[ 肉球パニック ]
ある日の昼下がり、自室で残務整理をしているとが茶を運んできたが、障子の傍に置いてあった瓶を蹴り飛ばしてしまい、
瓶は机の前まで転がって来た。
は繰り返し頭を下げて謝罪する。
「申し訳ありません、私の不注意で」
「気にするな。総悟が配ってた飲み物だろ」
「新製品の試飲を大量に頼まれて、と言ってましたね。召し上がらないのですか?」
「はもらってねぇのか? だったらやるよ」
「本当ですか? いただきます!」
何気ない一言が、日常を狂わせる。
翌朝、の姿は食堂のどこにもなく、俺の顔を見た総悟は、汚物でも見たかのような表情をする。
朝の挨拶も交わさず、失礼な奴だ。
「土方さん、体なんともないんですかィ」
「はァ? いつも通りだ。それより、その顔やめろ。朝から気分が悪い」
「あーあ、失敗か。今晩また仕込むか」
ぶつぶつと呟きながら、総悟は離れた席で朝食を摂る。
普段は俺の隣に座ることが多いが、考え事をするときは離れて座る。
先程から感じていた厨房の奥からの視線が強くなる。
食事を摂る手を止めて顔を上げると、女中が小走りで近づいてきた。
「土方さん、食事が終わってから、離れまで来てくださいませんか」
「が、どうかしたのか?」
「はい、ちゃんのことで、少しお話が……」
「わかった。食い終わったら声を掛ける」
「お願いします」
深刻そうな顔で去っていく女中の姿を見て、雲行きが怪しくなったと感じた。
大病でも患ったか。それなら昨日のうちに報告があるはずだ。
あれほど元気だったのに、半日で何が起きたというのか。
食事を終えて女中に声を掛ける。
先程と同じように深刻な顔で、ただ困惑の表情も少し浮かべ、離れの縁側からの部屋へ案内する女中。
部屋の障子を開けばの姿はそこにはなく、中央に敷かれた布団の中に抜け殻のように留まる浴衣とその中でもぞもぞ動く何があった。
浴衣の中から顔を出したそれは、「にゃーん」と鳴いた。
「猫? はどうした?」
「朝起きてこないので様子を見に来たら、ちゃんの体だけ消えてしまったかのように浴衣が布団の中にあって」
「それで、この猫がだ、と」
「はい。返事もするんです」
女中が「ちゃん」と茶トラの猫に呼びかけて手を伸ばすと、猫は「にゃーん」と鳴いて女中の手に頭をこすりつける。
「あなたは近藤さん?」と呼びかけると、鳴かずにじっと女中の目を見る。違うと言いたいのだろう。
「あなたは土方さん?」と呼びかけると、俺の傍に来て「にゃーん」と鳴いた。こっちに本物がいると言いたいのだ。
「」と呼びかけると、猫は俺の膝の上に乗る。
前足を俺の腹の辺りにぽんと載せた。
その意味は?
「お腹空いた、でしょうか」
「だろうな。もう八時だ」
「ご近所に伊東さんが飼っていた猫を引き取ってくれた方がいるので、ごはんをもらってきます」
「俺がもらってくる」
猫を抱き上げて縁側に下ろし、頭を撫でて立ち上がる。
屯所の門をくぐったところで、点と点が線で結ばれた。
総悟の配った試飲の飲み物、それを飲んだ、俺の体に異常が無いか尋ねる総悟、猫化した。
「あの野郎!!」
食堂に戻ると、総悟は空になった食器を返却口に置くところだった。
手首を掴んで無理矢理離れに連れて行く。
そして、女中の膝の上で丸くなっている猫を見て目を丸くする。
「あれ、もしかして、さん?」
「そうだ!! 新製品の試飲っつったのは嘘だろ。薬盛ったな?」
「いやぁ、すいやせん。土方さんを実験台にしようとしたんで、さんを猫にするつもりはなかったんですよ。
でもこれで俺の実験は成功ってわけですねィ。1日経てば元に戻る予定なんで、結果報告待ってますね」
「さっさとが食えるもん調達してこい!」
「猫の餌なら万事屋の旦那がいつも食ってますぜィ」
「アホか!! つべこべ言わずに行ってこい。伊東の猫を引き取った家、知ってるだろ」
「へーい」
反省している気配がまったくなくて呆れる。
総悟の姿を見送ると、猫は縁側で寝そべる。
