[ ミミックにはなれなかった ]





不愉快なことに、ニコチンまみれのこの体にも少し慣れてきた。
夜の縁側でレロレロキャンディーをなめて星空を眺めていると、が盆に湯呑みを二つ載せてこちらへ近づいてきた。
あぁ、そうだ。この体とは恋人関係にあることを忘れていた。の顔を見るのは、体が入れ替わってから初めてだ。
は恋すら知らなかったくらいだ、奥手な女だ。
俺から手を出さない限り、何も起きないだろう。

誰が見てもムッツリスケベの土方くんに、調教されているとしたら?
土方くんと二人きりのときだけは、吉原の花魁も顔負けの女になるとしたら?

俺のかわいい妹に、とんでもないことしてくれてんのォォォォォ。
やっぱり兄として、あの男にはやれません!!
きっぱり言ってやろうと思い、俺に湯呑みを渡すの顔を見る。
結局、何も言えなかった。俺は、に何かを言える立場じゃない。
が自分で選んだ男なんだ、この体と、俺の体に入っている魂は。


「土方さん、お茶、お持ちしました」
「お、おう。悪いな」
「こうして話すの、久しぶりですね」
「え、そうなの?」


同じ敷地に暮らしてるなら、毎日でも話せるだろう。
好きあっているなら、ずっと一緒にいたいと思うだろう。
の口ぶりから察するに、土方くんはにベッタリではないらしい。
相当ベタ惚れ、ゾッコンラヴ、みたいなのを想像していたが、そうではないのか。
すれ違って、会えなくて、は寂しい思いをしているのだろう。


「具合が悪いようには見えませんが、お加減いかがですか?」
「え? 何が? 土方さん、ピンピンしてるよ」
「それならよかった。みなさん、土方さんの様子がおかしいと口を揃えてましたし、私も何度か見かけたときに違和感を感じて。
 言ったら叱られるかもしれませんが、なんだか銀時さんみたいでおかしくって」


は俺の隣で正座し、湯呑みの茶をすする。
こちらを見て、ふわりと笑った。
特別な笑顔。特別な目の色。特別な声。
全部、恋人である土方くんに向けたもの。
少し、ドキリとする。
俺には絶対見せない表情。土方くんしか見ることのできない表情。


「銀時さんの魂が、土方さんの体に入っているみたい」
「……よく、わかったな。さすがはだ」
「え?」
「え? じゃねーよ。その通りだっつの」
「銀時さん、なのですか?」
「せいかーい」


は目をパチパチと大きく瞬かせる。
そして、ようやく理解したらしく、「そう、ですか」と暗い声で呟いた。
そりゃそうだろう。恋人と久しぶりの逢瀬を重ねることに嬉しく思っていたら、恋人の体には別人の魂が入っている。
そんなに切ない表情をしないでくれ。俺が悪いことをしているみたいになるから。


「そんなに、久しぶりだったのかよ」
「最近は土方さんも忙しいみたいで、部屋でお仕事してるときにお茶を持っていくくらいです。
 ゆっくりお話ししたり、一緒にご飯を食べたのは、ひと月くらい前でしょうか」
「愛想尽かしてもいいんじゃねーの?」
「それでも、やっぱり私、土方さんのことが、好きですし」


変な妄想してしまったことを後悔した。
この二人は本当に純愛が似合う。
好きあっていて、大切に思っていて、すれ違って、遠回りして、やっとここまでたどり着いた。
でも、俺にだってわかっていた。
真選組の副長が暇人なわけがない。が寂しい思いをすることはたくさんあるだろう。
あいつがを構ってやれないときは、兄貴分の俺が支えてやろうって。

の頭にぽんと軽く掌を載せた。
湯呑みを口に付けたまま、はこちらを向いた。


「できた女だなァ、は。そうじゃなきゃ、土方くんは傍に置かないだろうけどな。
 でもな、。これは覚えておいた方がいい」
「なんですか?」
が寂しいと思う時は、土方くんもきっと寂しいと思っている」
「そうなんですか? きっと土方さんは、私がいなくても大丈夫だと思います」
「そんなことはねーよ。男にだって甘えたくなるときとか、女を甘やかせたいって思うときがあるんだ。
 鬼の副長と言えど、ただの男なんだよ。だから、会いに行ってやれよ」
「どこに行けば会えますか?」
「万事屋。俺の体の中に入ってる。ガキ共の扱いに苦労してんじゃね? 今頃」


