[ 幸 せ の 意 味 を ]





「すいやせん、さん、明日休みですかィ」
珍しく沖田さんに予定を尋ねられた。
明日は休暇をとっている。
沖田さんの誕生日だから、何かお祝いをしたいと考えていた。
といっても、私にできることといえば、沖田さんの好物を作ることくらいだ。


「はい、休暇をもらってます」
「そりゃよかった。土方さんは仕事が忙しいそうなんですがさんは空いてますかィ?
 明日俺の誕生日なんで、一緒に姉上の墓参りに付き合ってもらえませんかね」
「私が、ですか?」
「はい。さんと一緒に行きたいんでさァ」


姉の墓参りに家族以外の誰かを誘うものなのだろうか。
私なんて、ミツバさんとは一度しか会ったことがないのに。
何度か、近藤さんに連れられて沖田さんが墓参りに行くのを見かけたことがある。
土方さんは、近藤さんに誘われてもいつも断っていた。


「えぇ、行きましょう。帰りに沖田さんのお誕生日をお祝いさせてください」
「ありがとうございやす。楽しみにしてまさァ」
「期待にお応えできるかわかりませんが……」
さんが期待を裏切ることなんてありやせんよ。じゃ、また明日」


沖田さんと二人で出かけるのは随分久しぶりのことだ。
今では二人で出かけるのは土方さんくらいしかいない。
私の声が出なくなったときは、誰かが隣にいないと出かけられなかった。屯所の外へ出させてもらえなかった。
あの頃の辛かったこと、楽しかったこと、幸せだったことを思い出しながら眠りについた。

翌朝、屯所の入口で沖田さんを待っていると、制服姿の土方さんがふらりと現れた。


「おはようございます、土方さん。見廻りですか?」
「おはよう。気になる話を聞いたから、様子を見ようかと。は、出掛けるのか?」
「はい。沖田さんと、ミツバさんのお墓参りに行きます」
「総悟と?」


眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌そうな顔をする土方さん。
私が沖田さんと出かけることが嫌なのか、ミツバさんの墓参りに行くことが嫌なのか。
そのままの表情で黙ったままの土方さん。
土方さんが嫌がることはしたくない。でも、沖田さんの誕生日だからお祝いしたい。
口を開きかけたとき、沖田さんが仏花を抱えて姿を現した。


「すいやせん、さん。お待たせしやした」
「沖田さん、あの……」
「あれぇ、土方さん、忙しいんじゃなかったんですかィ。
 せっかく俺の誕生日だからさんを独り占めしようと思ったのに」
に何かあったらタダじゃおかねーからな」


不機嫌な表情のまま、不機嫌そうな声でそう言うと、土方さんは屯所の外へ姿を消した。
これでよかったのだろうか。
沖田さんの誕生日を祝いたい。けれど、土方さんに不快な思いはしてほしくない。
浮かない顔をしていたらしく、沖田さんも眉をハの字に曲げる。


「そんな顔しないでくだせェ。
 そりゃさんは土方さんと一緒にいる方が何倍も幸せでしょうが、俺もたまにはさんと一緒にいたいんでさァ」
「ごめんなさい」
「謝らないでくだせェ。無理矢理連れて行ったとなりゃ、土方さんに叱られるのは俺なんで。
 あいつにあんな顔させたのが嫌なんでしょう? ご機嫌取りに行くってんならそれでもいいでさァ。墓参りなら一人で行きますから」
「いえ、ご一緒します。今日は、沖田さんの誕生日ですから。お誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございやす。これで二人ですねィ」
「最初はどなたですか?」
「近藤さんでさァ」


納得がいく。
皆の誕生日を覚えて、必ず宴を開いているから。
私も開いてもらったことがある。
酒を飲む理由を作りたいだけだ、と土方さんは言っていたけれど、皆に愛情を持って接しているように思う。
沖田さんも、近藤さんには懐いている。
最初に祝ってくれたのが近藤さんで、嬉しそうにしている。

私もそういうふうになりたい。
誰かのいちばんになりたい。
誕生日をいちばんに祝ってほしいと思ってもらえる人になりたい。

土方さんのいちばんになりたい。


「ちょっと、聞いてますか、さん?」
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっとぼんやりしていました」
「気になりますか。土方さんのことが」
「すみません。やっぱり気になって」
「いいんですよ。帰ったらしっかり構ってもらってくだせェ」
「そう、ですね。そうします。今は、土方さんのこと忘れます」


今日は沖田さんの誕生日。沖田さんのことをお祝いする日。
そう念じながら沖田さんのとなりを歩く。

電車を乗り継ぎ江戸から離れてミツバさんの眠る場所へ向かう。
前に沖田さんが供えたであろう花は枯れている。
墓の周りに雑草も生えている。
七月の暑い日差しを浴びながら、二人で無言のまま掃除をする。
額から汗が流れ落ちる。
暑い。こんな暑い日に、沖田さんは産まれたのだ。


「沖田さんって、夏産まれなのに夏っぽさを感じないですよね」
「それはどういう意味ですかィ?」
「涼しげに感じます。秋の爽やかな風のような」
「爽やかは言い過ぎでさァ」


近藤さんこそ夏産まれの気がするが、九月産まれだから秋なのだ。
土方さんは若葉生い茂る五月。似合うか似合わないかと尋ねられれば、どうだろう。

マッチを擦り、火に線香をくぐらせる。煙が立ち始めたら線香立てに添える。
拝む沖田さんは、何を思うのだろう。
ミツバさんができなかったことをできている私を連れてきて、何を思うのだろう。


