[ 蜂蜜色に揺れている ]





との待ち合わせの時刻は十時だったはず。
いつも早めに来ていて俺が待たせてしまっているのに、今日は姿が見当たらない。
他の隊士に捕まって立ち話をしていることもあったが、門番の隊士に尋ねてもの姿は見ていないとのこと。
待ち合わせの時間を間違えたか?
いや、今日は映画を見に行く約束をしている。それに合わせたから十時で間違いない。
女中たちの住まいである離れを訪ねると、女中が朝の仕事で慌ただしく出入りしていた。


「あら、土方さん。おはようございます。ちゃんとデートじゃないのですか?」
が来ねぇもんだから迎えに来た」
「おかしいわね。待ち合わせの十時まで少し時間があるって言ってたから、忘れているわけじゃないと思うのですが。
 様子、見てくださいます?」
「あぁ、あがらせてもらう」


奥の部屋まで行くとの気配がしたが、活動しているように感じなかった。
締め切られた障子の前で声を掛けたが、返事は無い。
そっと障子を開くと、畳の上で体を丸くして横たわっているがいた。
具合が、悪かったのか。
傍に寄って、しゃがんでも、は俺に気づかず目を閉じている。
頭に手を伸ばして撫でる。


、大丈夫か?」
「え……、土方さん!? ごめんなさいっ、もう十時過ぎてる。すぐ行きましょう」


慌てて飛び起きる
少し、顔が青白い。


「具合悪いんだろ。無理せず休んでろ」
「でも、今週末までしかあの映画やってないんですよ。土方さんも楽しみにしてたのに……」
「映画なんていつでも見れるだろ。途中で絶対倒れないって約束できるか? それなら行ってもいいが」
「それは……、できないと思います」


あからさまに落ち込んでいる
こんな表情を見せてほしくないと思うが、の体の方が大事だ。


「布団敷いてやるから、今日はゆっくり休め。
 映画終わるまでに休みが取れるとは思えねぇが、半日くらいなら休みとれるだろうから、が元気になったら、必ず行こうな」
「はい、ごめんなさい」
「謝るこたねーよ。神様が、いるかしらねーが、に休めって言ってんだ」
「はい」


俺が布団を敷いている間に、は浴衣に着替える。
結わえていた髪も、まっすぐおろして戻って来た。
付けていた髪飾りを箱にしまい、布団の中に潜り込む。
布団をかぶると、は少し落ち着いた表情を見せた。
それまでは、切羽詰まったような表情をしていたから、安心する。


「布団に入ってほっとしたか?」
「え、えぇ、少し」
「そんな顔してる。ゆっくり休め。
 早く元気に、いや、無理に急がなくてもいい。いや、でも元気にならなきゃ楽になんねぇし、その……」
「そんなに気を遣わなくても私は大丈夫です。土方さんもお休みなのですから、一日好きなことして休んでください」


好きなこと、か。
そんなもん、一つしかねぇよ。


「もう、してる。好きなこと」
「え?」
「休みの日くらい、と一緒にいてぇんだよ」


は目を丸くしている。
そんなに驚くようなことなのだろうか。
は、俺と同じように思わないのだろうか。
休みの日くらい、俺と一緒にいたいと思わないのだろうか。
尋ねようとしたら、はそっと微笑んで布団の中から手をこちらへ差し出す。


「嬉しい、です」
「そうか」
「土方さん、なんだかほっとした顔してる」


差し出された手を両手で包み込む。
は目を閉じる。
「私が眠ったら、部屋に戻って好きなことしてくださいね」と言うが、ちっとも俺の言うことを聞いてないらしい。

だから、好きなことしてるって。
どれだけ楽しみにしていたか。
と二人で過ごす時間が、どれだけ俺にとって大切か。
ここにいるときだけが、俺の心が休まるんだ。

とはいえ、手持無沙汰だった俺は、に添い寝して午前中をつぶしてしまった。





が元気だったら、今頃映画を見終わってどこかで食事している頃だろう。
食堂から二人分の食事をの部屋に運ぶ。
屯所にいるときは食堂で食事をするのが当たり前のことだった。
食堂にいれば自然との周りに人が集まってくるし、も大勢で賑やかにしていると楽しそうに笑っていた。
他の女中がいないこともあってか、離れは静かだ。
は体を起こしてぼんやり外を眺めている。


「昼飯、もらってきたぞ。食べられるか?」
「はい、いただきます」
「具合はどうだ」
「横になっていると、少し楽になりました」
「まだ、しんどそうだな。無理するなよ」
「はい、お気遣いありがとうございます」


昼食を摂り終えると、煙草が吸いたくなってきた。
吸ってしばらくはに近づかない方がいいだろう。
薬を飲み終えて、歯を磨いているに声を掛ける。


「少し、歩いてくる」
「いってらっしゃいませ。ご一緒したいですけど、大人しく寝ています」
「何か、欲しい物はあるか? 食いたい物とか、本とか」
「いいえ、甘いものは食べたくないですし、本も読む元気がないので」
「そうか、気が利かねぇな、俺は」


