[ この心音を解いたら眠ってもいい ]





今日もよい天気だ。
洗濯物がよく乾きそう。
シーツを物干し竿に掛けていると、背中から声を掛けられた。


「近藤さん、おはようございます」
「おはよう、。後でトシのところに行ってくれるか?」
「はい。お茶をお持ちすればよいでしょうか?」
「いや、水と粥と薬か。ちょっと熱が出てな、寝込んでるんだ」


近頃の土方さんは、休みなく働いていた。
いつも忙しそうにしていて、一昨日に夕食を一緒に食べたときも、ひどく疲れた表情で私の話は聞いているふりをしているようだった。
かといって、食が進んでいるようにも見えなかった。


「疲れが出たんだと思う。俺が休めって言っても聞く耳持っちゃくれねーからな。無理矢理休ませればよかった」
「きっと、熱でも出ないとお休みになりませんよ。すぐに土方さんのところに行きますね」
「頼むな」


昼食の仕込みが始まっている食堂に割り込み、朝食の残りの白飯と生卵を使って卵粥を作る。
グラスに水を注ぎ、解熱剤を救急箱から箱ごと持って土方さんの部屋へ向かう。
部屋の前で呼びかけたが、返事は無かった。
そっと障子を開くと、布団の上で土方さんが横たわっている。
ゆっくりとこちらを向くが、表情はいつもと違って険しかった。


「熱が出たと近藤さんからお聞きしました。お粥と水と薬、持ってきたので、ゆっくり休んでください」
「あぁ、そこに置いといてくれ」
「大丈夫ですか? 起き上がれます?」
「大丈夫だ。何ともねぇから、は自分の仕事に戻ってくれ」
「でも、土方さん、随分具合悪そうですよ」
「いいから。大丈夫だ」


呼吸が荒いのに、大丈夫なわけがない。
顔がいつもより火照っているのに、大丈夫なわけがない。
私には、傍に居てほしくないのだ。
私だから、居てほしくないのだ。


「ごめんなさい、私が来てしまって。お大事になさってください」
「……」


返事はなかった。
目を合わせてもくれなかった。
私が部屋を出ると、自力で起き上がったようで衣擦れの音がした。
ほんの少しだけ、中を覗けるくらいの障子の隙間を開けておいた。
上半身を起こしたものの、土方さんはそのまま項垂れていた。
しんどいから誰かの手を借りたいのだと思う。
でも、私の手は借りたくないらしい。

何かお手伝いしたい。
でも、また追い返されそうだ。嫌な顔をされそうだ。
嫌われたくないから、黙って障子の隙間を閉じた。

もう、嫌われているかもしれない。そう思うと、仕事中なのに涙で視界がにじむ。
泣いたら駄目だ。仕事なのだから。
近藤さんは、土方さんを看病しろとは言わなかった。
頼まれたことはできたからそれでいい。

昼食の調理に加わり何事もなく昼のピークを終える。
朝に作った粥はまだ残ったまま。少し温めて器に盛る。
土方さんにいらないと言われたら、自分で食べる。
心配だから、様子を見に行くことくらい、許してほしい。

他の女中たちは隊士のいなくなった食堂で昼食を摂っている。
誘われたけれど、私は土方さんの元へ。
部屋の前で呼びかけたが、また返事は無かった。
そっと障子を開くが、土方さんは眠ったままだった。
近づいても起きそうにない。
起きるまで待っていようか。昼休みだから、私の好きに過ごしても叱られやしない。


「………………」
「ひじ、かたさん?」
「……」


痛みにうなされているのだろうか。
土方さんが私の名を呼ぶ。


「ッ、……
「土方さん、大丈夫ですか? 私はここにいますよ」


呼びかけるだけでは駄目だ。
土方さんの額に触れる。平熱には程遠く、熱い。
冷却シートを額に貼ってみる。
落ち着いたのか、土方さんが目をゆっくり開いた。


「土方さん、うなされましたけど、大丈夫ですか」
……。来て、くれたのか」
「いないほうがいいですか?」
「いや、いてくれ。さっきは、追い返して、悪かった。こんな弱った姿、には見せたくなかった」


土方さんが私の手を借りたくなかった理由がわかって安心する。
嫌われたんじゃない。私に見られたくなかったのだ。寝込んでいる姿を。
土方さんの手がこちらに伸びてきた。私の頭を少し撫でて、布団の上に腕を降ろす。
私と目を合わせると、すっと目を細めた。そして、目を閉じて顔を私のいない方へ向ける。


「本当は、に居てほしかった。に食わしてもらえば、ちょっとは楽になるんだろうかって考えたりもした」
「お昼、召し上がりますか?」
「あぁ」


土方さんは上半身を起こしてこちらを見る。
「どうかしましたか?」と尋ねようとしたら、土方さんの頭が肩に寄りかかってきた。


「土方さん?」
「食うのは後でいい。少しだけ、肩貸してくれ」
「はい」


少しと言わず、いくらでも、土方さんの気が済むまで貸しますから。
空いた手で土方さんの髪に触れる。
指先で髪を梳くと、さらさらと流れていく。
私の手は、土方さんの手に絡めとられてしまった。

の手、冷たくて気持ちいいな」
土方さんは、私の手を頬に当てて目を閉じる。


「最初からに居てもらえばよかった。随分楽になった」
「それなら、よかったです」
「また、来てくれるか?」
「今日は、ずっと一緒にいます」
「仕事、あんだろ?」
「午後休、もらいます」
「無理に休まなくてもいいよ。夜に、また来てくれりゃいい」


土方さんが私に居てほしいと思ってくれているのに、仕事なんてしてられない。
首をゆっくり左右に振ると、ほんの少しだけ土方さんが嬉しそうに口元を緩めた。










※お題はalkalismさんよりお借りしました。




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なんかこういうの書きたくなっただけ。
土方さんは弱ってるところ見られたくないだろうなぁって。


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