崎のくせに何えらそうに言ってんだ」
「事実を言ったまでです。さっきまで、俺が何してたのかちゃんと見てましたか?」


そんなもの、離れの縁側でサボってたから怒鳴ったに決まってるだろ。
あぁそうだ、そうだった。離れの縁側に男が一人でいるわけがない。
隣にはがいたはずだ。
全く気づかなかった。


と、何を話してたんだ?」
「知りたかったらさんに聞いてくださいな」
「……」
「誕生日くらい、さんの傍にいてもいいんじゃないですか」


誕生日に休むことが理解できなかった。
だが、俺の誕生日を祝おうと待っている人がいることに気づかなかった。
は何も言わなかった。だから、も仕事なのだろうと思っていた。
待てど暮らせど、茶を淹れたは部屋に姿を見せなかった。
にはきちんと体を休めてほしいが、が休みの日は顔を合わせることが少なくなる。それがつまらなかった。

山崎の背中を見送り、踵を返す。
まだは縁側にいるだろうか。
のことに気づかなかった俺に愛想を尽かしているだろうか。
小走りで離れに向かうと、縁側で空を見上げるの姿があった。
俺の足音に気づき、視線をこちらへ移す。


「少し、いいか」
「はい。あ、お茶、淹れます」
「いい、気は遣わなくて」
「でも……」
「いいんだ」


の顔を見ると、心の重石が取れて軽くなる。
の隣に腰掛け、肩を借りる。
ほのかに香る甘い匂いに心が落ち着く。


「土方さん?」
「少し、肩貸してくれ」
「お休みになりますか? 布団、敷きましょうか?」
「いや、いい。このままで。それとも、重いから嫌か?」
「いいえ。私の肩ならいくらでもお貸しします」


腹の虫が鳴る。飯もろくに食っていない。
目を閉じると、本当に眠ってしまいそうなくらい疲れている。
このまま、の隣で眠ってしまおうか。
また甘えている、そう思われたって構わない。
俺の誕生日なんだ。少しくらい、構いはしないだろう。

「ごめん」
自然と口から出た言葉に驚きはしなかった。
のことを構ってやれない、優しくもしてやれない、傍にいてやれない。
それなのに、自分にとって都合のいいときだけ傍に置いて。



「何に謝ってるのですか?」
にだよ」
「どうしてですか?」
「俺は、いつも自分のことしか考えてないから」
「今日は土方さんのお誕生日ですから、土方さんの気が済むまで好きなだけ好きなことしていいんですよ」
「誕生日でなくとも、自分のことしか見てねぇんだ」


の肩から頭を離す。
俯いて、膝の上に作ったこぶしを見つめた。
すっと視界の端に映ったそれは、俺の手にそっと触れる。
両手で俺の手を優しく包み込む。


「誕生日おめでとうございます。土方さんがよく眠られるように、パジャマを作ってみたんです。今度、お召しになってください」
「いつも悪いな。俺はに気ぃ遣わせすぎだよな」
「私は、土方さんのお役に立てるのなら、何だってします。だから、今日はお休みになってください。
 ご飯も食べないで、ほとんど睡眠もとっていないと聞いています。土方さんが倒れてしまわないか、心配で、心配で……とても苦しくなるんです」


また泣かせてしまった。
笑っていてほしいのに、いつも俺はを泣かせてばかりだ。


「泣くなよ」
「ごめんなさい」
「そんなヤワじゃねぇから倒れたりしねぇよ。でも、今日は休むな。これ以上、に苦しんでほしくないから」


泣きじゃくるの体を抱き寄せた。
この体に触れるのも久しぶりだ。


「いつも、ありがとな。こんな俺のこと、大事にしてくれて」
「土方さんが、いつも優しくしてくれるから、私もたくさん土方さんに返したいんです」
「俺は優しくねぇよ」
「いいえ。いつも優しくて、強くて、頼りになって、困っているときは助けてくれて、危ないときは守ってくれて。とっても、大好きです」