猫になったことを楽しんでいるのだろうか。途方に暮れるこちらの身にもなってほしいが。
つい、猫の頭に手を伸ばして撫でてしまう。
人間のの頭を一日に何度も撫でることなんてない。
今朝だけですでに二度も撫でている。猫も嫌がらずに黙っている。
茶色の毛並みが日の光に照らされ、きらきらと光る。
「土方さんがいると安心するみたいですね」
「誰が?」
「ちゃんが、ですよ。
部屋に行ったときは、か細い声で怯えていたんですけど、土方さんが来てからはちゃんと鳴きますし。
先程も土方さんのこともちゃんとお見送りしてましたし」
「にゃーん」
「そうか……」
考えてみればその通りだ。
もし俺が猫になったとして、不安にならないわけがない。
縁側に腰掛けると、は女中の膝の上から俺の膝の上に移動する。
「総悟が飯持ってくるまでもう少し待ってろ」
「にゃー」
「今日は見廻りも全部他の奴に任せて、一日屯所にいるよ。その方が、も安心できるだろ?」
「にゃー」
「いいのですか、ちゃんのことお願いして」
「そっちも一人抜けて大変だろう? 元はと言えば総悟が悪い。あいつの給料差っ引いて手当てだすから、勘弁してほしい。
面倒見るっつっても、猫は夜行性なんだろ。昼間は寝てばかりだろうし、書類整理くらいできるさ」
「にゃー」
キャットフードを調達してきた総悟に食事の面倒は任せ、自室から書類を掻き集めて離れに戻る。
途中、近藤さんとすれ違ったので、の具合が悪いが女中も手薄だから書類整理しながら面倒見ると伝えた。
離れでは、総悟がに出した食事の片づけをしていた。
が「にゃー」と鳴くと、総悟はの頭を撫でる。
腹が立って、総悟の手をから引き剥がす。
「勝手に触んじゃねェェェェ!!」
「いいじゃないですか。人のままのさんの頭なんて撫でられっこないんですからねー、さん」
「にゃーん」
「も同意するんじゃねぇよ」
「にゃぁ……」
「ほら、土方さんが怒るからさんが悲しんでますよ」
機嫌良さそうに尻尾を振っていたは、尻尾を動かすのを止めて気落ちして耳を下げる。
「あんま、他の奴に触らせんなよ」と言いながらの頭を撫でた。
つい、猫の頭に手を伸ばしてしまう。
それが、猫という生き物なのだろうか。
の部屋の机を借り、書類を広げて仕事に取り組む。
は墨の匂いが好まないらしく、縁側で日の光を浴びながら昼寝をしている。
ときどき尻尾をパタンパタンを動かして床に打ち付ける。
その姿がおかしくて見惚れていたら、書類整理はほとんど進まなかった。
の隣であぐらをかくと、は「にゃーん」と鳴いて俺の膝の上に乗る。
隊服が猫の毛だらけだ。夜になったら手入れしなければ。
「人の姿のときも、これくらい甘えてきたらいいのにな」
「にゃー」
「いや、俺がうまく甘やかせてやれねぇからだな」
「にゃー」
「忙しいのを言い訳にして、何にもしねぇ。わかろうとしねぇ。なのに、傍にいてほしいってどれだけわがままなガキなんだ」
は俺の独り言に相槌を打つのを止め、立ち上がって俺の手の甲に前足を載せる。
ただでさえ意思疎通の時間があまりとれないのに、猫になってしまったら余計とれやしない。
が何を伝えたいのかわからない。
「何が言いたいんだ?」
「にゃーん」
「わかんねぇよ」
「にゃーん」
「おぅ、トシ。の具合はどうだ?」
助け舟を出すかのように、近藤さんが離れにやってきた。
猫と戯れている俺を見て、たしなめる。
「おい、仕事してるのか?」
「いや、それどころじゃなくてな」
「は? いないじゃねーか!」
「いや、いるよ。ここに」
「え? どこどこ? それよりその猫どうした?」
この猫がだと言えば、近藤さんは大声で叫ぶので慌てて手で口を塞いでやる。
このことは女中と総悟以外には伝えていない。
隊士に見つかったときは、に猫の面倒を見てほしいと頼まれたと嘘をついた。
「総悟のせいか。変な資格を取ったとは聞いていたが、厄介なことをするもんだな。お灸を据えてやらんと」