は首を左右に振る。
本当に、俺は気が利かない。
屯所の外へ出て、歌舞伎町の店先で煙草を吸う。
体に悪いのはわかっている。周りにも、のためにもよくないことはわかっている。
それでも、止められなかった。

通りを歩いていると、すれ違った女性の頭部で揺れる髪飾りに目が留まった。
ちょうど和小物屋がある。
店の窓から陳列棚を眺める。
に似合いそうな物を見つけたが、が好んでいる物とは違う。
何が違うのか、俺にはよくわからない。

背後に気配を感じ、抜刀できる体勢で振り返ると、死んだ魚のような目をした野郎が立っていた。
休みの日に嫌な顔を見ると気分が悪い。


「何か用か?」
「珍しい奴が店の前に立ってんな、って。土方くん、休み? はいねーの?」
「具合悪いから屯所で寝てる」
「ふーん、お見舞いに何か買おうってわけ? で、迷ってんだ?」


返事はしなかった。
こいつに悟られていることが癪に障る。
だが、結局折れた。


に似合いそうなもんを見つけたが、が好んでいる物とは違うなと思って」
「どれ?」
「あれ」
「飾りが大きい赤いやつ? で、が普段つけているのって隣の白い小ぶりのやつな」


何も言っていないのに、の好みそうな物を当てやがった。
傍にいなくても、わかるものなのか? 俺がの傍にいない間、こいつはずっとの傍にいるのか?
むしゃくしゃする。煙草が吸いたくなる。


「おいおい、そんなにカリカリするなよォ。俺じゃなくたってそんなのすぐわかんだろ」
「わかんねーよ」
「これだから金持ちは。ほら、値札見てみろよ」


店の中へ連れていかれ、値札に目をやる。
それなりに金額の差があった。
欲しくても、値段を気にして手が出せないのだ。
俺と出かけるときは、俺が買ってやったものをつけているが、それ以外ではいつも飾りが小さいかんざしばかりだった。
俺が気にしないことを、は気にする。
自分の稼いだ金だから、好きなことに好きなだけ使う。
は、節約している。何か、大きな買い物をしたいのだろうか。

目に留まった二つの髪飾りを買い、屯所へ戻る。
は離れの縁側で、日を浴びていた。
俺の姿を見つけて、立ち上がる。


「お帰りなさいませ。煙草は吸えましたか?」
「あ、あぁ。よくわかったな。煙草吸いに行ったって」
「わかりますよ。いつも、ご飯の後に吸っているじゃないですか」


見られている。見てくれている。
俺は、のこと、何にもわかってないのにな。
黙ったまま、買った髪飾りの袋をに渡す。
少し驚いたは、何も言わずに袋を開ける。
中を見て更に驚いている。
手を入れて取り出したのは、大きな赤い飾りのついた物だった。
嬉しそうに目を細め、角度を変えながら眺めていた。

少しでも元気が出ればいい。
そう思って買ってきた。
けれど、は袋に髪飾りをしまい、俺の方へ差し出す。
のために買ってきたのに、何してんだ? 気に入らないのか?


「いらない、のか?」
「え?」
に、と思って、買ってきた」
「私にですか? 私、何もしていませんが……」
も俺が入院してるときに花持ってくるだろ。それと同じだ」
「でも、私、入院しているわけでもないですし」
「似たようなもんだろ」
「でも……」
「いいから。元気になったら、それつけてくれりゃいい」
「はい、早く元気になります」


小さく頷いたは、袋を開けて白い小ぶりの飾りのついたかんざしを取り出した。
くるくる回し、手のひらの上で転がして遊んでいる。


「気に入ったか?」
「はい。これ、飾りが小さいので、仕事中でも使えそう」
「仕事中に使えそうなもんは他に持ってるだろ?」
「えぇ、でも自分で買った物なので、土方さんにもらった物を使えるのが嬉しいんです」
「そういうもんか?」
「はい」


は縁側から部屋へ戻り、枕元に髪飾りを並べる。
「少し、眠りますね」と言い、布団の中に体を滑り込ませる。
俺も部屋の中へ入り、の隣に寝転がる。
はこちらを向いて微笑んでいる。


「節約してんのは、何かでかい買い物したいからか?」
「いえ、何となく将来に備えて貯めているだけです。
 いつまでもこの仕事ができると思いませんし、不慮の事故に巻き込まれて体が動かなくなるかもしれませんし。
 結局、お金がないとどうにもなりませんから」
「そんなもん、俺がどうにかするから心配するな。の稼いだ金は、の好きなことに使えばいい。
 ちゃんと、の生活は俺が守るから。のことは、俺が、守る」
「土方さん……あ、ありがとうございます」
「だから、傍にいろよ」
「はい」


プロポーズみたいだな。
照れくさくなって、から目を逸らした。





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髪飾りって大きいと値段高いんだよねぇ…
年を重ねても、プチプラ大好きです。
「謝るこたねーよ。神様が、いるかしらねーが、休めって言ってんだ」 ってセリフ、気に入ってます。

※お題はOTOGIUNIONさんからお借りしました。

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