新八と神楽に手を焼いている土方くんを想像しているのだろう。
は星空を見上げて、クスクスと小さく笑った。
その方がいい。笑っている方がいい。


「とはいえ、女を寂しがらせる奴にはお仕置きが必要だ」
「そんなこと、私にはできません」
「簡単だ。むしろにしかできねーよ。『会いに来た』って言ってやれ」
「土方さんに会いに来た、ってそれだけですか?」
「名前を呼んだらダメだ。ただ、『会いに来た』だけな。それでいつも土方くんにしているみたいに話しかけたりすればいい」
「それのどこがお仕置きなんですか?」
「そりゃあ土方くんがおったまげるくらい、とんでもねぇお仕置きだ。
 自分の恋人が、自分以外の男に『会いに来た』と言ってるわ、笑顔で話しかけてくるわ、心中穏やかでいられないからな。
 精神的苦痛のお仕置きな」
「なるほど。それなら私にもできますね。でも、後で叱られそう」
「そんときは、俺に入れ知恵されたって話せばいいさ」


いつもの笑顔では頷き、頭上の俺の手を掴んで降ろす。
両手で俺の手を挟み、自分の膝の上に載せた。


「少しだけ、手に触れていてもいいですか?」
「あ、あぁ。俺はいいけど、俺、土方くんじゃないよ」
「それでもいいんです。少しでいいから土方さんの手に触れていたんです」


は俺の手の甲を優しく撫でる。愛おしそうに。
がどれだけあいつのことを大切に思っているのかよくわかる。
がどれだけ寂しい気持ちを押し殺しているのかよくわかる。


「土方さん……」
「ったく、こんないい女をほったらかしにして悲しませるなんてよォ。
 だってこいつが隣にいなかったら引く手あまただろうに。もっといい男見つけた方がいいんじゃねぇのか?」


は首を左右に振る。何も言わずに。
愛されてんな、土方くん。
もっと愛してやれよ。

わかってるよ。てめーがのこと愛してることくらい。
それでも、今のの傍にいると、不憫に思う。
もし、少しくらい放っておいても大丈夫と思っているなら、俺がぶっとばしてやる。











早く出ていきてぇ、この体。本当にろくでなしでひとでなしだ。
総悟にバズーカぶっ放されたりしている方がマシだ。
ここには、もいねぇし。

最後に顔を合わせたのはいつだったか。
姿は時々見かけるが、会話するまでには至らなかった。

会いたい。声が聞きたい。笑った顔が見たいし。唇に触れたい。強く抱きしめたい。
四六時中一緒にいたい。でも、副長の任は全うしなければならい。
自然とと一緒にいる時間は少なくなる。

町を見廻れば会えるんじゃないかと思った。だが、この体だ。
会ったところでを抱きしめることなんてできやしない。
居室のソファに体を沈めて煙管を吹かしていると、「ごめんください」と玄関から声がした。
聞いたことがある声だと思えば、客人はだった。
こうして、ときどきここに来ているのか。
いつもと変わらない笑顔と声で、俺に、いや、俺の魂が入っている体に話しかけてくる。


「こんにちは」
「よ、よぅ。どうかしたか?」
「会いに、来ました」


俺に? いや、俺が入っているこの体に会いに来たってのかァァァ?
どうなってんだ。は俺の恋人じゃねぇのか。こいつと浮気してんのかァァァ。

俺の心の叫びに気づくはずくもなく、はにこやかに俺の隣へ腰掛ける。
普通、向かい側に座るだろォォォ?
しかも、いつもの俺の隣に座る距離感じゃねぇか。近すぎる。この体の隣に座るには近すぎる距離だろ、何考えてんだ!!


「新八さんと神楽さんはお出かけですか?」
「あ、あぁ。仕事を探しに行った」
「じゃあ、二人きりですね」


王手? チェックメイト?
何でもいい。
誰か、こいつとの距離感を教えてくれ。
はこいつに惚れてる、で正解なのか?
俺がから身を引けばいいんだな? それでが幸せになれるんだな?