「頼むよ。に迷惑掛けるのは勘弁してほしいからな」
「それにしても、猫かぁ。かわいいなァ」
近藤さんが手を差し出すと、はそちらを向いて近藤さんの手に頭をこすりつける。
近藤さんはひょいとを抱き上げ、赤子を抱いているかのようにあやす。
他人がに軽々しく触れるのが嫌で、近藤さんの腕からを奪う。
「いいじゃねぇか、少しくらい」
「困るんだよ」
「猫だよ? 人の姿のままのにこんなことしてたらセクハラだからね! 犯罪だからね!」
「だから余計にだよ!」
「にゃーん」
は俺たちが言い争っているのが嫌らしく、俺の腕から飛び降り、部屋の隅で体を小さく丸め縁側にいる俺たちを見る。
「トシ、俺が悪かったよ。とにかくのかわいさは罪だ。隊士たちは知らないんだろうな?」
「あぁ、総悟と女中しか知らねぇ」
「今日は俺たちで真選組は回すから、トシはのこと頼むな」
「わかってる」
昼は隊士からの報告書を読み漁る。
日当たりのよい縁側で膝の上にを載せ、片手で報告書を持ち、他方はの背を撫でる。
元の肌も髪も触り心地はよいからか、の毛並みはとても艶やかだ。
ずっと触れていたいと思う。
元ののこともそう思うが、それではの自由を奪ってしまう。
丸一日、を自分の好きなように自由に扱えたら。
馬鹿な事を考えたもんだ。
自分の所有物でもなんでもないのに。
がこんな俺の傍にいてくれるだけでもありがたいと思えよ。
「ほんと、俺は馬鹿だな」
「にゃ?」
「こんな俺の傍にいてくれてありがとな」
「にゃーん」
「愛想尽かされねぇのが不思議なくらいだ」
「にゃー」
今度こそ愛想を尽かされたらしい。
は俺の膝の上から降り、庭を駆けまわり、屯所の塀を飛び越えてしまった。
外は危険だ。野良猫と車の交通事故も絶えない。
報告書を投げ捨て、屯所の外へ飛び出す。
は塀の上を優雅に歩いている。
すぐにおいつくが、抱き上げようとしたら逃げられた。
仕方がない。の身に危険が起きないよう、傍について歩く。
向かった先は公園のベンチだった。
寝そべってくつろいでいる。
屯所でもできることだが、横に座るのが俺ではなかった。
「あれ、土方くん? え、なに。猫の散歩?」
「てめーには関係ねぇだろ」
「定春ばっか見てっから、小さくてかわいいなァ、猫は」
「おい、勝手に触んな!」
万事屋がの頭を撫でようと手を伸ばす。
それを払いのけるが、が万事屋の腿に前足を載せる。
それも払いのけるが、が膝の上に乗ろうとしたので抱き上げた。
「おい、! そいつに触んなって言ってんだろ!」
「にゃぁ……」
「まさか、が猫化したのか?」
「ち、違ぇよ。預かってる猫がたまたまって名前なだけだ」
「へぇ、この猫がねぇ。メスみたいだし、って名前なら死ぬ気で守るもんな」
「おい、勝手に触んな!!」
に触れようとする万事屋の手をはたく。
自分の膝の上にを載せ、ぼんやりと風景を眺める。
公園に来るときは、必ずが団子を買っていた。
猫とはいえ、とのんびり過ごすのも悪くない。
だが、隣には万事屋がいる。それに、今日は振り回されてばかりだ。
目の前に現れた少女と犬に、再び振り回されそうな予感がする。
「銀ちゃん! トシ! どうしたアルか?」
「トシって呼ぶんじゃねぇ!!」
「がトシって呼んでくれないからってひがむなヨ」
「うるせぇな、ほっとけ」
「わんわん」
は俺の膝の上から降り、吠える犬の背に飛び乗る。
「にゃー」とが鳴くと、犬はを連れて勢いよく駆けていく。
「銀ちゃん、先に帰るアル。この猫はトシのアルかー? 連れてくヨー」
「おい! 勝手に連れてくな!」
「じゃーな、土方くん。俺も単車乗って帰るわ」
「俺だけ歩きかよ。おい、待てよ!」
「待たないアルー」
走って歌舞伎町にある万事屋の住まいに向かう。
すでに単車は路地に止められ、二階から犬の鳴き声が聞こえる。
動物の直感は鋭い。
が猫になったと気づいているのかもしれない。
