[ ma tsu ri ba ya shi ]





洗濯物を取り込んでいると、女中頭が興奮して私の名を叫びながら走ってきた。
いつも落ち着いている人なのに、珍しい。
抱えた何かを広げてこちらに見せている。


「何ですか、それ。布地? 着物ですか?」
「新作のブランド物の浴衣よ。松平様がお嬢様のために買ったんだけど気に入らなかったらしく、
 若い人向けだから奥様にも断られてちゃんに、って」
「はぁ……」
「今日、お祭りあるじゃない? 着て行ったら? 土方さんと約束してるんでしょう?」
「いいえ、お祭りがあるなんて知りませんでした」


惨めな思いをしたくなかった。土方さんに私のことで迷惑をかけたくなかった。
だから、イベントには興味を持たないようにしていた。
今日も、土方さんは忙しそうにしていて、朝から姿を見かけることがなかった。


「お祭りがあるなら、警備に行くでしょう。行けばきっとすぐ捕まえられるわよ。
 こんなかわいい娘、一人で歩かせるとは思えないわ」
「でも……」
「行ったほうがいいわ。お祭り、来年までないのよ」


夕飯の支度を終えると、女中たちがあーだこーだ言いながら私の髪を結いあげる。
いつもは長い髪を後ろでヘアゴムでまとめているだけ。
そのまま行こうとしたら、女中たちに足止めをくらった。
そこまでする必要があるのだろうか。
お祭りだから? 土方さんに会えるかもしれないから? ブランド物の浴衣だから?
よく、わからない。

髪を高く結うとうなじが丸見えだ。
慣れないことをすると疲れる。
知らない男の人に声を掛けられて何度も逃げ、祭りの会場に着くころには帰りたくなってしまった。
疲れた表情で立っていると、浴衣姿のお妙さんと神楽さんが笑顔で声を掛けてきた。


さん、こんばんは。一人で来たの?」
「はい」
「じゃあ一緒に回るアル。私は射的しに行くヨ。は何がしたいアルカ?」
「何があるのでしょうか?」
「神楽ちゃん、もうすぐ真選組のみなさんが来るはずよ。さんは、土方さんに会いにきたのでしょう?」
「あ、いえ、約束はしてないので」
「せっかく綺麗にしてきたのに、会わなくていいの?」


会えればいいと思った。
でも、約束もしてない。警備だったら仕事中に違いない。
私と一緒に祭りを楽しんでくれるとは思えない。
お妙さんに手を引かれてビルの手前へ行くと、ビニールプールの中で近藤さんが気絶していた。
近藤さんを迎えに来た土方さんと沖田さんは呆れかえっていた。
二人と目が合う。
土方さんは目を丸くして驚いているみたいだった。
沖田さんは、ちらっと土方さんを見た後、いつもより柔らかい声で話しかけてきた。


さん、とっても綺麗でさァ」
「あ、ありがとう、ございます」
「一人で来たんですか? そこらへんの野郎どもにたくさん声掛けられたんじゃないですか?」
「はい……強引に連れてこうとする人もいて、逃げてきました」
「そりゃぁ、大変だ。気が利かねぇ護衛は、俺と一緒にいやしたからねィ」
「あ、あの……」


土方さんの米神がぴくぴく動いている。
不機嫌が体中から湧き出しているようだ。
私が一人で来たことに怒っているのだ。
もう、帰ろう。来るだけで疲れてしまった。

「一人で来てごめんなさい。もう、帰ります」そう伝えようとしたが、はっぴ姿の銀時さんが土方さんの腕を引いていった。
沖田さんがお妙さんに「どういうことですかィ?」と尋ねる。


「男物の浴衣を探してきてもらったの。隊服のまま、お祭りを楽しむわけにはいかないでしょう?」
「すいやせん、こっちも気が利かなくて。近藤さんは、うちの隊士に屯所へ運ばせまさァ」
「よろしくお願いしますね。ほら、さんも元気だして!」
「はい……」


側にあったベンチに腰掛けて土方さんが戻るのを待つ。
沖田さんは神楽さんとぎゃんぎゃん喚きながら争っていたけれど、私が手持無沙汰にしているので神楽さんを放って私の隣に腰掛けた。


「すいやせん。土方さんが言いそうになかったんで、先に言っちまいやした。こんなに綺麗なのに、どうしてすぐに声掛けないんでしょうね」
「いえ……土方さんはそういうこと言わないので、構いません」
「本当に気が利かねえ男でさァ。祭りだってのに、さんのこと誘いもしなかったんでしょう?
 この前の花火大会の反省をが全く活かされてねーや」
「あれは私が悪いので、土方さんにご迷惑をお掛けしただけなんです」
さん……そんなに自分を責めないでくだせェ。さんは優しすぎるや」