少し潤んだ瞳で上目遣いに見られれば、理性が持たない。
顔を逸らし、迫ってくるから離れようと仰け反る。


「いつもみたいに、肩を抱いてはくれないのですね」
「いやいやいや、いつもそんなことしてんの? こいつと? 本当に? こいつの方がいいんだな?」
「何を言ってるのですか?」
「てことは、この体で堂々と肩を抱いても文句は言われねーんだな。いや、でもこいつの体がに触れるのは我慢ならねぇ」
「土方さん?」
「俺はどうしたらいいんだ?」
「土方さん……」


自分の名前を呼ばれていることに気づかなかった。
この姿になってから、一度も呼ばれなかった俺の名前。
我に返った時には、腕にがしがみついていた。


……」
「土方さん、会いたかった。お話ししたかった」
「よく、わかったな」
「銀時さんが、教えてくれました」
「あいつが……そうか。あいつに、何かされなかったか?」
「いいえ」
「そうか」


つい腕が伸びてしまう。の体を抱きしめようとして、思いとどまる。
この体のままでは駄目だ。
の体に触れていいのは俺の魂が入った俺の体だけだ。
あいつは、妹のようにかわいがっていると言っていたが、それを通り越して一人の女として屯所でかわいがっていないか心配だった。
何もなかったと聞いて安心する。


「悪ィ、この体のままじゃ、抱きしめらんねぇ」
「どうしてですか?」
「魂は俺だが、体が俺じゃねぇ」
「それでも、構いません」
「それでもな、俺の気持ちが許せねぇんだ。の体に他の男が触れるのは耐えられねぇ」


は肩を落として俯いた。
俺に会いたくて来たのに、俺に拒絶されて落ち込まないわけがない。
何もできなくて、悔しい。


「元に戻ったら、思う存分、抱きしめさせてくれ」
「元に、戻れるのですか?」
「方法は探してる。戻れるはずだ、絶対に。だから、待っててくれ」
「はい、ずっと待ってます」


その笑顔に、優しい声音に、思わずを抱きしめたくなる。
体を前のめりにさせたところで、は俺の胸に紙袋を押し付ける。


「これ、差し入れです。普通のマヨネーズと、カロリーハーフのマヨネーズ、買ってきました」
「おう、ありがとな、助かる」
「あと、これはお菓子の詰め合わせなので」
「社長をたぶらかすのは止めろ。万事屋法度に従い、悪・即・斬、遂行いたす」
といえど、社長を誘惑するのは許さないアル。トシ・即・斬アル」


ちょっと、待てェェェ。なんで俺ェェェ。
見廻りから戻ってきたガキ共は、の後頭部に刀を向ける。
眉をハノ字に曲げて、は持っていたもう一つの紙袋を二人の前に差し出す。


「ごめんなさい。社長さんを誘惑しているわけではないんです。これ、みなさんで召し上がってください」
「何アルカ?」
「お菓子の詰め合わせです」
「今日はこのお菓子に免じて許すネ。でも次はないアル」
「承知しました」


ガキ共はあっさり刀を降ろす。
は「早く帰ってきてくださいね」と言い残し、万事屋を去った。
一秒でも早く元の体に戻って、お前の体に触れたいよ。











盆に湯呑みを二つ載せ、土方さんの部屋へ向かう。
紆余曲折を経て、土方さんの魂は土方さんの体へ、銀時さんの魂は銀時さんの体へ戻ったらしい。
けれど、他の面々はとんでもない体になってしまっているので、まだ落ち着いたとは言えなかった。
部屋の前で障子越しに声を掛ける。


「土方さん、お茶、お持ちしました」
「おう、入ってくれ」


聞き慣れたいつもの声だ。
銀時さんの魂が入っているときは、声が随分明るかった。嫌いではないが、いつもの声の方が好きだ。
土方さんはたまった書類整理をしている。とても疲れた表情をしていた。