「姉上、今日は近藤さんと一緒じゃないんですよ。さんは姉上のように俺のことかわいがってくれてるんです。
 ようやく俺の大事な人を連れてこられました」
「私が、大事?」
「そうでさァ。俺は姉上のことを幸せにできなかった。だから、せめてさんを幸せにしたいんです。
 姉上が向こうで拗ねてるかもしれませんが、俺がそっちに行ったときに姉上を幸せにする練習なんで許してくだせェ」


何一つ似ていないのに、沖田さんは私の向こうにミツバさんを見ている。
もしかしたら、皆、そうなのかもしれない。
土方さんも、きっと。

胸がチクリと痛む。
私は、ミツバさんという存在がなければ、誰にも大事にしてもらえないのだ。
私に、価値なんてない。


「ま、練習ってのは酷い言い方で、そんなつもりはこれっぽっちも無いんでね。さすがに姉上がへそ曲げたら俺も困るんで」
「そう、ですか」
「そんなに落ち込まないでくだせェ」
「落ち込みます」
「どうしてですかィ?」
「私のいちばん大好きな人の、いちばん大好きな人にはなれないから」
「それはないでしょう? さんのいちばん大好きな人は、さんのことがいちばん大好きでさァ」
「そんなの、訊いてみないとわからないです」


「それなら訊いてみればいいじゃないですか」と言いながら、沖田さんは霊園の角を指さす。
木の陰に、人影。
誰かがいる。


「さーて、帰りは料亭でたらふく食わねーとな」
「わ、私も行きます! でも、全部はお支払いできないかもしれません」
「そんなもん、あいつに全額払わせりゃいいでさァ」


沖田さんを追いかけて小走りになる。
霊園の出口で壁の陰に身を潜めると、先程の人影が姿を現してミツバさんの墓前に手を合わせる。


「土方さん……」
「余程、さんと俺が二人きりで出かけるのが気に食わねぇとみた」
「どうして」
「ま、少しは姉上に向き合ってくれてもいいんじゃねぇかと思うんですよね。過去の話とはいえ」


私のものでも何でもないのに、土方さんがミツバさんにとられたみたいで嫌になる。
ゆっくり土方さんの方へ近づく。
あと数歩で土方さんの傍にたどりつけるのに、足が動かなくなる。
二人の大切な時間を、私に邪魔する資格なんてない。

」名前を呼ばれ顔を上げると、土方さんがこちらへ手を差し出していた。
その手にゆっくりと触れる。
土方さんの手が、私の手を強く握る。
土方さんの視線は、まっすぐ墓石に注がれる。


「俺は、お前に幸せになってほしかった。でも、自分で幸せにできると思わなかったし、しようとも思わなかった。
 ようやく、この手で幸せにしたいと思える人に出会った。幸せになってほしいというのは変わらないのに、何が違うんだろうな。
 俺はこの先も、隣にいると歩んでいくつもりだ。
 いつか俺たちがそっちに行ったら、その時は武州にいた頃のように、皆で仲良くやれればいいと思っている。
 また、来るな。今度はこいつらの見張りじゃなくて、ちゃんとお前の墓参りに」
「ひじかた、さん……」
「何で泣くんだよ。ほら、行くぞ。総悟が待ってる」


土方さんの想いが伝わってきて涙が止まらなくなった。
ミツバさんのことを好きだというまっすぐな気持ち。
彼女がいない今、私のことを大切にしてくれる優しさ。
土方さんの描く未来で、ミツバさんが微笑んでいる。
ミツバさんが生きていたら、きっと土方さんと幸せになれたはずだ。
私では土方さんを幸せにできない。
運命ってこんなに残酷なものなのね。

土方さんの掌が私の頭を撫でる。
「泣くな」と。


「私は、ミツバさんのように優しくもないし、器量も良くない。何にもいいところがない」
「おい、何言いだすんだ!」
「ミツバさんがいたら、みんな幸せになれたのに。私がいたって誰も幸せになれない」
「そんなこと、ねぇよ。なんで、そういう言い方するんだよ。がいるから俺は……」


土方さんは強く握った拳を振り下ろす。
震えているように思えた。
怒ってる? 苦しんでる?

沖田さんはそんな土方さんを遮ってハンカチを差し出してきた。


「俺はさんがいてくれて幸せですよ。もう一人の姉上ができたみてーで。
 さんがいてくれるから、毎日頑張れるんです。真選組の皆がそう思ってまさァ」
「そんなこと、ないです」
「どうすれば、信じてくれますか?
 俺だって、土方さんと同じで、さんの泣いてる顔は見たくないんです。笑っていてほしいんです」


せっかく祝おうと思ったのに、泣きべそ掻いて迷惑ばかりかけている。
私には誰も幸せにできない。
差し出されたハンカチを受け取れずにいると、ハンカチで顔を抑えつけられ視界が暗くなる。
すぐに腰を引き寄せられた。多分、私は土方さんの腕の中にいる。


「もう余計な事、考えるな。総悟の誕生日を祝うために休みをとってたんだろ。だったらちゃんと総悟に笑った顔見せてやれ」
「……はい」
「わかったなら、ほら」


土方さんの腕の中から抜け出すと、背中をトンと押された。
沖田さんと目を合わせ、そっと微笑んでみる。
うまく笑えただろうか。

沖田さんはスッと目を細め、私の手を取った。


「ありがとうございやす。さんが元気になったなら、飯食いに行きましょう」
「はい」
「ちゃんと財布も連れてきてくだせェ」
「はい」


振り返って土方さんと手を繋ぐ。
三人で手を繋いで、霊園から駅までの道を歩いた。




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沖田くん誕生日おめでとう!!!
もっとハッピーな話にしたかったのだけれど、ミツバさんのお墓参りに行く時点で無理でしたね。
ミツバさんに正面から向き合えなかったのは、副長の弱さでありやさしさなのかなと思う。


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