[ 手のひらに花と蜜 ]





団子屋の店先で三色団子を食べながら、空を見上げる。
いつもは美味しくて幸せな気持ちになるのに、今日は少しも満たされない。
いちゃつきながら目の前を通り過ぎていく恋人同士の男女の姿に、心が痛む。

いちゃつきたいわけじゃない。
でも、せめて、手を繋ぎたい。

手を繋いで歩いたのは、きっと、あの時だけ。
まだ、付き合う前に、一人で行ってしまった私を引き留めるために土方さんが手を繋いでくれた。
離れた手が恋しくて、自分からも手を繋いでしまった、あの時。

土方さんはよく肩を抱いてくれる。
でも、手は繋いでくれない。
あまり、手を繋ぐのは好きじゃないのかもしれない。

ただ、テレビの画面にしっかりと映し出されたその姿は、私には辛かった。
寺門通ファンクラブの座を争ったテレビ番組の中で、土方さんはお通ちゃんと手を繋いでゴールテープを切った。

私の手は、そんなに繋ぎたくなくなる手なのだろうか。
手のひらを見ても、たいして長くない生命線が走っているだけだった。

急に視界が暗くなる。
頭上には、曇天ではなくて銀時さんの顔があった。


「どうした? 手がおかしいのか?」
「いえ、私の手は、そんなに汚れているのかと……」
「綺麗な手じゃねーか。何? 誰かに何か言われたの?」
「いいえ。でも、きっと土方さんにとって繋ぎたくない手なんです」
「なんで?」
「土方さんと、手を繋いで歩きたいなって思っただけです。
 でも、繋いで歩いたのは随分昔に一度きりなので、きっと繋ぎたくない手なんだって思いました」


銀時さんはため息をついて、片手で顔を覆ってしまう。
私はおかしなことを言っただろうか。


「それ、土方くんに言われたの?」
「いいえ」
は被害妄想が酷いな。ちゃんと、手を繋ぎたいって言えば、嫌とは言わないだろうよ」
「でも、恥ずかしくて、言えないです」
「向こうも同じように思ってたら、一生手ェつなげねーよ。勇気出して、言ってみな。恋人繋ぎしてほしい、って」
「恋人繋ぎって何ですか?」


銀時さんは目を丸くして固まった。
何度か瞬きを繰り返し、呆れたように笑った。


「そうだったな、誰かを好きになったのも、恋人ができたのも、初めてだったな」
「あの、恋人繋ぎって、どうするんですか?」
「土方くんに教えてもらえばァ」


恋人繋ぎ。そんな特別な繋ぎ方だろうか。私にできるのだろうか。
皿の上の団子には興味がなくなった。
銀時さんに団子を食べてもらっていると、真選組のパトカーが目の前に停車した。
助手席から姿を現した土方さんは、眉間に皺を寄せ、ドスドスと大きな足音を立てながらこちらに近づいてきた。


「てめぇ、と何やってんだ?」
「何にもしてねーよ。が暗い顔してたから相談に乗ってただけだ」
「こいつに相談してもろくなことになんねーよ。ほら、帰るぞ」


土方さんに手首を引かれる。
手を繋いでいるわけではない。
手は、繋いでくれないか……。


「あの、土方さん」
「どうした?」
「恋人繋ぎって、どうやればいいのですか?」
「はァ?」


土方さんの気分を害してしまったようだ。
「すみません、忘れてください」と小さく伝えると、パトカーの後部座席に押し込まれた。
シートベルトを締めると、運転席の山崎さんが車を発進させる。

気まずい空気が流れたまま、何もできずにいた。
膝の上できゅっと指を掴んでいると、土方さんの手が私の手を掴んだ。
土方さんの指が私の指の間にしっかりと絡まっている。

土方さんは真っ直ぐ前を見据え、不満そうな顔でミラー越しに山崎さんと目を合わせている。
ミラーに映る山崎さんは、困った表情をしている。


「副長、見せつけないでくださいよー」
「見なきゃいいだろ」
「見えちゃったものは仕方がないですよ。せめて普通のつなぎ方してくれればいいのに」
「仕方ねーだろ、が恋人繋ぎがわかんねーって言うから」
「なるほど。それは失礼しました。さん、副長にいろんなこと教えてもらってくださいね。あーんなことや、こーんなことや……」
「余計なこと言うんじゃねーよ、山崎のくせに」


土方さんは窓の向こうへ顔を向けてしまった。
短い黒髪が掛かる耳が少し赤くなった気がした。

こいびとつなぎ。

指を絡めて、離れないように繋ぐ。
嬉しくて口元が緩んでしまう。
調子に乗って、頭を土方さんの肩に載せた。
「おい、……」たしなめるような声が聞こえたけれど、無視する。
目を瞑れば真っ暗な世界になるから、周りのことなんて気にならない。
そのまま屯所まで戻り、車を降りてもずっと手を繋いだまま。ようやく離したのは、土方さんの部屋に入ってからのこと。

向かい合い、私の目をまっすぐ見つめる土方さん。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、お腹に響く低い声で私に尋ねる。


「あいつに、万事屋に何を相談してたんだ」
「え?」
「万事屋が相談に乗ってたって言ったろ。俺じゃ、の力になれねぇのか」


土方さんが時々見せる悲しそうな表情に、胸がきゅっと締め付けられる。
私のせいだ。私がつまらないことで悩んでいたから、土方さんを悲しませてしまった。


「手を、土方さんと手を繋ぎたかっただけなんです」
「俺と?」
「はい。この前、テレビでお通ちゃんと手を繋いでゴールテープを切った姿を見て、私も土方さんと手を繋ぎたくなって。
 でも、土方さんと手を繋いだのって随分前に一度きりだったので、土方さんは私と手を繋ぐのが好きじゃないのだと」
「俺は、肩を抱く方がの近くに居られるからよかったが、は手を繋ぐ方がよかったのか」
「いえ、嫌いというわけではないのですが、一緒にお出かけしても外では隣を歩いているだけなので、手を繋いで歩いている人たちが少しうらやましかっただけです」


恋人同士になって随分経つのに、土方さんは外では私に触れてくれない。
他の人たちのように、手を繋いだり、腕を組んだりしてみたかった。
一つのビニール袋のそれぞれの持ち手を二人で持って、一緒に屯所まで歩いて帰るようなこととか、してみたかった。


「外でそんなことすりゃ、またが狙われるだろ。俺と深い仲だって周りに知られてみろ。今以上にの身を狙ってくる奴が増える。
 俺は、お前のこと、危険に晒したくねぇんだよ」
「それでもいいんです!」
「それでも! 俺はが大事だから、危険な目には合わせたくない」
「でもそのときは、土方さんが守ってくれるのでしょう?」
「そりゃ、そうだが……」


本当は守ってられてばかりじゃ駄目だとわかっている。でも、土方さんや真選組のみんなが強いから、それに甘えている。


「一度でいいんです。今度、一緒にお出かけできたら、そのときは手を繋いで歩いてほしいんです」
「わかった。約束する」


小指を差し出された。自分の小指を絡めて指切りする。


「ゆーびきーりげんまん、うーそついたら……」
「針千本飲ますんじゃねーのか?」
「嘘ついたら、マヨネーズ禁止です」
「ハァァァ? なんでそこでマヨネーズ!?」


だって、針千本飲むより、マヨネーズ禁止の方が土方さんには辛いでしょう?




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土方さんは手を繋ぐより肩を抱く派だと思ったので。

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