銀時さんが背中を押して、私の目の前に土方さんがふらっと現れた。
目が合っても逸らして頭をガシガシ掻くだけで、話すのに困っているようだ。


「おいおいおい、土方くん。何か言ったらどうなんだ? 、困ってんぞ」
「うっせーな、てめーに言われたかねーよ。ほら、行くぞ」
「は、はいっ!」


土方さんに手を引かれ祭りの喧騒の中へ足を踏み込む。
皆の姿が見えなくなった頃、土方さんは歩く速度を落とした。
視線を感じて顔を上げると、土方さんがこちらを見ていた。いつもと変わらない、優しい表情にほっとする。


「土方さん、ごめんなさい。怒ってますよね、私が一人で来たから……」
「なんで俺が怒るんだよ。むしろ怒られんのは俺だろ。
 がナンパされんのから守ってやれなかったし、その……総悟に先を越されたし」
「いえ、お仕事の邪魔してすみません」
「もう見廻りは終わった。祭り、行くだろう?」
「はい。土方さんと、一緒に行きたいです」
「おう。……それから、えーと、その、さっきは、綺麗すぎて見惚れちまって、何も言えなかった。すまねぇ」
「いいえ、気にしないでください」
「綺麗だ、


たった一言なのに、乾ききった心が潤ったように感じた。
この言葉が欲しかったわけではない。
ただ、土方さんに会いたかった。一緒に祭りを楽しめたらいいなと思った。
潤いすぎて溢れた水分が、涙になってポロポロと目からこぼれていった。


「なんで泣くんだよ。悪かったな、言うのが遅くて。祭りにも誘わなくて。
 先週、花火したときは覚えてたんだけどな……こんな俺が傍にいちゃ、幸せになれねぇよな。
 の幸せを願ってるはずなのに、なんでこうなるんだろうな。のこと、泣かせてばかりだ。悲しませてばかりだ」
「違います! 違うんです! 嬉しくて。何番目に言われても、土方さんに言ってもらえることがいちばん嬉しくて。
 どうしよう、せっかくのお祭りなのに涙が止まらない。嬉しいのに。ごめんなさい」


土方さんの手が頬に伸びてきて、指先で涙をすくう。
反対の手は、真っ白なハンカチを差し出している。
ありがたく受け取って目元を押さえる。
土方さんの手が頭を撫でている。ぬくもりが伝わってくる。


「この髪、どうしたんだ?」
「女中たちが結ってくれました」
「この浴衣は? 似合ってるな。相当の上物だろ。持ってたのか?」
「松平様が、娘さんに買ったけど気に入らなかったようで、私にくださったそうです。お礼も言ってないのに、着てしまいました」
「とっつぁんが!? ……そうか。似合ってるが、他の男が選んだもん着てるのが気に入らねぇな。
 かといって、に似合うもんを俺が選べるとも思えねぇが、来年は、浴衣買いに行ったり、もっと計画的にいきてぇな」
「あ、あの……」
「なんだ?」
「新しい浴衣は、もったいないので、このままでいいです。
 お祭りとか、一緒に行く約束してたら土方さんのお仕事の邪魔になるから気にしなくていいです。
 ……でも、気が向いたら、一緒に行ってほしい、です」
「なんで、そう遠慮するんだよ! 俺と一緒にいたくねぇのか?」
「そ、そんなことないです! 一緒にいたいです!」
「じゃあ、もっと欲張れよ」


土方さんはぽんと私の頭を軽く叩き、私に手を差し出す。
無意識のうちに自分の手を伸ばしていた。土方さんの手に重ねると、ぎゅっと強く握ってくれた。
止りかけた涙が、また溢れてきそうだ。
嬉しい。手を繋いで隣を歩いてくれることが。


「おい、また泣きそうになってんぞ。なんでだよ、俺、何かしたか?」
「嬉しいです。手、繋いでくれてありがとうございます」
「お、おう。人たくさんいるしな。はぐれんなよ」
「はい!」


絶対はぐれない。絶対離さない。
ずっと一緒にいるって決めたから。

屋台と屋台に挟まれてできた祭りの通り道。
土方さんと手を繋いでゆっくり歩く。
普段は二人ででかけても急ぎ足の土方さんについていくのが精いっぱいだけれど、ここは人が多くて急ぎ足になれそうにない。
穏やかな時間を過ごすことができて嬉しい。


「なんか、いいもんあったのか?」
「え?」
「いや、笑ってるから、いいことあったのかと思ったんだが」
「はい、とてもいいこと、ありました。手繋いで、二人でゆっくり歩けるのが嬉しいです」
「そうか、俺が歩くの早すぎるんだな」
「いえ、そういうわけでは。早く歩いた方が、いろんな場所に行けますし」
「俺が歩くの早かったら、遠慮せずに言ってくれ。俺は気が利かねぇから」
「そんなことないです! いつも気遣ってもらって、優しくしてもらって、本当に幸せだなと思ってます」


土方さんが口を開きかけたそのとき、よそ見をして走ってきた少女が土方さんにぶつかった。
手から提げていた真っ赤なヨーヨーが転がる。
しゃがんでそれを拾うと、少女はきちんと礼を言っておじぎして両親のところへ戻っていった。