「お仕事、溜まってるんですね」
「そりゃそうだ。あいつが副長の仕事をするわけがねぇ」
「私に何か手伝えることはありませんか?」
「ありがたいが気遣いだが、俺の仕事は俺がやる。……少し、休憩するか」


土方さんは筆を置き、私が差し出した湯呑みを受け取って茶をすする。
ほんの少しだけ、土方さんの表情が穏やかになる。
その瞬間が、とても好き。
そして、嬉しく思う。私の淹れた茶で、少しでも土方さんの疲れを癒すことができるのなら、それほど幸せなことはない。

土方さんは湯呑みを盆の上に置き、私を見て手招きする。
畳の上を這うように近づけば、手首を急に掴まれ、土方さんの胸の中に転がり込んでしまう。
顔を上げれば、すぐそこに土方さんの顔があって仰け反ろうとしたが、土方さんに体を抱きかかえられ、胡坐をかいた上に座らされる。
きっちり閉めなかった障子の隙間から夕陽が差し込んでいる。
後ろから抱きしめられ、耳元で土方さんの声がする。すごく、くすぐったい。


「あの、土方さんっ、休憩なさるのでは?」
「これが休憩だ」
「どこが休憩なんですかっ」
を抱きしめてると、落ち着くんだ」


抱きしめる力が強くなって少し苦しい。
でも、土方さんが落ち着くのなら我慢する。
でも、でも……私も土方さんを抱きしめたい。


「土方さんの方を向いたら駄目ですか?」
「あ?」
「私も、土方さんを、抱きしめたいんです!!」


土方さんの腕の力が抜けた隙に体を反転させて土方さんに抱きつく。
勢い余って、土方さんを押し倒してしまった。
上半身が土方さんに密着していて、とても恥ずかしい状態だ。
体を起こそうとしたら、土方さんにがっちりホールドされてしまい動けなくなる。


「ごめんなさい、土方さん!! こんなつもりじゃなかったんです」
「別にいいじゃねぇか。こっちの方が、全身でのことを感じられるからな」
「重くないですか?」
「重いわけねーよ。軽いもんだ。ちゃんと、食ってんのか」
「三食必ず食べてますよ」
「もっと肉ついててもいいんだがな」


土方さんの手が脇腹から腰へ、私の体を撫でていく。
もっと食べれば土方さんの理想に近づけるだろうか。
でも、食べすぎると胃が痛くなるから、あまり食べられない。
土方さんが喜んでくれるなら、痛いのも我慢できるだろうか。


「でも、ま、はそのままでいい。無理して食べる必要もねーし、これ以上痩せたりやつれなきゃいい」
「頑張って、食べます」
「いや、俺の言うこと聞いてた? 無理して食べなくていいっつったろ!!」
「肉がついてなくて、触り心地が悪いんでしょう?」
「誰もそんなこと言ってねーよ。どうやったらそう解釈できんだよ」
「じゃあどういう意味なんですか?」
「どうって、いや、若い女ってのは十分細いのに更に痩せようとするだろ。もそうじゃねぇかって思っただけだ。
 無理して働いて、また体壊すんじゃねーかって心配でな」


土方さんは私の体ごと横に転がる。
ようやく土方さんの体の上から降りられた。
額を土方さんの胸に当てる。
心がとても落ち着く。


「土方さん……」
「どうした?」
「とっても、温かくて、落ち着きます」
「俺も同じだ。の手は、温かくて優しいな」


このまま眠ってしまいたいくらい、心地よい。
目を閉じると本当に眠ってしまいそうだ。
土方さんの腕の力が弱くなったことに気づき顔をあげると、土方さんは寝息をたてていた。
余程、疲れているのだろう。
するりと土方さんの腕から抜け出した。それでも土方さんは起きそうにない。
押し入れから掛布団を取り出し、土方さんの体に掛ける。

そっと頭を撫でた。
私の髪と違って太くてコシのある綺麗な黒髪。
手を離すと、土方さんの手が私の手首を掴んだ。
起きたのかと思えば、小さな寝息を立てている。

ゆっくり、おやすみください。
安心して。
起きるまで、ずっと傍にいますから。




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入れ替わり篇のキャストさんたち、グッジョブだよなぁと思いながら何度も見てます。


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