玄関で靴を脱ぎ、突き当たりの引き戸を開けば、ソファの上で万事屋はくつろいでいた。
の姿はない。
「ちゃんならそっちの部屋で定春と遊んでるよ。余程メスネコが気に入ったらしい」
「嫁にはやらねーよ」
「もらう気はねーよ」
障子を開けば狭い部屋の中で犬と猫が駆けまわっていた。
俺の足元を通り過ぎ、ソファでくつろぐ万事屋の周りを駆け、玄関へ向かう。
外に飛び出されたら困る。
慌てて廊下へ出ると、訪問者の腕の中に飛び込み、大人しく抱かれていた。
「さん、お帰りなさい。外は楽しかったですかィ」
「総悟!」
「そろそろ帰らないと、いつ薬が切れてもおかしくないんでェ。薬切れたら素っ裸のさんですからねィ」
背後で万事屋とチャイナ娘が奇声を発する。
もう隠し通せはしない。
「やっぱりじゃねーか! おれにも抱かせろォォォ」
「その猫アルか!? 私にも抱っこさせるネ」
「おい、総悟! 車で来たんだろうな」
「当たり前でさァ。さ、早く帰りやしょう」
逃げるように万事屋を後にし、車に乗り込む。
総悟は運転席でを放し、ハンドルを握る。
は助手席の俺の膝の上で丸くなる。
ようやく俺の元に戻って来て安心する。
酷く疲れた。車に揺られてつい眠りそうになる。
膝の上のの体温が心地よい。
総悟に声を掛けられ、閉じかけていた目を開く。
すでに屯所の駐車場に車は止まっていた。
車の扉を開くと、は勢いよく車外へ飛び出し、一目散に離れへ向かう。
外の世界を満喫しているようにも見えたが、そろそろ離れも恋しくなったか。
食堂から運んだ夕食を離れで摂り終え、一息ついたところで住み込みの女中たちが離れに戻って来た。
もうこれ以上離れに居座る理由もない。
「おやすみ、また明日な」そうに告げて頭を撫でると、は「にゃーん」と鳴いた。
空になった食器を盆の上に載せ、部屋を出る。
は何かを訴えるように鳴き続け、俺の後ろを小走りについてくる。
玄関で靴を履いていると、はズボンの裾を引っかいてきた。
これが猫パンチというやつか。
何がしたいんだ? 何を俺に伝えたいんだ?
の鳴き声がうるさかったのだろう。女中が部屋から出てきた。
「ほら、。うるせぇって言われてんぞ」
「にゃーん。にゃーん。にゃーん」
「よく鳴くわね。寂しいのかしら」
「寂しい?」
「土方さんが戻ってしまうから、じゃないかしら」
「にゃあ」
は俺の前を塞ぐように引き戸の前に座る。
困った。を母屋の自室に連れて行くわけにはいかない。
薬が切れればは元の姿に戻ってしまう。いつ切れるかわからない状況で、男共と同じ屋根の下にいるわけにはいかない。
かといって、俺がいつまでも女中の住処にいるわけにもいかない。
「、明日になったらすぐ来るから。俺がここにいるわけにはいかないだろう?」
「にゃーん」
「構いませんよ、私たちは。ちゃんも土方さんと一緒の方が安心するみたいですし。
部屋に布団を敷いておきますから、お休みになってください」
は嬉しそうに鳴き、女中の足元にまとわりつく。
人の姿のだったら、弾けんばかりの笑顔を見せただろう。
母屋に戻り、風呂に入り自室に溜まっていた書類の山を見なかったことにして、離れに再び上がり込む。
は俺が戻るまでずっと玄関にいたらしい。
ガラス越しに猫の姿が見える。
戸を開くと、「にゃー」と甘えるように鳴いた。
「待たせたな」
「にゃーん」
「疲れたから寝るか」
「にゃーん」
は駆け足で自分の部屋へ戻る。
障子の隙間に体をねじこみ、頭で障子を押して開く。
どうやら俺の為に開いてくれたらしい。
「ありがとな」
礼を言っての頭を撫でると、「にゃーん」と鳴く。それが、最後の鳴き声になった。
女中が敷いてくれたの布団に潜り込むと、も俺の隣で体を丸くする。
頭と背を撫でると、目を瞑る。
本格的に眠るつもりなのだろう。
いつもの白くて滑らかな肌とは違う、ふわふわした手触りの体を抱きしめて目を閉じた。
翌朝、夜抱きしめた体とは違う手触りで目を覚ました。