「ヨーヨー取って、はしゃいんでんだな」
「そうですね」
は? いらねぇの?」
「ヨーヨーですか?」


土方さんは頷き、少し先の屋台を指さす。
ちょうど客足が遠のいたヨーヨー釣りの屋台がある。
祭りを楽しむのは随分久しぶりだ。
ヨーヨー釣りなんて十年ぶりだろうか。

色とりどりのヨーヨーが浮かんでいる。
何色を取ろうか悩んでいると、土方さんはさっと水色のヨーヨーを釣り上げた。
一つだけ釣って、やめていた。
私が釣るのを見ていたいそうだ。
見られているとわかると緊張する。
緊張して、一つしか釣れなかった。
二つ目はこよりが切れてしまい、釣り上げられなかった。

最初に釣り上げたヨーヨーを受け取り、また土方さんと手を繋いで歩く。
ヨーヨーで遊んでいると、土方さんが不思議そうにそれを眺めていた。


「水色、好きなのか?」
「え?」
「ヨーヨーの色。水色だったら俺が先に取ってただろ? 他に好きな色取ればよかったじゃねーか」


首を左右に振って否定する。
水色も嫌いではない。
どちらかといえば、少女が持っていた赤色のヨーヨーが欲しかった。
でも、水色が欲しかった。
土方さんと、揃いのものが欲しかった。


「土方さんと、お揃い、だから」
「そんな理由で?」
「はい。ごめんなさい、そんなくだらない理由で。でも、なんか、いいなって思ったので」


ペアルックなんてできっこない。
装飾品は私も土方さんも好きではない。
趣味があうわけでもないから、揃いの物なんて買いっこない。
せめて、ヨーヨーくらい、同じ色の物を持っていたい。


「俺は、が好きなもん買ってやれればいいと思ってたが、同じもん持つってなると難しいな。思いつかねぇ」
「だから、ヨーヨーでいいんです」
「だったら、好きな色言ってくれりゃよかったのに。もう一回行くか?」


悩んでいると、通りの向こうから大声で罵りあう男女が駆けてきた。
私の顔を見ると、喧嘩をぴたっとやめた。
沖田さんと神楽さん。後ろからお妙さんもついてきた。


! お祭り楽しんでるアルカ?」
「ええ、楽しんでます」
「トシー、サドと射的勝負するからお金ほしいネ」
「トシって言うな!! 誰がてめぇにやるか、チャイナ娘」
「トシー、チャイナと射的勝負するからお金くだせェ」
「てめーまで何言ってんだ、総悟!!」
も一緒にやるネ。そしたらトシがお金出してくれるアル」


神楽さんは私の腕を引き、射的の屋台まで連れていく。
お手上げ状態の土方さんは、仕方なく自分の財布からお金を取り出して屋台のお兄さんに渡す。
不機嫌そうに見えるけれど、二人が土方さんに懐いていて少し嬉しそうだ。


、たこ焼き食うか? 買ってくる」
「はい!」
「私、お好み焼きがいいアル」
「俺はポップコーンお願いしやす」
「わかったわかった。買ってくるから、大人しく射的しといてくれ。暴れんじゃねーぞ」


なんだかとっても楽しい。
土方さんと二人きりも好きだけど、他の誰かと一緒にいるのもとっても楽しい。
こんなに楽しいことがあるなんて知らなかった。

射的でキャラメルを打ち落として満足したので、神楽さんと沖田さんが楽しんでいるのを後ろで見ていると、
たこ焼き、お好み焼き、ポップコーン、他にも通りにあった食べ物を手あたり次第買ってきたような土方さんがやってきた。


「持ちますよ」
「あぁ、助かる。射的は楽しかったか?」
「キャラメル当てました!」
「よかったな。俺は、お前が楽しんでくれればそれでいいよ」


本当に、今日はとても楽しくて幸せな一日だ。
私ばかり楽しんで、土方さんには申し訳なくなる。


「今度は、土方さんが楽しめることしましょう」
「俺? 俺はが楽しんでるのを見れりゃそれでいいんだよ。
 だから、どこか行きたいとか何かしたいとか思ったら、すぐ言ってくれ。うまく休みとれるようにするから」
「はい……」
「納得してねぇみたいだな。でもな、これは嘘偽りない俺の本心だ。が笑顔でいられることが俺にとってのいちばんなんだよ」


私が笑顔でいられること、それが土方さんにとってのいちばん。
土方さんの顔を見上げると、少し目を細めて私の頭を撫でた。




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タイトルは某バンドの曲名より。
土方さんは、女性が好むものを選ぶのが苦手そうなイメージ。
彼とお揃いの物を思い浮かべたら、マヨネーズのストラップしか浮かばなかった。笑
ヒロインは携帯持ってない設定なので使えないな、と。

だから、かな。あと、ミツバ篇で出た名言もあるので。
「ヒロインの幸せが自分の幸せ」、みたいなのをモットーにしてます。


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