[ 紺の魔法と愛のしるし ]





木の枝にマフラーを引っ掛けた。
毛糸がほつれてみっともない姿になってしまった。
もう使えないな。ごみ箱に投げ捨てた。

屯所の庭を歩いていると、離れの縁側でが編み物をしている。
冬だというのに今日はとても暖かく、部屋の外の方が心地よいのだ。
同じような動きを続けているだけで、どんどん編み物が長くなっていく。
その動きが不思議で食い入るように見ていた。

俺の視線を感じたのだろう。
が顔を上げ、俺の姿を見つけて微笑む。


「土方さん、戻っていらしたのですね」
「あぁ、見廻りは原田に任せてきた。それにしても不思議だな」
「何がですか?」


の隣に腰掛ける。少し休憩がてらと話したかった。
俺に話しかけながらも、ゆっくり手は動いて毛糸が編まれていく。
規則正しく動いているようだが、俺にはどうなっているのかさっぱりわからなかった。


「魔法みてぇだな」
「え?」
の手が規則正しく動いているように見えるが、俺には真似できそうにねぇし、
 手が動くだけで編まれていくのが、魔法みてぇだなって思ったんだ」
「土方さんの口から魔法なんて言葉が出てくるとは思いませんでした」
「俺には雲をつかむような話だってことだよ」
「それなら、私にとっても土方さんの太刀筋は魔法みたいです」
「あれは、技術だ」
「だったらこれも、私の技術です。拙いですけど」


とても拙いようには見えない。
同じ大きさの目がどんどん生み出されていく。
紺色の毛糸が編まれて、細長い物に変わっていく。


「マフラー、か?」
「えぇ」
「自分で使うのか?」
「はい」
「地味な色だな」
「嫌いですか?」


の手が止まり、か細い声が不安でいっぱいだと訴えてきた。
が使うならもっと明るい色の方がいい。
暗い色はの肌の色を引き立てるが、時には明るい色で健康的に見せてほしい。


「俺が使うならともかく、が使うならもっと明るい色の方がいい」
「あ、はい。そうですね」


がっかりするかと思ったが、は目を伏せて微笑んだように見えた。
結局、そのマフラーが欲しいとは言えなかった。
のすべてが注がれたそれを欲しくないわけがない。
ただ、対価無しで「くれ」とは言えない。
それに見合った対価が何かないか。

とある日の見廻りの最中、とあるブランドの直売店の前を通りかかった。
ショーウィンドーに飾られたマネキンにはコートとマフラーが掛けられている。
は自らブランド物を買うことは無い。
だったら、これと交換で手編みのマフラーが手に入れられないか。
ぼんやりマネキンを眺めていると、背後から声を掛けられた。


「お買い物ですか?」
か。あぁ、マフラー破っちまって」
「でもこれ、女物ですよ。女性のを破ってしまったのですか?」


このショーウィンドーには男物は一切飾っていない。
きっとは、俺が浮気相手の女と痴話喧嘩でマフラーを破ってしまい、弁償するために買いに来たと思ったに違いない。
もう隠しようがなかった。


「破れたのは俺のだよ」
「紳士物は外には置いてないみたいですよ。中、入らないのですか?」
「俺のを買いに来たんじゃねぇよ。が欲しそうなものを探してたんだ」
「私の物を、ですか?」


不思議そうな顔をしている
小さく首を振り、「いらない」と言っているようだ。


が編んでるマフラーが欲しかったんだ。自分で使うって言ってただろ。
 だからマフラー買っていけば交換してくれるんじゃねぇかって思ったんだ」
「なんだ、そうだったんですね。あれ、土方さんに差し上げようと思って編んでたんです。自分で使うってのは嘘です」
「俺に?」
「はい。もうすぐバレンタインデーなので、甘いものがお好きではない土方さんには物を贈ったらどうかって言われて。
 帰ったらすぐ続きやりますね。あと少しで完成するので」


は満面の笑みを浮かべ、小走りで屯所の方へ向かって行く。
きっと万事屋に手編みのマフラーが喜ぶに違いないと言われたのだろう。
それは癪に障るが、その通りなのだ。
の背中を見送りながら、マフラーを受け取る瞬間に胸を高鳴らせた。











(おまけ 副長室にて)

「土方さん、俺の分も書類整理やっといてくだせェ」
「自分でやれ!」
「あれ、風邪でも引いたんですか。部屋の中でマフラーなんかして」
にもらったんだよ」
「へぇ、手編みのマフラーですかィ。愛ですねェ」



(おまけ 食堂にて)

「おい、トシ。食事中くらいマフラーはずしたらどうだ。そんなに寒いか?」
「近藤さん、さんにもらったマフラーらしいですよ」
「え、そうなのか? 手編みのマフラーなのか? いいなぁ、俺もお妙さんの手編みのマフラーが欲しい!」
「うるせぇな、飯くらい静かに食えねぇのか!?」
「トシィィィ、俺も手編みのマフラーが欲しい! ねぇ、欲しいよォォォ」



(おまけ 万事屋にて)

「銀ちゃん、が来たアル」
「こんにちは、銀時さん。この前のお礼にチョコタルトを持ってきました」
「いやぁ、土方くんがあんなに喜ぶとは思わなかったな。沖田くんから聞いたんだけど、四六時中マフラーしてるんだって?」
「そうみたいですね」
「男は手作りに弱い生き物なんだよ。で、このチョコタルトはどこで買ってきたの?」
「お菓子作り教室で作ってきました。一人ではこんな綺麗なもの作れません」
「マジでか!? 土方くんにもあげたの?」
「甘いものはお好きではないのであげてないです」
「もったいねぇな。の手作り食べられないなんてよォ。ま、甘い物なら土方くんの代わりに俺が食うから、いつでも待ってるよ」
「ほんと、男は手作りに弱い生き物アルな……」





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授業でマフラーを編んで、ずっと愛用してました。
黄色のマフラーで、高校三年生のときに受かった大学へ手続きのために行ったら部活勧誘の先輩が、
「黄色は幸運を招く」ってマフラーの色を褒めてくれたことは今でも覚えてます。

明るい色の方がいいってのは、私がちょいちょい言われるやつ、な。


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