しっとりと吸い付くような肌、指がするすると通る黒い髪。
人の姿に戻ったを抱きしめていた。
ようやく元に戻ったか。
安心して強く抱きしめると、腕の中の体が身じろぎする。
「土方さん、痛い」
「悪ぃ、力入っちまった」
「ようやく、元に戻りました」
「おかえり」
「ただいま、です」
は微笑んで俺の頬に触れる。
顔をよく見せてくれと言わんばかりに。
昨日は一日中一緒にいたというのに、見飽きないのだろうか。
俺はに飽きることなんてないが。
「よく、見えます。猫って視力が人間ほどないんですね。土方さんの声は聞こえるのに、顔が全然見えなくて」
「そうだったのか」
「昨日はありがとうございました。猫になってしまったときは不安で仕方がなかったのですが、土方さんがずっと傍にいてくれて安心できました」
「調子に乗って外にも出て行ったくらいだからなァ」
「だって、せっかく猫になったのですから、楽しまなくちゃと思いまして」
「こっちの身にもなってくれよ」
「申し訳ありません。一日中土方さんが隣にいてくれて、ずっと私のことを見ていてくれて、とても、嬉しくて、嬉しくて」
の傍にいるつもりだった。のことを見ているつもりだった。
どんな些細なことにも気遣いを欠かさないが、どれだけいつも俺のことを見ているか、気づいていなかった。
猫になったからは一瞬たりとも目が離せなかった。危険な目に合わないか不安だった。
たったそれだけで、疲れ果ててしまった。
それを、はいつも俺に対して実行している。
疲れないわけがない。
俺は、そんなにどれだけ気遣いができたか?
昨日だって、食事の用意をすることくらいしかできなかった。
「俺はに何かしてやれたか? 何も、できなかった」
「いいえ、とっても優しくて、頼もしくて、本当に幸せでした」
「本当にか?」
「にゃーん」
「お、おい!」
「冗談ですよ」
小さく笑いながらは俺の胸に顔を埋める。
にからかわれたのは初めてだ。
たまにはいいが、少し悔しい。
「俺をからかうとはいい度胸だな、仔猫ちゃん」
「やだっ、ちょ、ちょっと、どこ触ってるんですか!」
「いいだろ、少しくらい」
「よくありません! もう朝です。いつ誰が来てもおかしくないんですよ」
「声出さなきゃ誰も来ねーよ」
「む、無理です。そんなこと……」
「やってみなきゃわかんねーよ」
「やらなくても、土方さんがいちばんご存じじゃないですか!」
弱いながら、精一杯の抵抗を見せるの姿がかわいらしく、からかうのを止められない。
抵抗できなくなるくらい強く抱きめると、は身じろぎするのを止めた。
猫の姿の時と同じように頭と背を撫でると、の腕が俺の背に回された。
「土方さん」
「ん?」
「大好きです」
不意打ちに反応できず硬直してしまう。
は小さく笑いながら、気を緩めた俺の腕からすり抜ける。
下着を身に着けるの姿を見ながら、腕を伸ばす。
昨日できなかった仕事を片付けるか。
体を起こすと、が掠めるようにキスをした。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。えらく積極的だな。さっきまでは嫌がっていたのに」
「えぇ。マンネリ化するのもよくないと思いまして」
「だから猫になったのかよ」
「そうですね、猫になって世界が別物に見えました。土方さんも一度猫になってみたらいかがですか。
そうしたら、私がずっと傍で守りますから」
「それは勘弁してほしいな」
総悟が近いうちに仕掛けてくるかもしれない。
仕事が溜まるのは嫌だが、が傍にいてくれるのなら、それもいい。
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猫の日にちなんで猫化する話でした。
猫好きなので、書いてて楽しかったです。
猫ってなんやかんやで甘えてきますからね。
膝の上が大好きで乗ってこられると身動き取れないし、降ろすのもかわいそうだし。