涙で濡れたままのの頬が日の光に反射してきらめく。
見惚れてしまうほどの笑顔に、息を飲んだ。
それだけで、十分なほどの誕生日祝いだった。


「ありがとう。それだけで、もう十分だ」
「いいえ、私は十分じゃありません。ちょっと待ってくださいね」


は部屋へ入り、袋を抱えて戻ってくる。
例のパジャマだった。広げて驚いた。マヨネーズ柄だ。
物をもらえば嬉しい。それが自分の好きな物であれば一層嬉しい。
それを自分の大切な人が作ってくれたものなら、言葉にできないくらいに、だ。
柄にもなく、もらった袋を抱きしめた。
心が温かくなる。
すると、まぶたが自然と降りてきて、カクンと頭が前に倒れた、
の手が俺の腕に触れる。


「土方さん、もうお休みなってください」
「いや、せっかくも休みなんだから、もう少し……」
「少し眠った方がいいです。私はずっとここにいますから」
「わかった。じゃあ、邪魔じゃなかったら、の部屋で眠っていいか?」
「はい。すぐにお布団敷きますね」


の敷いた布団に潜り込むとすぐにまぶたが閉じてしまう。
もう少しの顔を見ていたくて伸ばした手は、の両手が受け止めてくれた。


「どうかなさいましかた?」
「あぁ、抱き枕が欲しいなって」
「私の体は抱き心地がよいとは思えませんが」
「よすぎて離したくなくなるくれぇだ。俺が眠ったら好きなことしていいからな」
「はい」


数時間、眠っただろうか。
夕焼けの眩しさに目を覚ました。
腕に力をこめれば、腕の中で何かが動く。
眠る前と変わらずに、は俺の腕の中で抱き枕になっていた。
開いた瞳を数回瞬かせ、は微笑む。


「おはようございます」
「俺が眠ったら、好きなことしていいって言ったろ」
「はい、だから好きなことしてました」
「寝るのがか?」
「寝るのも好きですけど、土方さんの傍にいることが好きですから、土方さんの腕の中で眠ることができてとっても幸せでした」


以前、俺も似たようなことを思った。
休みの日ぐらいと一緒にいたい、と。
が眠っていようが関係ない。普段、傍にいられないから、少しでも傍にいたい。
離したくない。離れたくない。
の体を強く抱きしめると同時に、腹の虫が鳴る。
恥ずかしさのあまり、の顔が見られなくなり、自分の胸にの顔を押し付ける。


「苦しい、土方さん」
「うん……」
「ご飯、作りますよ」
「どっか、食いに行くか。腹、減ってねえか?」
「土方さんの好きな物、食べに行きましょう」
「俺は、が好きなもん食って満足してくれりゃそれでいい」
「今日は、土方さんのお誕生日ですよ」
「腹なんて食えば満たされんだ。だったら俺は、の満足してる顔が見てぇな」
「私も、土方さんと一緒にお食事できるなら、何を食べても満足できます」
「欲がねぇな、は」
「土方さんこそ」


体を起こして、の体を抱き起こす。
いつ触れても軽い体。折れてしまわないか心配になる。
甘味が食えて、の体力も養える良い店はないか。
心当たりはいくつかある。
眠っている間に乱れた髪を結い直したは、布団の上でぼんやりしている俺を見下ろしていた。


「行こうか」
「はい」


立ち上がり、手を差し出すとは俺の手にそっと触れた。
いつか、消えてなくなってしまいそうだ。
指を絡めとっても、不安は消えない。
不安になるのは自分のせいだ。
今日まで生きていられたのはのおかげだ。
がいるから生きていける。きっと、これからも。


「ありがとう」
「なにがですか?」
「俺の誕生日は、が俺の傍にいてくれることに感謝する日なんだよ」
「そんな。今日は私が土方さんに感謝する日です。生まれてきてくれて、いつも傍にいてくれて、優しくしてくれて、ありがとうございます」


俺の腕に抱きつくを、そっと抱きしめた。





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アニメのリーダー入れ替わり篇で、マヨネーズ柄のパジャマを着ているのを見て、
あれが彼女の手作りだったらどうだろう、というところから思いついた話。
書き始めたのは春だったのに、公開した今はもう秋だよ。。。

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