[ 君に届くように星空にのせて ]





隊士の誕生日祝いで宴会を開いた翌日。
出張でしばらく江戸を離れる。
と少し会話をし、しばらくお預けとなる顔をしっかり見て別れた。
いつもと変わらない表情のだった。だから、その後でこんな会話を聞くことになるとは思わなかった。
は俺のこと、どう思っているのだろう。
の願いをきいてやれないほど、頼りないのだろうか。
もっとわがままを言って困らせてくれればいいのに。


さん、昨日はありがとうございました。隊士の誕生日を覚えるのも大変でしょう?」
「そんなことないですよ。記憶力は良い方ですし、ちゃんとカレンダーにつけてますから」
「そういや、さんの誕生日はいつですかィ」
「明日、です」
「土方さん、今日から出張ですよ。約束してないんですか? まさか、さんの誕生日を知らない?」
「かもしれないですね。自分から伝えたことは無いので」
「なら、今すぐ伝えて出張取りやめにしてもらったほうが……」
「いいんです。私のことでお仕事の邪魔になってはいけないですから」
「でも……さんはそれでいいんですか? せっかくの誕生日なのに、土方さんと離ればなれで」
「私の誕生日なんて、一年の中のただの一日に過ぎませんから」


出張で発つ前に何か買っておけば、他の隊士に誕生日当日に渡してもらうことは可能だ。
ただ時間がなさすぎた。
何を買えばよいのか、すぐに思いつかなかった。
部屋で思案するうちに迎えが来てしまい、屯所を発つ。

旅先の土産で誕生日祝いにするには安すぎるだろう。ガラス細工は壊れそうで持って帰りたくない。
もっと早く気づいていれば。自分の誕生日を祝ってくれた時に、なぜ訊かなかったのだ。
後悔ばかりで何も生みやしない。

に喜んでほしい。
に笑顔でいてほしい。
が生まれてきてくれたことに、感謝したい。
が俺の傍にいることに、感謝したい。
がどれだけ俺にとって大切な存在か、伝えたい。

時間が経つのはあっという間だ。
日付は変わり、あれよあれよという間にの誕生日も終わりに近づく。
旅先でお偉方との会談もお開きにになり、ようやく自分の時間が持てた。
何もできなかった。
このまま明日を迎えていいのか。
帰ってから祝えばいい。それはわかっている。けれど、今日何かをしたい。
俺には何も期待していないであろうに、ちゃんと伝えたい。

せめて祝いの言葉だけでも。
夜遅くに迷惑だろう。明日、起きたときにすぐ伝えてもらえるように、近藤さんにでも頼むか。
携帯電話を見れば、ちょうど近藤さんからの着信を知らせる。


「近藤さん、ちょうどよかった」
「トシィィィ、なんで教えてくれなかったんだよ! の誕生日が今日だって知らなかったのか!」
「俺も昨日発つ前に知った。だから、俺の代わりに、誕生日おめでとうと伝えておいてくれるか」
「お断りだ!」
「近藤さん!」
「今すぐ伝えればいいじゃないか。まだ起きてるかもしれないぞ」


近藤さんは、おそらく自室から離れに向かって走っているようだ。
時々、すれ違う誰かと会話しているが、何を話しているか聞き取ることはできなかった。
母屋から庭に降り、乾いた足音が砂をこする音に変わる。
ガタガタと雨戸を閉める音がした。
まだ、が起きている。
近藤さんは足を止め、に呼びかける。


!」
「近藤さん?」
「トシから電話だ」
「土方さんから?」


近藤さんから電話を受け取ったであろうの声が、はっきりと聞こえた。


「もしもし、土方さん?」
「あぁ、俺だ」
「どうかなさいましたか?」
「遅くなっちまったが、誕生日、おめでとう」
「どうして……」
「昨日、総悟と話しているのが聞こえたんだ。言ってくれりゃ、出張なんて取りやめにして祝ったのに」
「お仕事の邪魔したくありませんから」
「いつも祝ってもらってんのに、俺たちはの誕生日を祝ったら駄目なのか?」
「そんな、私の誕生日なんて、どうでもいいことですから」


どうしてこんなに否定的なのだろうか。
祝い慣れていないと、こういう性格になってしまうのだろうか。
ちやほやされずに育ったからか、謙虚にも程がある。

鼻をすするような、そんな音が聞こえた気がした。
小さな震える声と共に。


「でも、うれしいです。ありがとう、ござい……ます」
「泣いて、んのか?」
「いいえ、泣いてません。ちょっと、目にごみが入っただけです」
「嘘つくなよ」
「嘘なんてついてません! 目にごみが入っただけですから」
「それはさっき聞いた。泣くなよ。綺麗な顔が台無しだろ」
「綺麗な顔なんかじゃなりません。さっきからどうしていじわるなんですか」
「意地悪なことなんて何も言ってねーよ。綺麗な顔なのはいつものことだし、今日は傍にいないから想像するしかねえし。
 泣いてたって、慰めることもできねえし。誕生日も祝ってやれねえし」
「いいえ、十分なくらい祝ってもらいました」
「あいつらに、か」


それを否定して、誰に十分なくらい祝ってもらったというのだ。


「土方さんが、おめでとうって言ってくれたから、嬉しくて、もう十分です。
 今日は、とても素敵な誕生日でした。ありがとうございます」
「それだけで?」
「えぇ。それだけで、もう胸がいっぱいで、泣いちゃうくらいに嬉しい」
「やっぱり泣いてんじゃねーか」
「あ、違い、ます。泣いてません」


傍にいるなら、強く抱きしめるのに。
手を伸ばしても、空を切るだけ。手のひらには何もない。
見上げた夜空は、の目にも同じように映っているだろうか。


「生まれてきてくれてありがとう。俺と出会ってくれてありがとう。俺の傍にいてくれて、ありがとう」
「土方さんも、いつも私の傍にいてくれて、ありがとうございます」
「今、隣に俺はいないじゃねーか」
「いいえ、なんだか土方さんにぎゅっと抱きしめられているみたいで、とっても温かくて幸せです」


不思議なものだ。
が傍で泣いている気がして、物理的に抱きしめられないのに、抱きしめているような気がしていた。
のぬくもりが、腕の中に伝わってくる気がした。


「帰ったら、たくさん祝うから、少し待っててくれ」
「そんな、もう十分ですよ」
「全然足りねーよ。が嫌がるまで祝うから覚悟しておけ」
「はい、覚悟してお待ちしています」


困ったな。肝心なところで謙虚さがない。
が嫌がるくらい祝うってどうすればいいんだ?
先に俺の方が参ってしまいそうだ。




**************************************************

夢主の誕生日に季節感を出さないように工夫したのですが、
季節感出さない話って意外と難しいなと思いました(作文)

誕生日だから祝ってー、って誕生日近かったり当日でないと言えない。

inserted by FC2 system